知らない話を聞く




 よいしょ、とリーデリアは手に積み重なった箱を手に、ある部屋を出た。


「これで、試してみるか」


 あるものが入っている箱は、重いような重くないような、微妙な重さだった。

 問題はいくつも重なっていると、視界が遮られることか。


 何せちょっと貴重なものなので、丁寧に一つずつ小箱に入れられている。

 それよってかさばり、さらに小箱を中くらいの箱に詰め……いくつかの箱に分けられて渡されたのだ。


 重ねた箱を両手で持ち、前方の視界は箱の側面という状態で進んでいく。


「おおっと」


 躓きかけて、箱が揺らいだ。

 床には何もないので、単なる平面にひっかかったらしい。見えないせいか。


 しかしあれだな……と、箱を見上げ歩き改めて始めながら考える。


 このやり方が成功するとして、消費量はすごいことになりそうだ。

 掘ればざくざく出てくるだろうが、今王宮にあるものを全て使うというのは、迷惑するところがあるだろう。……私的に手に入れるしかないか。


 そういえば、師匠の知り合いが研究のために採掘場を丸々一つ所有していた。


 無論研究以外、万が一謀反の類いを画策していると事なので、あれは特別に許可を得てのことだった。研究も逐一報告し、という義務つき。


「採掘場云々はまあ置いておいて、まず実行できるかどうか仮の理論を組み立てるのが先だな……」

「危ない」

「おっと」


 後ろから回ってきた腕に、体をその場に留められた。


 リーデリアはとっさに箱のバランスを取ることに忙しくなるが、「あっ」、中くらいの大きさの箱が、落ちる。


 落ちても、大丈夫か。中身は小箱に入れられ、小箱の中で布に包まれている。なるほど、こういうときのためのあの様子。


 両手が塞がっているし、色々とっさで考え事から戻ってきたばかりの意識は、箱を静観していた。


 箱は、どこからともなく現れた手に受け止められた。

 もちろん、リーデリアではない。


 箱が受け止められたことで悲惨な音は立てられなかった廊下で、リーデリアのすぐ前方を数人の足音が過ぎ去っていった。


 すぐそこの曲がり角からやって来たようだった。止められていなければ、ぶつかっていたかもしれない。


 だが、リーデリアを止め、箱を受け止めてくれたのは一体誰だ。

 リーデリアの元を離れた箱を視線で追い、そちらを見ると──


「大丈夫ですか」


 弟子の声ではない。

 一人の男がいた。


 白に、金の飾りがついた服装は最近は見ていないが、色違いのデザインは毎日見ている。


 『黒騎士隊』の名の通りの制服を身につける弟子とは反対と言える色、『白騎士隊』の制服。リーデリアを牢に入れた者たちがしていた格好でもある。


 子どもの背丈のリーデリアではやっぱり見上げることになる男は、初めて見る顔だった。


 牢に入れた者たちなど一度二度しか見ていないだろうが、確信があった理由は、その色彩にある。

 灰色の髪に、目は、黄緑と水色の左右色違いだった。


「失礼、前方が見えていない状態だと思い急に止めてしまいました」

「いいや、助かった。ありがとう、それも」


 箱を示して、複数のことに対して礼を述べた。


 表情が無表情に近い男だが、リーデリアの激突阻止をしてくれた時点で親切な人だ。

 しかし、その表情が乏しい顔がじっとリーデリアを見る。


 左右色違いの目が、異なる色だがリーデリアの目を観察する目付きで見ているように感じる。


 見たところ、二十代半ばかそこらだろう。ヴォルフの外見年齢と同じくらいだ。

 だがこちらは当然、外見の年齢も中身の年齢も同じだろう。


 リーデリアはあまりに見られているので、箱を乗せてくれないかと頼む前に、見返していた。


 『神の祝福を受けた目』と言われる右と左の目の色が明らかに異なる者を、自分の他に初めて見たわけではない。


 百年前には、そういう知り合いは複数いた。

 滅多にいないが、そういう者は優れた魔術師となる未来を約束されていると言われているから、王宮に魔術師として集まってくる。

