第12話 桜
夕暮れ時、友人らとしