天使

八割 四郎

第0.5話 八月一日

いつも見ている風景が、今はなぜか違って見えた。高校へ向かう道、右手は急な斜面になっていて遥か彼方まで見えそうな眺望が広がり、そこに小さな家々や高層ビルが並び、ちょっとした田舎であるからか所々歪に緑地が点在していて、左手には鬱蒼とした森が当たり前に広がっている。それが今日は何か妙だった。

歩いている道の高度はそこそこであるから、たまに靄がかかっていたりとか、急斜面の下が全く見えないとか、そんなことは割と普通のことで気にも留めないものだが、今日はしかし、何もかも鮮明に、はるか下を猛スピードで走る自転車、それに乗る黄色い服を着た男が誰かに至るまで具に観察できた。

目の前を紋白蝶が横切る。その先には彼岸花が群生していて、我知らず怖気だった。

なにがいつもと違うわけでもない。森はいつもより静かなくらいで、いつか土砂崩れで危うく人死にがでかけたという、今はブロックが積まれたその場所も、白々とした沈黙を守っている。

ただ目を真正面に向けた時、やけに道が白く見えるのだ。いや違う。前にいる人間が、あまりに黒く見えるのだ。

知らない人間が、この学校の敷地に入るはずがない。これは間違いなく目の錯覚であるはずだ。そうでなければ困る。体にまつわる空気が、やけによそよそしく、また生々しく、魚に触れたようにぞっとして思わず立ち止まる。

「レイ、レム、ヨシ、コウ」

頭の中に響いたわけのわからない声を聞いたあと、八月一日ほずみは目を覚ました。

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