「7頁目 温泉街アネイル」
○月◎日 温泉街アネイル。
……というわけで、昨日までの日記でわかるように、今、わたし達のパーティは、ミネア、マーニャ、ホフマン、わたしの四人。
アネイルの周辺の魔物を退治してお金を稼いで、武器屋で装備を整えて、今はまた、アネイルの宿屋でこの日記を書いている。
初めてアネイルにたどり着いた時、街で親切なお兄さんに声をかけられ、「初めてなら街を案内するよ」とガイドをしてもらった。
街の名物の温泉や、武器屋、防具屋、道具屋に街の偉人の墓地や、教会に設置されたその偉人の纏っていた鎧を見学させてもらった。
さらには宿屋も紹介された。なんと、このお兄さんは宿の主人だったのだ。宿泊費は、一泊40ゴールド。ぜひ泊まっていってくれ、と言われて、どうしようかと皆で顔を見合わせた。街を案内してもらった手前、断りにくかった。
見ればすぐ近くにももう一軒、宿屋があった。
看板を見ればその宿屋は一泊20ゴールド。半値だ。お金にがめついマーニャは安い方の宿屋にしましょうよ、とわたしを小突くが、ミネアはせっかく街を案内していただいたんですから、多少高くてもこちらの宿に泊まってはいかがですか、なんて言う。ホフマンはどっちの意見にもウンウン頷いていて、全然自分の意見はない。
確かに、ミネアの言う通りだなってわたしは思い、こちらの宿に泊まることにした。親切には感謝で返す。それが人の道ってやつだよね。
……と、思ったんだけど、部屋を覗いてみたら、ベッドがひとつしかないの。布団は出してくれるみたいだけど、考えてみると、今までは女三人旅だったから一部屋でよかったんだけど、横には馬車と一緒についてきた変な男がいるんだもん。やだよね。
なーんか目つきが嫌らしい気がするし、一緒の部屋で寝るのは抵抗があるのよね。
ってことで、申し訳なかったんだけど、ここの宿屋はパス。申し訳ないけど、安い方の宿屋に泊まることにした。でも、こっちの宿屋は二階建てだし部屋も多いし、なんで安いのか不思議なくらい良い宿だった。
アネイルは、ずっと居たくなるようないい街だ。温泉は気持ちいいし。
砂漠の熱にやられた肌だから、熱いお湯なんて染みるかと不安だったけど、ここの温泉は魔力を秘めているのか、とても優しく気持ちのいいお湯なの。最高。
山奥の村はずれの泉でシンシアと一緒に水浴びするのも、とても気持ちよかったけど、温泉っていうのも別の気持ち良さがあるんだね。戦いで受けた傷は回復魔法のホイミをかけられた時みたいに、みるみるうちに癒えていくし、重い装備で凝り固まった身体を中からほぐしてくれる。
「ごくらくごくらく~」とマーニャはお湯に浸かるたびにおっさんみたいに呟いて天を仰ぐ。普段から下着のような薄着をしているというのに、マーニャの豊満なバストがいざ目の前にくると照れて視線を外してしまうよね。
あと、どうでもいいっちゃどうでもいいけど、脱衣所にいた女性に「意外と胸がないのね。お父さん似なのかしら?」とか言われたのがすごくショックだった。失礼だし、意味わかんないし。
居心地が良い街なんだけど、もう、この街にも三日。装備も整えたし、そろそろ出発しようか、という話になり、明日の朝この街を出ることにした。
そういえば、思い出したから書いておくけど、夕食後に温泉に入った帰り、ふらりと散歩していたら墓場に出てしまい、そこで奇妙な体験をした。
並ぶお墓の十字架の前に誰かがいたのだ。この世のものとは思えぬ、ただならぬ雰囲気。初めは魔物が街に忍び込んだのかと思って警戒したのだけど、どうも様子が変。
近づくと、それはブツブツと何かを呟いていて、どうやらこの街の英雄リバストの霊みたいなの。ほら教会に鎧が飾られていたこの街の英雄。昼間に彼の話を教えてもらっていた。
何年も前にこのアネイルが魔物の軍団に襲われた時に街を守るために戦い、最後の魔物(ボス的な奴)と相討ちになって倒れたのだという。
そんな幽霊(多分リバスト)は誰に言うでもなくつぶやいた。
「私はリバスト。私の鎧は『てんくうのよろい』と呼ばれていた。しかし、何者かが海の彼方に持ち去ったのだ……」
だから何? って感じなんだけど、彼はその鎧を探して欲しいというわけでもなく、ただそれだけを言うと、すうっと消えてしまった。心霊体験って初めてだったんだけど、意外と怖いという感覚はなかった。不思議って感じだった。
幽霊に会ったとマーニャに言うと、寝ぼけてたんじゃないの?と一笑された。
そうだよね。幽霊なんかいるわけないよね。もし、本当に幽霊がいるんだったら、例え幽霊だとしてもあなたに会いたいよ、シンシア。
英気も養ったし明日からまた南下していくことになる。とりあえず、アネイルでの出来事はそのくらいかな。今日はおしまい。
……あと、やっぱり、ホフマンは女三人で温泉街に行くっていうからついてきたんじゃないかなぁ。明日街を出るって言ったらすごく渋い顔をしていたから。
《戦いメモ》
資金集めでアネイル周辺で魔物狩りをしていた時の話。
ミネアが誰も麻痺していないにも関わらずキアリクを唱えたり、マーニャが皆健康なのにどくけしそうを使ったりと、奇行が目立った。暑さで頭でもやられたかと心配していたんだけど、わたしが作戦を「いろいろやろうぜ」にしていたことを思い出す。
この姉妹、時々、悪ノリするのよね。
作戦は忠実に守る、なんて言ってたけどそういうことだったのか。
どうりでニヤニヤしていると思った。
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