「6頁目 信じる心」
○月□日 アネイル地方の草原の馬車にて。
突然の大雨に馬車の中で雨宿りをしながら日記を開いている。
ボンモール地方で経験を積んで、武器防具を揃えたわたし達は次なる大地を目指し、ブランカの東の砂漠へと向かった。
ブランカから丸一日歩き、日が沈んだ頃、ようやく険しい岩山の合間に砂の海が垣間見えた。
山奥の村から出てきたときにブランカで「東に行けば行くほど魔物は強くなる」と聞いたけど、出てくる魔物は全然敵じゃなかった。ボンモールでの修行が功を奏したみたい。
砂漠の手前に着くとポツンと小屋が見えた。砂漠の入り口に、旅人を労う小さな宿屋があった。見れば小屋より向こう側は白い砂の海がうねりながらどこまでも広がっていた。
宿屋に入り、主人に話を聞くと、砂漠は馬車を持っていなけれな、とてもじゃないが越えられないという。
宿屋の横には厩舎があり、一頭の美しい白馬と、立派な馬車が置かれていた。
「ハナ、なんとかしてよ。あたし歩いて砂漠を越えるのだけは絶対いやよ」
年上なのに、こういう時はわがままをいうだけのマーニャだ。ミネアの普段の苦労が目に浮かぶ。助け舟を求めてミネアに視線を向けると、
「だが。やはり馬車なしでの砂漠越えはムリなのね。かくなる上は無断で馬車をいただくしかないのかしら……」
……ってミネアも結構過激だった。さすが姉妹。感心するところじゃないけど。
このままだと、この姉妹のせいでお尋ね者になってしまいそうなので、とりあえず馬車の持ち主にどうにかならないか、交渉してみることにした。
馬車の持ち主は宿屋の息子でもあるホフマンという若者だった。
彼の父親は宿屋のカウンターで仕事に汗を流しているというのに、ホフマンは家にこもり「誰も信じられない」なんて思春期みたいな事を言って心を塞いでいた。
腑抜けた男だ。よく見れば宿屋の主人の髪は青みがかっているのに、ホフマンは金髪。染めてるのかな。
チャラチャラしてるくせにナヨナヨしてて、初対面でこんな事いうのは気がひけるのだけど、気分の悪い男だった。
シンシアも言ってたじゃん。簡単に男の人を信用しちゃいけないって。……わたし、間違ってないよね?
ホフマンは、東の洞窟に宝探しに行ったら、一緒に行った友達に裏切られたとかで誰も信用できなくなったんだって。
聞いてもいないのに、そんな身の上話をし始めて、なんだか女の子三人組が来たからって自分を悲劇の主人公みたいに脚色して思い出話をして同情を誘ってるみたい……不快。
ああ、これが世の中で一番カッコ悪いタイプの男なんだなー、と思いながら、彼の不幸自慢を聞いていたのだけど、マーニャは「東の洞窟の宝」という発言に興味津々になってしまって、その宝を見つけてホフマンに見せて馬車と交換してもらいましょう、と言い出した。
宿屋で一泊したわたし達はその洞窟へ向かうことにした。
幸い、道中の魔物は全然強くない。……とうか、わたしたちが結構強くなっていたのだ。
サクサクと魔物を蹴散らしながら東に進むと、例の洞窟が見えてきた。
体力も十分、回復薬なんかも準備は万全。
わたし達は顔を見合わせて自信に満ちた表情で頷きあって。洞窟に足を踏み入れた。
でも、そんな自信が油断を招いたのか。
あろうことか、その洞窟で、わたしは二人とはぐれてしまった。薄暗い通路を歩いていると、突然足元の床が口を開いて、マーニャとミネアが地下に落ちてしまったのだ。
慌てたよ、急にひとりぼっちだもん。二人の無事を祈りながら先に進むしかできなかった。もし、怪我をしたら大変だけど、回復魔法を使えるミネアがいるんだもん、大丈夫だよね? って自分に言い聞かせて、通路を進んで地下に向かった。
暗い洞窟で一人は心細かったけど、落とし穴があるくらい人の手が入っている洞窟なら、先に進めば二人に再開できるだろう、と不安な心を無理に前向きにして、わたしは奥へ奥へ進んでいった。
すると、すぐに二人は見つかった。ピンピンしていた。よかったー。怪我もなかったんだー、心配して損したーって駆け寄ったんだけど、なんと、その二人は魔物が化けていた偽物だったの。
ほら、シンシアがわたしの身代わりになった時に「モシャス」って魔法を使ったじゃない。あれとおんなじ系統の魔法で化けていたんだと思う。
油断して近づいたわたしに、魔物は襲いかかってきたんだ。びっくりしたけど、魔物の攻撃はとっさに防ぐことができた。
こんな時でも、三人で積んだ修行の成果が出たんだ。
返す剣で魔物を斬り伏せた。思ったよりも簡単に倒せた。これも二人と一緒に修行をしたおかげだ。
その後、なんども二人に化けた魔物が現れて、その度に本物か偽物か不安になったけど、なんとか本物の二人と合流できて、三人で力を合わせて洞窟の奥にたどり着き、宝物を手に入れた。
それは「しんじるこころ」という不思議な多重結晶の宝石だった。眺めていると心が洗われていくような不思議な宝石。
確かに、この洞窟では二人に化けた魔物がなんども現れたので、本物の二人と合流できた時も、それが本当にミネアとマーニャなのか疑心暗鬼になって、危うく戦いになるとこだったもん。
そうか、この洞窟はそうやって人間同士を信じ合う心を喪失させる仕掛けの洞窟だったんだ。
でも、わたし達の絆を断つことはできなかった。むしろ、この試練を乗り越えたことでわたし達はより一層、仲間としての絆を得ることができたんだと思う。
砂漠の宿に戻ったわたし達は「しんじるこころ」を金髪ナヨナヨ野郎に見せた。
すると、「僕が無くしていたのは人を信じる心だったんだ」
なんてクサイ台詞を吐いて、金髪ナヨナヨ野郎は馬車を貸してくれると言い出した。
三人で手を握り合って喜んだ。これからも三人で力を合わせてがんぱって行こうね、って誓った。
……でも、次の日の夜明け前、気温が上がる前に砂漠を抜けようと、早起きしたわたし達が宿屋から旅立とうとすると、金髪ナヨナヨ男がニコニコして現れて、
「僕もついていこう!」とか言い出して馬車に自分の荷物を積み始めたの。
唖然としたよね。
「わたし達がうら若き女の子三人組だから、鼻の下を伸ばしてついてくるんじゃない?」
ってわたしがこっそりミネアに言うと、
「そ、そんなこと言っちゃダメよ。きっと親切心にきまってるわ」とミネアは彼を擁護し始めた。
だから、
「じゃあ、旅の途中で野宿する時はミネアがホフマンの隣で寝てもらってもいい?」
と言ったら、ミネアは俯いて黙ってしまった。
ちょっと意地悪を言っちゃったかなと思ってすぐ謝ったんだけど、「わたしも信じる心が足りなかったのですね。ハナさん、わたしの弱くて矮小な心を見抜くとはさすがです。占い師の才能もあるかもしれませんね」なんて言うから調子狂っちゃった。
そんなこんなで、夜明け前にだだっ広い砂漠に出たわたし達は、日が昇って灼熱地獄になる前に抜けて、このアネイルに着いたのだ。
……っと、雨が上がった。休憩もおしまいね。
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