対立する
贈り物の時間と、付随してしまった話題は終わったばかりだが、次の話に移る。
「それでだ。今日、あの神官が話していたことについて」
こっちが本題である。
「以前、教会の利用許可をもらいにいく感じでわたしが出かけただろう?」
「……嘘だったとかですか」
察しがいい。
だが一概に嘘だと言われるのは、心外なので、それとなく言い換えることにする。
「一番の目的はそれではなかった。きみが前に神々を消す肝心の方法についてわたしに聞いたとき、わたしはまだ明確でない段階だからとか言って教えなかったと思う」
「そうですね。専用の魔術を開発中だからだと思っていましたが……」
「最初はそのつもりだった。だが魔術では無理だと当の神から率直に言われて、さらに代わりの武器となるものを教えてもらったんだ」
立ち上がり、持ち帰ってから部屋の隅に置いてあるものを手に椅子に戻る。
「これはな、弟子、神を殺すための剣だ」
「神を、殺す剣……?」
弟子は、巻いていた布を取る様子を注視している。
訝しげな復唱だったので、リーデリアは眉唾ものではないぞと注意をつける。
やがて出てきた剣を見せびらかすように、振ってみせる。
「この前教会に行ったのは、これを手に入れるためだった」
「しかし師匠、神を殺す剣なんて──失礼ですが、あるんですか」
「この世界を創った神が、人間のことを考えてくれていたようでな、あったんだよ。ずっと、この地上に」
つまり、この考えは間違いではなかったことにもなる。
「エイデンによると加護があり、盾ともなり、神々の力を弾いてくれるようだ。そこは念のためエイデンで試した。これを持ち、彼に天につれて行ってもらい、直接手にかけることになる」
「直接って、そんな危険な──」
反射的に再びの反対姿勢に入りそうになったヴォルフではあったが、はた、と何かに気がついたように止まる。
「師匠、二本ありますね、それ」
「ああ、予測していなかったのだが、二本あった。一本は保険として地上で盾の代わりにでもならないかと画策しているところだ」
いや、師匠、と、待ったがかかった。
二本をそれぞれ片手に持っているリーデリアは、間から向かいの弟子を見る。
「何だ?」
「普通に考えて、二人でやった方が早いでしょう」
「え?」
何を言われたのか、理解が遅れた。
剣は二本。二人でやった方が早い。つまり、それは、
「──駄目だ」
とんでもない。
驚いて、リーデリアは反射的に剣を後ろに隠した。椅子の背とぶつかり、ガチャ、と普通の剣みたいな音を立てた。
とんでもないことを口走る弟子だ。
「師匠、手伝うと言ったはずです」
隠したことで、ヴォルフが立ち上がり、テーブルを避けて近づいて来ようとしている。
だからリーデリアも立ち、下がる。
「師匠」
「下がれ、弟子」
それ以上近づくのは禁止だ。
しかし弟子はこういうときに限って、言うことを聞かない。
あっという間に距離を詰め、窓側に座っていたリーデリアは壁際に追い込まれる。
扉の方に座っていれば、こんなことにもならなかった。
今さら言っても仕方ないし、目の前には剣を狙う弟子が近づくばかりだ。どうにかしなければならない。
「離れろ……魔術を使うぞ」
「どうぞ」
脅してみたが、そういうことに使わないとお見通しだと言わんばかりに、また一歩。
弟子はとうとうすぐ前に来た。リーデリアはもう下がれない。
意地で剣は後ろに隠したままだ。渡すものか。
「師匠、一本、俺に預けてください」
間髪入れず、リーデリアは首を横に振る。
「どうしてですか。本来の用途通りに活用しないのは、効率が悪いですよ」
「これは、効率で決めていい話ではない」
「勝率でもあります。では、師匠が俺に渡してくれない基準は?」
「……きみが罪を犯す必要はない」
「師匠は、罪だと考えているんですか」
「仮にも神を殺そうとしているわけだからな」
「そんなことを画策している本人が、今さら変なことを言いますね」
さっきまさに反対していたくせに、弟子は、笑った。
もう距離は少しなのに、近づくから、距離はなくなる。
覆い被さるようにして、腕を回したから、リーデリアの顔に服が触れる。
「俺は、罪だとは思いません」
リーデリアの背後に腕を回したヴォルフの手が、剣に触れた。
声が頭上から降ってくる。
「師匠、離してください」
「駄目だ」
「師匠」
「駄目だ」
「……」
頑なに却下していると、この弟子、
「ヴォルフ、卑怯だぞ」
力ずくで取りにかかってきた。
地の腕力、握力ではリーデリアが勝てないだろうと知っている上での犯行だ。何という弟子だ。
手が、リーデリアの手を剣から引き剥がそうとする。
「あー、もう!」
このままでは危ないと判断した頭で、渾身の力で、頭突きしてやった。
でも、リーデリアの頭が痛んだだけで、弟子はびくともしなかった。
そうだ、この弟子、壁に激しくぶつかっても骨にヒビさえいかない弟子だった。
「離せ、ヴォルフ」
精一杯厳しい口調で、牽制する。
「は、な、せ」
魔術行使も辞さない覚悟で言えば、分かったのか、渋々という風に体が離れた。
リーデリアはひとまずの安堵のため息をついてしまった。
「何だってきみは、簡単にそんなことを言う」
「師匠に言われたくはありません」
「減らず口だな……」
「言っておきますけど、師匠、もう口では普通には勝てないと思ってください」
「どうして」
「俺には百年分の積み重ねがあります。師匠の百年がぽっかり空いているのなら、実質俺が年上と言っても過言ではありませんよ」
確かに、と今一つの事実に気がついたかもしれなかった。
リーデリアは百年生きていたかもしれないが、百年は空白だ。歳を取った意識もない。
片や、百年過ごしているヴォルフ。頼もしいとか思っていた時点で、そうだったのか?
