第13話 黒い家の住人

広い前庭に、生活用水でも流しているのか、家の方からは小さな川が流れ、そこに木犀の花がちっている。それが道の左側で、小さく狩られた木犀しかない。右側には立葵や沈丁花、龍の髭から藤まで鮮やかに整えられ、少し目にうるさかった。

意外と長い小道を歩いた先に、見覚えのある白い壁と黒い屋根の家があり、深紅の扉を通る司の後に続く。

「おかえりなさい。」

出迎えた老人は白い髭を蓄え、金縁の眼鏡をかけている。鋭い感じのする目も、笑みを作ると優しく見え、まさに好々爺といった雰囲気になる。

「お邪魔します。」

姿勢のいい老人は二人のブレザーを受け取ると、どこかへ消えた。

「こっちだよ。」

簡素な外観のわりに、中は迷宮のように入り組んでいた。四階建てらしい建物はいくつもの階段と廊下で途切れたり繋がったりを繰り返しているため、一階の隅まで行こうとしても、何回か上がったり下がったりを繰り返さねばならなかった。

「君はなにを知りたい。」

大きな絵が間隔を置いて書かれている廊下に出ていた。その先は行き止まりで部屋も見当たらない。

「・・・俺、死んだよな。」

突然歩みを止めたので、すぐ後ろを歩いていた八月一日はぶつかりそうになった。

青年は振り返って、背の高い男の顔に触れる。

長い睫毛が震えていて、ようやく、この男が笑っているのを知った。

「死んだね。私の手にかかって。」

顔に触れていた手が顎の先に触れ、首を通ってシャツの上を滑らかになぞり、心臓のあたりで手を止めた。

「なぜ、殺した?」

黒いシャツの背に手を回す。青年の顔から笑顔が消えてゆく。

「理由なんて、出てくると思うか。」

「いいや。・・・それより、なぜ心臓が壊れたはずなのに、俺は生きている?」

引きつったような笑い声が響いた。細身の青年は体全体が痙攣したように笑い続ける。八月一日は男がおかしくなってしまったのではないかと思った。

「生きていると思うのか?これだから君らは最高だ。最高に阿呆だ。この絵に描かれた暗い目の女、こいつは死んだあとに絵にされたらしい。そうだ、お前は死んだ後にこの世界に絵を残している。いいか?お前は今何者にも縛られてなどいない。生からも死からも自由で、あらゆる苦痛からも、望まない欲望からも自由だ。だから私に話しかけて来た。お前は私についてくると言った瞬間に、親も、友人も捨てて、この死に満ちた屋敷で生きることを選択したようなものだ。お前は間違った選択をした!」

虚ろに笑い倒れた少年を見下ろして、それから腰を折った。

「間違った選択ね。それは後悔の残る選択ということじゃないか?」

笑うのをやめていた男はそれを聞くとわずかに目をそらした。

「だから君らは嫌なんだ。まったく。・・・じゃあ食事にしようか。もうできているだろう。」

それから、別にここから出られなくなるわけではないと付け加えると、先ほど指し示した女の額縁を外し、細い廊下への入り口を開ける。

「逸れるなよ。」

さっさと歩いていってしまうのに、遅れないよう必死で追いかけた。

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