「26頁目 キングレオ城の戦い 後」

 キングレオは反則級の攻撃力を誇っていた。


 わたしとアリーナが連携をしかけても、キングレオは全く動じない。四本の腕を器用に操り、左右から飛びかかるわたしとアリーナを同時に相手をするのだ。二対一で肉弾戦を仕掛けているのに、キングレオは片手一本ずつでわたし達の攻撃を防ぎ、もう片方のその大きな腕を器用に使い、わたし達に向けて振り下ろす。鋭い爪は掠っただけで大ダメージを受けてしまうほど強烈だ。

「二人とも! 飛んで!」

 後方からマーニャの声。ちらりと見れば、マーニャが両手に魔力を溜めている。

 アリーナと目配せをして、交差するように攻撃を加えながら脇へ飛ぶ。キングレオはマーニャのことには気づいておらず、全ての手を広げる形でわたしとアリーナを迎撃する。

 正面が無防備になった。

 マーニャがここぞとばかりに、魔力を解き放った。彼女の手のひらから激しい火炎が放たれた。攻撃魔法メラミだ。


 巨大な火柱が轟音をあげてキングレオに向かう。

 しかし、キングレオがその大きな口を開き、地鳴りのような恐ろしい咆哮をしたかと思うと、凍える吹雪がその口腔より放たれたのだ。

 吹雪はマーニャ最大の魔法をいとも簡単にかき消した。

 唖然とするマーニャ。だが、怯んでいる場合じゃない。わたしは両手に持った破邪の剣を振りかざしてキングレオに斬りかかる。

 アリーナも同じだった。姿勢を低くキングレオに拳を打ち込んでいく。

 キングレオは目障りなコバエを叩き落とすようにわたし達へ爪を振り下ろす。

 一対一なら勝てるわけのない相手。全員で立ち向かったって、勝てるかどうかわからないほどの強敵。何度、斬りかかっても防がれる、何度も鋭い爪に弾き飛ばされる。

 だけど、

 それなのに、


 わたしは負ける気がしなかった。きっとみんなも同じだったんだと思う。


 傷を負ってもミネアが的確に回復魔法を唱えて前衛のわたし達に勇気を与える。キングレオの動きが少しで鈍れば、そこにマーニャが呪文を撃ちこんでいく。

 何度、踏まれても懸命にその茎を伸ばし花を咲かせる名もなき路傍の雑草のように、わたし達は諦めなかった。


 次第に、キングレオの攻撃が散漫になってきた。巨大な猛獣でも息つく暇なく攻撃に晒されて、疲れが見えてきた。アリーナの鉄の爪が段々とキングレオの鋭い爪と互角に渡り合えるようになってきた。わたしも徐々にキングレオの動きが見えるようになってきた。

 周りを見る余裕さえ持つことができた。ちらりと見れば、ライアンさんも兵士をバッサバッサとなぎ倒していた。


 そして、ついにその時が訪れた。


 キングレオが苦し紛れに振り下ろした右腕をうまくかいくぐったアリーナがその巨体の懐に飛び込むと、下から切り上げるように鉄の爪を振り上げた。鋭い一閃はキングレオの片目を切り裂いた。

「グオオオっっ!!」

 雄叫びをあげるキングレオの動きが一瞬怯んだ。その隙をマーニャは見逃さなかった。

「そこね!メラミ!」


 マーニャが渾身の魔力を込めて火炎を放つ。炎はまっすぐ伸び、キングレオの顔面を捉えた。立ち上る火炎を払おうとキングレオは六つの腕を全て顔の防御に使ってしまった。


 ……今しかない!

 わたしは決死の覚悟で盾を投げ捨て、両手に持った破邪の剣をガラ空きの胸めがけて突いた!

 分厚い胸板に、グサリと剣は突き刺さった。剣はキングレオ胸中奥深くまで達した。


「グアアアアアッ!!」


 苦痛に顔を歪め、獅子は一歩二歩と踏鞴たたらを踏んだ。だらりと六つの腕が垂れ下がり、口からドス黒い血を吐き出した。


「ぐっ……。こ、この私がやられるとは……、お前達は一体……何者だ……」


 苦痛に顔を歪めたキングレオが血を吐きながらわたしを睨む。じっとわたしを見つめたキングレオの瞳が驚きとともに見開かれた。

「もしや、地獄の帝王様を滅ぼすと言われる勇者……。まさか……」

 呟きながらもキングレオは崩れ落ちた。地響きが鳴り響く。

「その勇者はデスピサロ様がすでに殺したと……」

 地に堕ちた獅子の魔獣は血を吐きながら唸り、そして……


「……ぐふっ」


 キングレオは血溜まりの中で息絶えた。



 その瞬間、ライアンさんと対峙してた兵士たちは手に持つ武器をガチャリと落とした。


 キングレオの魔力が切れたのだろう、兵士たちは顔を見合わせて今まで自分たちが何をしていたのか、わからない様子だった。


「ふう、終わったな」


 ライアンさんも大剣を鞘に納めた。背の高いライアンさんが微笑みながら近づいてきて、わたしの前で再びひざまずいた。


「お見事でしたぞ! 勇者殿! 世界を破滅から救うため共に戦いましょうぞ!」


 わたしはライアンさんの手を取り立ち上がらせた。

「こちらこそ。ライアンさん。これから、よろしくお願いします」


 こうしてライアンさんが仲間になった。これでミネアが聞いた神のお告げの通り、八つの小さな光が集まったのだ。


「……ですが、私達の仇敵、バルザックはどこにいったのでしょうか」


 ミネアとマーニャはそれでも浮かない顔をしていた。彼女達の仇はこの城にはいなかったのだから。


 何か手がかりがないかと、わたし達は城の中を探索した。


 すると、怯えた顔の大臣が部屋で震えていた。この大臣はキングレオに取り入って今までやりたい放題やっていた男だ。人間のくせに、欲望に負けて魔物の味方をするなんて、ひどい男だ。