 自動的に出会うのだ。


 しかしながら、百年後現在、会ったのは初めてだ。知り合いだった者たちは例外なく亡くなったので、知らない顔であることは言うまでもない。

 だからと言って、特別な感情が生まれることもない。


「半分、持ちましょう」

「え?」


 なぜだか、じぃっとリーデリアを見ていた男は、箱をリーデリアの元に返すのとは反対に、取った。

 リーデリアの前方視界が良好となる。


「いや、大丈夫だ」

「前方が塞がれていては危険です。お気になさらず。時間があります。どこに運びますか」


 危険だと断言されてしまい、さっきのことを思い出すと反論できない。

 勤務中ではないのかと次に思い付きそうな疑問も、先回りされた。


 リーデリアは「ありがとう。あちらだ」と、ありがたく申し出を受けさせてもらうことにして、歩きはじめた。


「私はフェルマン・ベガーと言います」

「おお、わたしは──」

「リーデリア・トレンス様、ですか?」


 名乗る前に、名前を言われて、横を見上げる。

 黄緑と水色の目が、リーデリアに向けられている。

 名前に反応したことにより、リーデリアがどうして知っているのかと言う前に、彼の方がまた声を発する。


「あなたは、カルヴァート卿の師ですね」


 腑に落ちる。

 リーデリアは、魔術師の資格を取り戻すにあたり、ヴォルフの師匠であると明らかにすることになった。


 部屋の外にも時折出て、人とすれ違ったりしていることからも、この容姿の情報が広がっているのだろう。学院でそうであったように。


「そうだ」


 リーデリアはすんなりと肯定した。

 するとフェルマン・ベガーが足を止め、体の正面をリーデリアに向けた。リーデリアもつられて立ち止まる。どうした。


「私は、カルヴァート卿に弟子入りを願ったことがあります」

「ヴォルフに?」


 唐突な話であり、同時にリーデリアにとっては驚くべきことであった。


 ヴォルフに、弟子。


 いや、よく考えてみると、弟子をとっていてもおかしくはないのだ。リーデリアが行方を眩まし、戻ってくるまでに百年が経った。

 弟子の方は、眠っていた様子もなく百年の時を過ごしている。


 あの落ち着きようは、意識なく過ごしていたリーデリアと異なり、起きて百年過ごしたことによるものなのかもしれない。

 百年。


 リーデリアの思考がどこかに向かおうとしたが、フェルマンが話を続けることによって思考は隔てられた。


「断られましたが」

「断られたのか?」

「はい」


 ヴォルフが弟子を取っていたのであれば、さらっと教えてくれただろうから、そういうことなのだ。


「その方の師匠がお帰りになったということで、通常であれば、どのような方なのか純粋に興味を持つでしょう」


 他に色々聞きたいことがあったが、引っかかる言い方に、指摘してみた。


 フェルマンの目は、元々がそうなのかは知らないが、師と仰ごうとした人間のそのまた師を純粋に前にしているものではないように思えた。


「そうです、通常であれば。──神々に攻撃したという者と、あなたは同一人物ですね」


 まさかここでその話が出てくるとは。

 牢から出て以来全く出てこなかった話題なので、リーデリアは少し不意を突かれた。


 だが、どう答えるべきかと迷う必要はなかった。

 フェルマンは、確信を持っている。目も、言い方もそうだ。


「そうだ。……少し尋ねていいか」

「勿論です。私ばかり質問してしまっていますから」

「なら遠慮なく聞くが、その一件はどのようにして収められたんだ?」


 結局どうやって神々に攻撃した事実と、その罪をどうにかしたのかとは思っていたが、魔術師の資格が普通に戻ってきたので聞いていなかったのだ。

 出歩いても、何の問題もなく、不自由はなかった。


「カルヴァート卿が、神々を攻撃したというのは『手違い』であると。処刑も判断が尚早であり、軽々しく決めるべきではなく、神々からの要求類があればそうすればいいと仰い、収められました」

