「25頁目 キングレオ城の戦い 前」

 ×月■日 コーミズ村の朝

 空は晴れ渡り、山の稜線がくっきりと見える。空気は澄んでいて穏やかで、コーミズ村の朝は、どこかで闇の帝王が復活するなんて嘘みたい平和だった。


 朝食の準備が始まる長閑な村の宿屋で、わたし達は装備の最終確認をしている。

 村の雰囲気とは正反対に皆の表情は固い。特にマーニャとミネアはずっと無言で準備に勤しんでいる。

 彼女たちは過去にキングレオ城で戦いに敗れ仲間を失った。仇敵を倒すために旅をしたのに、戦いの果てに犠牲だけが増えた彼女達の憎しみや悲しみはわたしには想像もできない。

 けど、彼女達のためにも、わたしは戦う。


 わたし達は負けない。



 ☆


 コーミズ村から北上してしばらく歩くと、いよいよキングレオ城の高い城壁が森の向こうに見えてきた。


 不思議なことに、森の中の湿った木々の匂いを嗅いでいると、脳裏に山奥の村を旅立ったあの日のことが思い浮かんできた。

 焼け落ちた村を出て、ひとり孤独にブランカの城を目指した。もう失うものなど何も無いと思った。もう二度と笑顔になれることなんてないと思った。

 でも、旅を初めて、マーニャやミネアと出会い、トルネコさんが協力してくれ、アリーナ姫達が仲間になった。

 いつの間にか、わたしの周りにはみんながいた。苦楽を共にする大切な仲間ができた。一緒に泣き、一緒に笑い、辛いことも悲しいことも一緒に乗り越えてくれる、大事な仲間だ。

 

 あの日、村を出てから、何日経ったんだろう。ふと気になったわたしは、ごとごと揺れる馬車の中で日記を読み返して数えてみた。


 37日。

 これが、わたしが仲間を集めて、大陸を横断して、船で海を越えて、旅してきた日数だ。


 長かったような、短かったような。おかしいね、まだ旅は続くのに、こんな風に過去を振り返っちゃうなんて。まるで、キングレオの戦いが最後になるみたい。

 ……っと縁起でもない。


 ともかく、今日、いよいよミネアが言ってた小さな光の最後の一人、ライアンさんを助け出すために戦いへと征く。絶対に勝つんだ。メンバーは昨夜、皆で決めている。作戦は充分に練った。大丈夫。わたし達は負けない。


 城に乗り込むメンバーは、わたし、アリーナ、ミネア、マーニャだ。

 城の中は「進化の秘法」の研究のために各地から若い娘を集めていると言う。女だけで乗り込んだほうが怪しまれない。


 装備の最終確認を済ませ、これからキングレオ城に乗り込む。


 気を引き締めないとね。わたし達の旅はこんなところで終わるわけがない。





 ×月◉日 ババリアの宿にて



 どういう風に書こうか迷っている。

 今、わたしはハバリアの港町で、日記を開いている……んだけど、うまく筆が進まない。

 窓の向こうにはキラキラ光る水面が広がっていて、海鳥の声が時折ひびき、暖かい日差しが部屋に差し込んでいる。

 昨日のことが、どこか遠く感じられるけど、出来るだけ順を追って書いていきたいと思う。


 ☆


 キングレオ城にたどり着いたわたし達は、馬車で待機のメンバーと別れ、城壁に沿って反時計回りに移動し、魔法の鍵で忍び込める扉はないかと探った。

 すると、東側に裏口のような小さな扉が見つかった。幸運なことに警備の兵士もいない。


 しのび足で扉に近づき、魔法の鍵で忍び込んだわたし達だったけど、城の中で見たのは異常な光景だった。


 広い廊下には外にいたような威圧的な兵士はいない。それどころか不気味な嬌声が響き渡っていた。警戒しながら城内を歩くと、半狂乱の男女がそこここでもつれ合いじゃれあい、駆け回っていた。酷い異臭と、醜悪な痴態。