 マーニャとミネアが大臣を締め上げると、大臣はあっさりと白状した。


「あわわ……お許しください! 実は憎きバルザックはサントハイムのお城にいます! どうです役に立つでしょ?」


 ヘラヘラと唇の端を歪ませる大臣。醜く太った顔は小悪党そのものだった。

 マーニャはニッコリ微笑んで「ありがとう」と言った。

 大臣はマーニャのその笑顔で許されたと思ったのか、ホッと胸をなでおろした。

 しかし、次の瞬間、マーニャは大臣の横っ面に思いっきり拳を叩き込んだ。

「ぶぎゃ!」

 大臣は情けない悲鳴をあげて、壁まで吹き飛び、伸びてしまった。

「キングレオに乗っかって甘い蜜を吸ってたくせに、こんな時は自分だけ助かろうとするなんて、ゲス中のゲスね」

 吐き捨てるようにマーニャは言った。

「殺されないだけマシだと思いなさいよ」

 フンッとマーニャが伸びてしまった大臣を見下ろす横で、表情を強張らせている者がいた。アリーナだ。

「サントハイム……」

 小さく呟くアリーナ。。

 そうだ。サントハイムといえば、アリーナの生まれ育った王国だ。


 アリーナは腕試しの旅に出ている最中に、留守にしていたサントハイム城の人が突然消えてしまうという怪事件に巡り合ったのだ。その謎を解くために、クリフトとブライを従えて旅に出たのだと言う。


「次の目的地はサントハイムだね、アリーナ。魔物達からサントハイムを取り戻そう」


 わたしが言うと、アリーナは黙って頷いた。生まれ育った国を魔物達に占拠された彼女の心中を思うと、それ以上何も言えなかった。




 馬車に戻り、仲間と合流して勝利の喜びを分かち合ったけど、それでも浮かない顔のわたし達を見て、トルネコさんが口を開いた。


「まあひとまずは仲間が揃ったと言うことで、今日はパーっとやりましょう。過酷な旅路の中でも息抜きは必要です。明日への活力を満たすためには、しっかりとした休息をとることも大切なことなんですよ」


 トルネコさんが明るい声を出して、皆の雰囲気をほぐしてくれた。


「そうですじゃ。姫のお気持ちを痛いほど分かりますが、このところ激しい戦いの連続でしたからのう。いくら回復魔法で傷が癒えたとしても、心身共に疲労はたまっておるでしょう。たまには休息日をとることも必要だと、爺も思いますぞ」

「そうです。姫様。しっかり休息をとって、そして我らがサントハイム城を取り戻しましょう!!」

 ブライさんやクリフトも同意する。


「わかったわ。強くなるには休息だって大事だものね」


 アリーナも苦笑いで了承してくれた。


「……そうね。せっかくライアンさんも仲間になったんだし、バルザックの居場所も突き止められたんだから、一歩前進って前向きに考えなきゃね、そうと決まれば、早くハバリアに行きましょ。あたし、今日はとことん飲んじゃうわよ!」


 ほだされて、マーニャも頷いて表情を変えた。ケロッと、いつものお気楽なマーニャの笑顔だ。きっと心の底では笑っていなくても、空気を読んで笑ってくれているのだろう。マーニャはそういうところがあると、わたしは知っていた。

きっと、本当は不幸を背負い込んでしまう性格なのだ。

「姉さん。あまりハメを外さないでね」いつものようにミネアは姉をなだめた。





 ……と言うことで、昨日はハバリアの酒場で宴会となったのだ。

 ライアンさんの仲間入りと、キングレオ城の勝利を祝して。



 そんなわけだったので、昨日のうちに色々書いておきたかったんだけど、なかなか日記を開けなかった。ハバリアの酒屋で飲めや歌えやの大宴会。キングレオの悪い王様が倒されたと、どこからともなく噂も広まって、町の人たちも久しぶりに笑顔が戻ったみたい。


 最後まで呑んでいたのはマーニャとライアンさん、トルネコさん、あとマーニャ、それと、そのマーニャに無理やり羽交い締めにされて、付き合わされたクリフト。

 ミネアとアリーナ、ブライおじいちゃんはさっさと寝ちゃった。


「神に仕える身で飲酒など……」とサントハイムお抱えの神官クリフトさんはモガモガ言っていたけど「アリーナ姫は強い男が好きだってよ、クリフトぉ。お酒に弱い男じゃきっと見捨てられちゃうでしょうね」とマーニャが茶化すと、ヤケみたいな顔になってガブガブお酒を飲み始めた。


 そんなこんなで宴は続き、


 そして、夜があけた。



 今日は休息日だって言うから、みんなはそれぞれ自由に過ごしている、

 わたしは何もする気が起きなくて、こうして日記を開いている。


 これから、戦いはもっと激しくなっていくんだと思う。サントハイムにはマーニャ達の仇敵「バルザック」がいる。厳しい戦いが待っている。


 気を引き締めて、行かなきゃと思う。

 デスピサロを倒して、闇の帝王の復活を阻止する。

 それが、みんなに生かされたわたしの使命なんだから。

 シンシア、絶対に仇はとるからね。


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シンシアへの手記 〜ドラゴンクエストⅣ(FC版)プレイ日記〜 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango

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