帰宅する




 百年の間の話をすると、学院に行った。

 大した荷物はないのだが、入学させてもらった身だ。退学するに当たって、きちんと言いに行かなければ。


 ヴォルフが共に来ると、あっという間に学院長に会うことになった。


「退学……、いいえ、それよりもリーデリアさんは今日の行事の際、王宮に連行されたはずですが……」


 神々に対して行ったということを、実際に目撃したかは分からないが、伝わってはいるのだろう。


「それはだった」

「間違い?」


 聞き返しにも、ヴォルフは同じ言葉を繰り返した。


「では、なぜ退学を。そして、カルヴァート卿がご一緒というのは、失礼ながら理由をお聞かせ願えませんでしょうか」


 外見年齢的には余程年上の学院長は、ヴォルフに丁寧な口調で話していた。

 リーデリアは、弟子の地位を実感する。偉くなったな。


「それは少しややこしい話になるので、ここでは省かせてもらう」


 そんな感じで、見る方からはヴォルフが保護者でという形で彼は話をどんどん進めていった。

 やはり地位というのは大きい。

 退学の話がまとまるまで、リーデリアは一言二言しか口を開く機会はなかった。


「エイデン、終わったぞ」


 エイデンも退学するためいたのだが、こちらに至っては一言も話さなかった。

 リーデリアがヴォルフに促され、リーデリアはエイデンを促し、立ち上がる。


「……もしや、カルヴァート卿、リーデリアさんに魔術を教えていた魔術師とは、あなたのことだったのですか」

「魔術を?」


 ヴォルフと一緒になって首を傾げかけたリーデリアは、学院に入学する際についていた嘘を思い出した。


 ああ、そんなことを言った気がする。よく覚えていたものだ。


 ヴォルフがこちらを見るので、リーデリアは単に見返しておいた。適当にしておいてくれないか。


「彼女の師匠は別の人だ」


 弟子は、事実を言った。

 こうして、リーデリアの短い学院生活は終わった。



 学院を出ると、リーデリアの封鎖された家に向かった。

 ヴォルフが持っていた鍵で錠を開け、入り口の魔術を解き、鎖を解く。


 敷地の中にも魔術のトラップをしかけているようなのだが、そこはヴォルフがリーデリアとエイデンを立ち入るのを「許可」してくれたため発動する心配はない。

 本当に腕を上げた。


 家の中は、そのままだった。

 変わっているところはあるのかもしれないが、ごっそり何かがなくなっていることはない。


「掃除は中々機会が見つけられず、誰かを入れるわけにもいかないので、最近は手が届いていない部分があります」

「いいよ」


 掃除していてくれたこと自体、驚きだ。

 百年放っておかれたなら、埃はこんなものでは済んでいないのかもしれない。弟子の管理は、単に置いておくだけではなかったのだ。


 奥の、仕事部屋にしている部屋に行くと、扉にはここまでとは別に魔術がかけられていた。

 解いて、中に入る。


「この中からよく見つけたな」


 仕事部屋は、片付いているとは言えない。

 他の部屋は人が来ても普通だと言えるくらいだが、この部屋は十人が十人「散らかっている」と言うだろう。

 紙が散らばり、本や箱が積み重なり、落ちる。


「かなり触ったせいでもあります。すみません」

「いい、終わったことだ。──不老不死の魔術式は、使ったあとどうした」

「破棄しました」

「全部か」

「はい。……師匠」

「謝らなくていい。そうしてくれて良かった。きみがしていなければ、わたしが今からそうしていた。それに、どうせ魔術式自体はわたしの頭の中にある」


 組み立てる過程を一から残していただけだ。どんな形を試したか、と。


 不老不死の魔術は、実験するわけにもいかない、理論のみを完成させる形のものだった。


 もしも理論が完成しても、実際には出来ない可能性もあるというもの。


「ヴォルフ、一応聞くが、きみが使用したのは最後に記されていたものか」

「はい」

「覚えているか」

「はい」


 近くの棚からはみ出している紙を引き抜く。本が崩れ落ちた。この部屋ではよくあることだ。

 紙を弟子に差し出し、ペンを……。


「ペンがない……」

「問題ありません」


 言うと、ヴォルフは指で紙をなぞる。ぱちぱち、という音と微かな焦げ臭さを感じること数分、紙を差し出された。

 焦げた跡の線で、魔術式が記されていた。器用なことだ。


「同じだな」


 魔術式を確認して、リーデリアは紙を燃やす。魔術の炎で焼かれた紙は一秒足らずの間に塵一つ残さず、消え去る。


「何か、引っかかっていますか」

「いいや。一応確かめておきたかっただけだ」


 この話は終わりだ。


「さてと、きみが厳重にこの部屋に魔術をかけておいてくれたのは、ここにあるものは全てわたしの研究途中または成果であり、中には危険なものもあるからだろう」

「はい」

「ありがとう。……そのきみの長い時間守ってくれていたものを、わたしは今から全部燃やす」

「全部、ですか」


 ヴォルフがさすがに驚いた表情で、リーデリアを見た。


「全部だ」

「いいんですか」

「いい。何と言うかな、ここを片付けて整理するよりも、一度全部リセットした方が早い。わたしもちょっとどこに何を置いたか分からない。開発していたものは全部覚えているからそこは心配いらない」

「そうでしたね」

「それよりきみはいいか?」

「俺ですか?」


 どうして自分に聞くのか、という顔をする。


「きみがずっと守ってくれていたから、申し訳ないと思ったからだ」

「そんなことですか? 師匠、全部俺が勝手にしたことです。師匠が戻ってきて、ここの全てを処分すると言うのなら、他の誰かにされるよりもずっといいことですよ」

「そうか」


 この弟子は、本当に、師匠馬鹿で思うのではなく、本当にできた弟子だ。


 リーデリアはヴォルフと一旦部屋を出て、入り口から中を見た状態で、魔術を使った。

 部屋の中、床、机、棚の中を舐めるように炎を動かし、全てを飲み込ませた。燃やした。


 やがて、あったのは、引っ越したてのような部屋。机や椅子、棚は燃やさないようにしたため、無傷だ。


 中には入らず、扉を閉めた。

 この家の中で重要な場所はあそこくらいだ。


「ついでに聞くが、わたしの資産はさすがに元に戻らないだろうか」

「いいえ、俺名義にする形で保管することにしていました。期限切れもありません。安心してください」

「……それ、ちょっとした法律違反だぞ。助かるからいいが」


 さらっと言うなぁ。

 ため息が出た。ヴォルフが気がかりそうな目をしたので、「違う」と否定した。咎めたのではない。


「ただ、思ったんだ。きみは、それほどまでにわたしが帰ってくると信じてくれていたのだな、と」


 微笑み言うと、ヴォルフは呟いた。


「……もはや望み、だったと思います。あれが別れだとは受け入れたくなかった」


 その表情を目にして、リーデリアは、胸を突かれる思いがした。


「ヴォルフ──」


 そんな声を遮る形で、ドンッ、と腹に響く音がした。


「何だ」

「……あっちの方ですね」

「あ、エイデンか」


 エイデンは物珍しそうに、玄関を入ってすぐにふらふらとどこかに行った。そのままにしていたが、何をしでかした。


 音の方に行くと、本がぎっしり詰まった本棚の下敷きになっている神がいた。

 何をどうすればこうなるのか。


 無傷な神曰く、本が一冊だけ飛び出ていたから引っ張ってみようと思って引っ張ったら本棚が倒れた、だそうだ。

 本棚ごと引っ張ってどうする。






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