「手違い」


 学院長にも、そういった言い方をしていたが、あのときのみではなかったのか。


 万が一神に攻撃したことが手違いであっても、そう済ませることができることではないだろうに。


 フェルマンは、真面目な顔で「手違いです」と頷いた。


「今のところ、各地は穏やかそのものですから、カルヴァート卿の仰るように神々は見逃してくださったのかもしれません」


 それはエイデンがうやむやにしたからだ。


「さらに、事が事でしたので上層部のみに伝わっていたあなたの情報は、カルヴァート卿により消されました。元より、名前の類いは出されず、ひたすらに神々に攻撃したことのみが話題に出るばかりでしたが。そんな者はいなかったということになりました」

「消した……。わたしが言うのはおかしいだろうが、それで収まれるものなのか?」

「カルヴァート卿は、陛下に絶対的な信頼を寄せられている方なので、皆様納得したのです」


 あの弟子は、今、どんな発言権──権限・権力を持っているのか。


 今までに築いてきた立場により、丸め込んだということか。


「それに、特別な見方をされている方でもありますから」

「特別、とは?」

「不老不死という、人間の域を越えた存在であるという見方です。神々は元々そうですが、本来人間には短い寿命があります。それを、越えた。人間の域を越え、神々に近づいた特別な存在。そういった考え方、接し方に自然となります」

「……神々に近づいた、という考えは、不敬なものではないのか?」

「どうでしょう。しかし、そう思わせられるほどのことということは、魔術師であれば誰にでも分かることです。──不老不死なんて、非現実的だ」


 人智を越えたことを為し、人間に定められた限りある命という枠を越えた。


 ともすれば、人間として定められた命を越えることは神々に逆らったとでも見られそうなものでもある。


 だが、魔術師として優れた偉業として見られたのだ。


「そのカルヴァート卿が仰るのであれば大丈夫なのでは、と」


 根拠もない言だ。

 しかし別格と認識している者に言われれば、そうだと思ってしまうものなのかもしれない。


 現に、ヴォルフは収めた。

 神々が絶対の基準を持つ中。神々による予兆があれば、次は差し出すという保険つきだからかもしれないが。


「きみが、その内容をそんなにも知っているのは、上層部所属なのか?」


 上層部のみに、ということと、年齢が若めであるフェルマンを見ると、魔術師の証に刻まれている模様は、一等魔術師を表すものだ。


 リーデリアも彼の年の頃には同じかもっと上にあったが、魔術騎士の中での地位具合がどうなるのかは分からない。


 上層部の会議とやらに参加できるほどなのだろうか。


「今回は上司の代理としてでした」

「そうか。話を逸らしてすまないな、続けてくれるか?」

「神々の一件に関してはここまでです」


 言われてみると、完全に流れは聞いていた。

 ただ、とフェルマンが付け加える。


「次に、カルヴァート卿は自らの師が帰って来たと仰いました」


 リーデリアの魔術師の資格を戻してくれるためのときの話だろう。


「カルヴァート卿は、師は自分と同じく、不老不死の魔術により生きていたと仰いました。それに関しては驚きませんでした。カルヴァート卿がそうですから、あの方の師であればそうできてもおかしくありません。……ですが、問題はその師の特徴が、まさに神々に攻撃した人物と同じだということです」

