最終話 悪魔
手の中にある、恐ろしく透明な魂を、傷つけぬよう真綿で包み込む。
「本当はこんなことをしなくても私にはその力があるわけだが。」
悪魔は、恐らくは天使からの賜物だろう砂時計に司の名を書いてみる。
「本当にこんなことが最後の願いでよかったのか、君は。」
悪魔は永遠に明けない夜の中で、戻って来た少年の手を取った。
「これ以上の復讐が、あると思うか?人間である私に、あの人の命を絶つことは愚か、翼をへし折ることさえできはしない。つまり直接に手を下すことはできないが・・・大切に育てた「最高傑作」とやらが、悪魔の手の内にあって、しかも自分が与えた砂時計を使われて生きている、それはそれでなんとも皮肉なことでもあるし、私にできた唯一の反抗なんだ。」
恐らく司は、今いる世界こそが本当の
「君は本当に悪魔のような人間だね。」
「私は悪魔ではなくて、鬼なんだよ。」
悲しそうに微笑む司は、体が空気のように軽いと天も地もない暗闇の中に 浮かんでいる。それに合わせて悪魔も浮上する。
「お前はまだ生きたかったのか。」
「わからない。人間だって所詮動物、全細胞をかけて生きたいと願うだろうね、どんなことがあっても。」
(動物、か。)
生き残るために発達させた脳などという器官のせいで、どれほど彼は苦しんだのだろう。悪魔は傷つけやすい爪が触れないよう気をつけながら、指の腹でそっと魂を撫でる。
「なんだかくすぐったいよ。それに恥ずかしい。いじめるんじゃなかったの?」
悪魔は昔馬鹿にした仲間のことを思い出した。人間に惚れたせいで堕天した、うぬぼれの強い下級悪魔だった。
(まさか、俺も?)
微笑みを浮かべる青年は、悪魔の動揺のせいで幼くなったり戻ったりを繰り返している。彼は本当の願いを叶えてやりたかったが、それを実行できる気がしなくなっていた。
「僕はね、K.X、本当は・・・」
心配そうに自分を見つめ、おかしな顔をしている悪魔を見下ろした。
「本当は、魂をどこかで破壊して欲しかったんだ。それがなければ、僕は普通の人間として家族の死を悼み、数多ある人生の道を選び歩くことができたはずだから。
でも、K.X、僕の人生はきっと、この形が一番幸せだったのだと、おかしな話、死んだ後で初めて思った。
沢山あるもしもを考えることは楽だ。でも、そのもしもの先にあるのは、幸福ばかりではない。それなりの苦痛、それなりの不幸、不安が必ずあって、そこで必ず、もしもを考える瞬間がやってくる。
K.X、僕は君のおかげで一人になることがなかった。それがまたこの魂のせいなら、それを受け入れたほうが余程幸せだと思うんだ。
もちろん、君の好きにしていいけど、飽きるまでくらいはそばに居ても構わないかな。」
天も地もない無明の世界に、このとき確かに、閃くほど一瞬光が射したようだった。K.Xは微笑んで、司の手を取り魂を懐に収めた。
「長い付き合いになりそうだ。」
そう言って笑う悪魔はいつしか醜い魔物の姿になっていたが、司には、それが天使などより美しく、慈愛に満ちたものに見えた。
-終
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