「……何かと上手だと感じていたが、まさか……」
「それはいいですが、師匠、使えるものは使うんでしょう」
話が戻された。
リーデリアもややこしい年換算の話は一旦置き、意識を引き締め直す。
「それは準備段階での話だ」
「準備段階よりも本段階で使えるものは使った方がいいと思います」
「分かった。言い方を変えよう。わたしはきみを危険な目に合わせたくない。傷ついてほしくない」
率直に言うと、弟子は瞠目した。その間にリーデリアは言葉を重ねる。
「これはわたしの『私怨』と言って差し支えのないことだ。確かに多くの人を巻き込み、きみに手伝ってもらった。だが、わたしが始めた、わたしの考えによるものだ」
この世界においての異端と言えるリーデリアの考えにより、行おうとしていることだ。
ここまで手伝っておいてもらって、本段階にはヴォルフを巻き込みたくなかった。神々を殺すに至るまでの危険は高いだろう。傷ついてほしくない。
「師匠は、馬鹿ですか」
「──は?」
それに返ってきた言葉が罵倒だから、意味が分からない。
師匠が本音を溢したあとに暴言を吐いた弟子は、これ見よがしにため息をついた。
……この弟子まで二面性ありか?
とある神官の姿が過ったが、そうではなかった。
弟子は、呆れたようではあったが笑ったのだ。
「それが、師匠だけだとでも思っているんですか? 俺が、何度か反対しましたよね?」
「そうだが」
「師匠の言い分は聞いたので、俺の言い分も聞いてもらいます」
否を言わせない空気をぶつけられたため、リーデリアは一瞬びっくりする。
本当に、どっちが師匠か弟子か、立場が分からなくなってくる。
「待つのって、けっこうくるものがありますよ」
「……?」
「今日の神官が俺のことを第五教会で見かけたと言っていたことを覚えていますか」
「覚えている」
「その通りで、俺は度々第五教会に行っていました。百年前、師匠が行ったはずの教会で、実際に当時の神官が師匠を目撃してもいた教会でした」
行かずにはいられなかった、と話している間も浮かべている微笑みが、悲しげに映った。
そんなに哀しそうな顔は見たことがなくて、彼が子どもの頃のように抱き締めに行ってあげたくなる表情だ。
何にそんな顔をするのか、それはすぐに明らかになる。
「帰ってきてくれた師匠に言うべきではないかもしれませんが」
少し前のリーデリアの言葉をなぞるように、前置きをして。
「勝手に待っていたのは俺ですが、待つ日々は地獄でした。待っても待っても、人の一生分を待っても、帰って来ないわけですから。神々に怒って行った師匠を待っているのに、神頼みはした方です」
待っても待っても帰って来なかった。その言葉に、心臓が、鷲掴みにされたように痛んだ。
「俺が反対していたのは、師匠に傷ついてほしくないからです。死んでほしくもありません。不老不死の魔術の不死の部分が働いているどうかも不明、そもそも神の力を前に魔術が盾となってくれるのかも不明。その状態で、はらはらして待つのはごめんです。それなら、俺も一緒に行きます。──また、待たせるんですか?」
「いや、わたしは──」
リーデリアは。
地上で待たせるのか、と言われて。また待つ、と言う弟子に。
──どちらが正解か分からなかった。地上に置いて『待たせる』がいいのか、弟子の要求通りに天上に共に行き──
目を閉じ、視界を閉じ、リーデリアは考えた。どちらがいいのか、どちらが彼にとっていいのか。
──どちらにしても、最低の師匠か
目を開くと、リーデリアの答えを待っている弟子が見えた。
息を吸い、弟子を見上げる。
やらなくてもいいものをやる覚悟が、どこからやって来るのか、弟子は、真っ直ぐにリーデリアを見ている。
「弟子」
「はい」
「一緒に来るか」
「はい」
頑固な弟子になった。
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