「……上がっていた情報は、もっぱら行動についてのみで、名前さえ出なかったのではなかったか?」

「私は学院にいたのです。あなたの行動を目撃しました。そして、今、あなたを目の前にしています。全く同じ顔、色、形をしたあなたを」


 なんと、学院の催しに来ていた者の一人だったのか。


 連行した中にはいなかったと思うが、一等魔術師であればやるべきは連行を指示する方で、どこかで見ていたと考えるべきか……。


「他の上層部の方は知らないことですが、気がついてもカルヴァート卿が収め、皆様もまた納得していたでしょう。他ならぬカルヴァート卿の師匠ですから」


 フェルマンの語り口には、「カルヴァート卿」への畏敬の念が感じられた。

 内容は、「カルヴァート卿」の力任せな説得の仕方なりだというのに、だ。


 代わりに、リーデリアに向けられる目は値踏み、観察するそれだ。


「やはり、同一人物ですね」

「そうだな」


 リーデリアは否定しなかった。


「なぜ、あのようなことをなさったのですか」


 なぜ神々を攻撃したのか。


 試すような聞き方だ。責めているようでもある。「カルヴァート卿」の師匠とあろう者がなぜ、と。


 ヴォルフによる力業に目を向けるのではなく、その理由であるリーデリアに目を向けているのは、相当ヴォルフに入れ込んでいる証拠だ。


 弟子がそのような感情の対象になっていることは、師匠としてもう何度目か分からない感嘆を感じる事である。


 それと共に、申し訳なくもある。これまでの積み重ね、信頼に相応しくないことをリーデリアはさせている。


 あの弟子は、リーデリアがいなくなってから魔術師として誇れる道を歩んで、歩み続けていった。


 リーデリアが望んだことでなかったが、手を離すことになって、手が離れた先で。言うまでもなく、リーデリアはその間、何もしてあげられていない。


「きみは、どこの誰か分からない者がそうしたことにどう思った」


 百年経った世界、ヴォルフに敬意を向ける男に、リーデリアは問うてみる。


 「カルヴァート卿」の師であると知る前、リーデリアが神々にしたことにどう思ったか。


「……愚かだと」

「そうか」


 そうだろう。

 十人中十人がそう言うだろう。知っている。


「きみも、神々が見えるようにわたしを公開処刑するべきだと思ったか?」

「……」


 沈黙は雄弁である。答えなくとも、答えを表している。


「そこに、わたしときみとの考えの違いがある。これは決定的なもので、わたしが理由を言ったところで、きっときみはそれを間違いだと感じるだろう」


 なぜ神々を攻撃したのかという問いに、きちんと返しても、リーデリアの考えを理解することはできないだろう。


 あのような神々を信じるのか、と言う気はない。ただ、リーデリアが神々に怒りを感じているだけだ。


「ところで、フェルマン・ベガーくん。きみがヴォルフに弟子入りを願った理由を聞きたいな。きみが弟子入りを志願したとき、もう師弟によって魔術師にはなれなくなっていたと推測する」


 脈絡なく話を変えた。

 話は一旦終わりを迎えたと感じたからだ。リーデリアがそれ以上を避けたということでもある。


 幸い、フェルマンはそれ以上を問う様子は見せなかった。


「魔術師の資格が取れないだけであって、師事を禁ずるものではありません」

「それでも、弟子入りしたかったのか?」

「私は、幸運にも学院入学前にカルヴァート卿をお見かけする機会がありました。孤高の人です。あのように強く立てる魔術師になりたいと思いました」


 ──強く。


「学院には『騎士隊』の制服に憧れる生徒は多くいます。実際に騎士隊に入り、カルヴァート卿を見ると、あの方に憧れる者は少なくありません。残念ながら配属は希望性ではないので、私は『黒騎士隊』に入れませんでしたが……」


 リーデリアは、そんなヴォルフは知らない。百年もの時間を知らないのだから、そうもなる。


 戻ってきてからも当人であるヴォルフやエイデンとくらいしか話していない。図書室の司書とは話したが、ヴォルフの話にはならない。


 だから、百年後の世界の他人による話で現在の弟子の姿を知る。

 百年間の一端、弟子の知らない姿がある。







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