「3頁目 戦いの恐怖 死の定」

 ○月×日アネイルの宿にて。 


 エンドールに向かうことにしたわたしは、ブランカを旅立った。良く晴れた日だった。


 だけど、今思えばかなり無謀な旅立ちだった。旅をするなんて初めての体験だったのに、わたしは装備を整えることもしなかったし、『やくそう』なども準備しなかっった。着の身着のまま、ノコノコと城下町を出たの。ほんと、バカだよね。


 ブランカの近くに魔物といったら、キリキリバッタとかスライムとかっていう歯応えのない奴らばかりだった。正直に言って、子供でも倒せるような弱い魔物だ。

 山奥の村で学んだ剣術の成果が出たのか、どうのつるぎで斬りはらいながら簡単に進むことができた。……まあ、それがまずかったんだけど。


 ブランカから旅立って半日、空が夕闇に染まるころ、ぽっかりと口を開く洞窟が西の森の中に見えてきた。疲れも溜まっていたし、一日歩き通しだったので、洞窟が見えた途端に少し気が緩んだ。


 ブランカの街の人に洞窟はきちんと整備されているので魔物は出ないと聞いていた。足も疲れてきたけど、後少しでひと段落できるとホッとしたその時だった。


 わたしの前に見たこともない魔物が現れた。


 真っ白の体毛に全身を覆われた、ずんぐりむっくりした魔獣『ももんじゃ』が二匹と、緑色の毒々しい色のスライムの仲間だった(名前はバブルスライムという。後で知ったんだけど)


 初めて出会った魔物ではあったけど、わたしは臆することなく、どうのつるぎで斬りかかった。




 ……そして、あっけなく返り討ちにあったんだ。


 スライムとかとは比較にならないくらい強い魔物だった。薬草とかを準備して、装備を整えていれば、あの時のわたしでもなんとか太刀打ちできたかもしれない。でも、わたしは何も持っていなかった。

 魔物たちの激しい攻撃を受けて、わたしは瀕死の状態に陥ったの。息も絶え絶え。口の中は血の味でいっぱい。ももんじゃの攻撃力は高いし、動きも素早い。わたしは奴らの攻撃をまともに防御することもままならな買った。


 ガツン、と脳天に打撃を受けた。視界が霞む。意識が薄れていく。こんなにあっけなく敗北するなんて思わなかった。ももんじゃの太い腕が振り下ろされ、わたしの腕を、脇腹を、鋭利な爪がえぐっていった。


 わたしは、地面に伏して、血を吐いた。

 もうダメだと思った。薄れゆく意識の中、わたしはシンシアたちの所に行くんだと直感した。すぐそばに死があることを実感したのだ。

 体が冷たくなっていくあの感覚は今でも体に残っている。

 こんなにも簡単に、わたしの旅は終わるんだ……。

 そう思った。



 だけど、不思議なことに、朦朧とする意識の中、どこからともなく声が聞こえたの。



「みちびかれしものよ……。

  まだ しぬときでは ありません。

 そなたに ふたたび

  いのちを あたえましょう。

  さあ めを おあけなさい……」




 あの声はなんだったんだろう。

 気がついたら、わたしはブランカの教会にいた。


 目を覚ますと青い正装を身につけた神父様が目の前にいて、わたしは旅の途中に魔物に倒されてしまったことを教えられた。


 ……意味がわからなかった。


 わたしは確かに魔物に倒された。神父様も言っていたけど、わたしは確かに死んでしまったのだ。

 それが、なぜか、五体満足の状態で教会にいるのだ。不思議に思わないわけがない。

 わたしは確かに、あの戦闘で、ももんじゃの鋭い爪によって胸を切り裂かれたし、バブルスライムの気味の悪い毒性の液体で視界が利かなくなっていた、それなのに、自らの体を見渡せば、怪我はどこにも残っていなかった。健康そのものだった。

 なぜ、先の戦いの傷跡がないのか、問いかけたけど、神父様は優しく微笑むだけで明確なことは言ってくれない。


 「神のご加護のおかげ」と曖昧なことを言うだけだった。


 神……。確か天空の彼方に浮かぶお城があって、そこにいる龍の神様は慈愛に満ちた瞳で下界を見守っているとか、そういうおとぎ話は聞いたことがある。

 神は地獄の帝王が復活することを知っていて、勇者であるわたしに加護を与えて戦わせている、ということなのだろうか。


 ……でも、納得できない。

 山奥の村でわたしに剣術や魔法を教えてくれた師匠達の方が、わたしよりも全然強いし、わたしの身代わりになって死んでいったシンシアの方がわたしよりも何十倍も勇敢だったのに、なんで、弱いわたしなんかが勇者に選ばれたのか。


 わたしは神父様に「わたしなんかより村の人やシンシアの方が勇者にふさわしい、彼女たちを生き返らせてほしい」って言ったんだよ。でも、それは無理だと首を振られた。


 神様がいるのなら、なぜわたしにこんな試練を与えるのだろう。嘆き胸に問うたけど答えは無かった。

 やるせない気持ちを抱えながら、わたしは教会を出た。朝の光が眩しかった。



 わたしは死ぬことも許されないのか。安らぎを得るためにはデスピサロや地獄の帝王を倒さねばならないのか。わたしのために命を落とした村の皆を思うと、悲しいし辛かった。けど、わたしには旅を続けるしかないみたいだった。


(生き抜かなければ……)


 わたしは心に誓った。だって、わたしにはそれしか道はないのだから。



 強い意志を持ったわたしは、ブランカの国の周りで魔物を倒して経験を積み、数日後、改めてエンドールへ向かった。


 今度はしっかりと長旅の準備をしてブランカを出たので、危なげなくエンドールにたどり着いた。いくら神の加護があって、命がいくらあるのだとしても、あんな痛い思いはもうしたくないもの。慎重に進んだの。



 そうして、たどり着いたエンドールの城下町で、わたしは初めての旅の仲間、ミネアとマーニャというジプシーの姉妹に出会ったんだ。



 ……っと、そのミネアが起きちゃった。枕元の明かりをつけてこの日記を書いてたんだけど、やっぱり明るかったかな。つづきはまた明日にするね。




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