第15話 楽園

桃の花が満開になったその日、久々にその青年を見た。暗く静かな目、指を通したくなる髪、汚れた、しかし無垢な魂とその体。白い花の輪飾りを作っていた人物は、それを戯れに青年に与える。

「君はひどく白というものが似合わないね。」

輝く金髪の長い、性別も曖昧な人物は青い目を嬉しそうに歪める。

「また、殺しにきたのかな。」

答えに窮したように俯く少年の耳に、未だ青い宝石が光るのを見る。

「私はあなたを許さない。」

金縛りにあったように動くに動けない少年はちょうど桃の木の下あたりにいて、花びらが舞い、一片肩に乗った。その一片が増殖して、その人を飾ったらどれだけいいだろうと近くに寄って花びらをつまむ。

「君は奇跡の力をなぜそうも否定する?」

指の先ひとつ動かせなくなった少年の耳に触れ、頬に触れ、唇に触れる。答えなど期待していないその人は、矯めつ眇めつしているうちに首に下げられた十字架に気づき、おかしそうに微笑んでそれを指先で弄んだ。

「こんな信仰に縋らなくたって、君の未来は保障されている。死んだあと君は天に昇り、私の元で永遠の命を得る。当然のことだ。君は最高傑作で、奇跡を許された人間なのだから。」

二筋涙が流れていた。感情も死に、幸福からも不幸からも遠ざけられたような青年は、ただ、人という生き物のもつ本能で、絶望を感じ取り、涙を流していた。

その人は少年の健康なのを確認したのち、どこかへ去っていく。この人物は、悲しみも痛みも知らなかった。

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