 お酒とは違う何かで酔っているのか、追いかけあい絡み合う男女は、とろんとした瞳で、ここではないどこかを見つめていた。


 柱の陰から様子を伺う。眉をしかめたくなる醜態が繰り広げられていた。軽蔑の眼差しを送りながら、先を急ぐ。


「ひどい有り様ね。昔は優しい王様がいて、素敵な国だったのに」


 マーニャがポツリと呟いた。


 彼女らが幼い頃のこの国は、それは平和な国だったらしい。しかし、数年前にクーデターが起き、キングレオは恐ろしい独裁国家に生まれ変わってしまったのだと言う。


 そのクーデターを起こしたのが、姉妹の仇敵バルザックである。


 バルザックは元々は姉妹の父であり錬金術師であるエドガンの弟子だった。だが、エドガンが発見した「進化の秘法」の力に目がくらみ、あろうことか師を謀殺し「進化の秘法」を奪ったのだ。

 その後、バルザックは手に入れた「進化の秘法」を利用しキングレオの国に巧みに入り込んだ。そして、クーデターを起こし、自らが圧政を敷く王として君臨したのだ。


「進化の秘法」とは生物の進化を急速に促進する錬金術で、人間の姿を恐ろしい魔物に変えてしまうこともできる秘術だという。


 偶然にも「進化の秘法」を発見したエドガンはその力の恐ろしさに気づき、誰にも悪用されないように闇に葬ろうとした。しかし、欲に目の眩んだバルザックによってその秘術は奪われてしまったのだ。


 バルザックは革命を起こしてキングレオのお城を乗っ取ると、各地から若い娘を集めた。「進化の秘法」の実験台にするために。


 何も知らずにお城に呼ばれた娘達は、何も知らぬままに秘術の実験台にされ、その美しい体を醜い怪物に変えられた。ひどい話だ。


 マーニャとミネアは父エドガンの一番弟子だったオーリンさんと共にバルザック打倒を目指し、一度はキングレオ城に乗り込んだ。


 しかし、仇敵バルザックは自らの体にも「進化の秘法」を施していた。灰色の体毛に全身を覆われた巨大な獣人に姿を変えたバルザックと三人は死闘を演じた。


 あと一歩のところまでバルザックを追い詰めたけれど、突如、恐ろしい獅子の姿を持つ魔物が現れ、それまで優勢だった三人はあっけなく返り討ちにされてしまった。


 そして、気を失った三人は投獄された。


 力の差は歴然だったのに、命を奪われなかったのは、きっと彼女らを研究の実験台にしようと目論んでいたからではないだろうか。

 魔法の力に長けた美しい娘や、錬金術に長けた青年。それらを実験台にして、進化の秘法の完成をバルザックは目指したのだろう。


 牢屋のなかで目を覚ました三人はキングレオの前の王に出会う。クーデターで追われた彼もこの牢獄に入れられていたのだった。


 痩せさらばえたかつての王は、海を越えた北の大陸へ向かう連絡船の乗船券を譲り渡し、脱獄の為の隠し通路を三人に教えた。


 彼女達はその手引きの通り牢屋を脱出する。だが、追っ手の兵士と戦闘になり、その最中に一緒に旅をしていたオーリンさんが犠牲になった。


 二人は失意の中、ハバリアにたどり着き、エンドールへの連絡船に潜り込んでこの地を後にした。


 そして、エンドールの街でわたしに出会った。



 それだけのことがあったから、再びこのキングレオ城に戻ってきた二人の心境は計り知れないものがある。

 かつては平和だった国が、自らの父を殺した非道に乗っ取られ、こんな醜悪な姿に変えられてしまったのだ。


 ぎゅっと薄い唇を噛むミネア、瞳に力を込めるマーニャ、二人の案内で警戒しながら城内を進む。すると、廊下の向こうから怒号が聞こえたきた。壁に隠れて伺うと、一人の長身の戦士が、城の兵士と揉み合っていた。


 両脇を掴まれていた長身の戦士だが、その膂力は凄まじく、二人の兵士は彼を抑えきれなかった。


「ええーい貴様らごときに このライアンが押えられるものか!」


 戦士は叫ぶと、グググと全身に力を込めた。


「ぬおおー!!」雄叫びと共に戦士は周りを囲む兵士を弾き飛ばし、残らず気絶させた。


 すごい力だった。これがわたし達が助けようとしていたライアンさんだった。もしかしたら、わたし達が来なくても一人で戦えちゃいそうな凄腕の戦士だった。


 わたし達が駆け寄ると、ライアンさんはぎょろりと殺気のこもった瞳で、睨みを効かせたけど、すぐにハッとして表情を緩めた。


「おお! あなたは!? ついに捜し求めていた勇者殿にお会いすることが出来た!」


 わたしの姿を見るとライアンさんは感激した様子でひざまずいた。


「その出で立ち、まさしく、おつげじょのお告げ通り!」


「西のおつげじょに行ったのですね。私たちもそこでお告げを聞いて、こうして共に旅することになった仲間なんです。ライアンさん。探しておりました」


 ミネアが声をかける。


「……ねえ、ハナ。ちょっと歳いってるけど、なかなか男前の戦士様じゃない? ちょっと貧乏そうだけど」


 とツンツン肘で突いてくるのはマーニャ。さっきまでの緊張感からは想像できない顔だ。このお姉さんは切り替えが早くて困っちゃうよ。


「あなたとても強いのねっ! 今度、一度手合わせお願いしたいなっ」


 と、脳筋アリーナ姫もさっそく変なことを言う。


「ちょっと、ちょっと。今はそんなことをいってる場合じゃないでしょ」


 わたしが呆れて言う。


 こんな緊張感のない女の子だらけのパーティを見て、目を丸くしたライアンさんだったけど、すぐに表情を引き締めた。


「ご、ごほん。この部屋の中にいるのは世界を破滅せしめんとする邪悪の手の者と聞きます。共に打ち倒し、その背後に潜む邪悪の根源を突き止めましょうぞ! さあ中へ!」


 さぞ名のある戦士なのだろう。その張りのある堂々とした声はわたし達を瞬時に現実に引き戻した。

 一同は頷くと、雪崩のように玉座に駆け込んだ。


 広い部屋だった。四角い部屋には数々の調度品、豪奢なシャンデリア。国民に圧政を敷く悪逆なる為政者の、贅の限りを尽くした悪趣味な部屋だった。


 そして、その中央に据えられたきらびやかな玉座には、怪物がいた。四本の脚、四本の腕をもち、逆立つたてがみを四方に伸ばした獅子の魔物が、我が物顔で玉座に君臨していた。


 わたし達の突入に、護衛の兵士たちが慌てて武器を取る。


「こいつらは私が引き受けた!勇者殿はその化物を!」


 ライアンさんが大剣を抜き、護衛の兵士達と睨み合う。ジリジリと緊張感が空気を撼わす。ひとりの兵士が両手に構えた槍をライアンさんに突き出した。ライアンさんは片足をさっと引くと、大剣を構え、その槍を払いのけた。


「さあ何をしておられる。ここは私に任せて早くキングレオを!」


 背中で叫ぶライアンさんに頷いて、玉座で不敵に笑う獅子に向き合う。


「私はキングレオ。前の王バルザックに代わりこの国を支配するものだ……」


「バルザックの代わりですって!?」

「奴はどこ!?」


「ん? そこの娘達。確かお前らはバルザックを仇とやってきた娘では? バルザックがいなくて残念だったな! わっはっはっ!」


 キングレオと名乗った怪物は鋭い牙を見せて笑った。


「退屈凌ぎに丁度良いわ! 人間の力の無さを思い知らせてやろう。お前達をそのような脆い生き物に作った神を恨むが良いっ!」


 ズシン、と大地を揺るがしてキングレオは立ち上がり咆哮をあげた。遠雷のような低い叫び声。

 自分の髪がチリチリ震えるのを感じた。


 ……この魔物は強い。


 わたしは今までに感じたことのない圧力を全身に受けながら、剣を持つ手に力を込めた。ギロリとキングレオはわたしの目を睨みつけた。



 恐ろしい獅子との戦いが始まった。






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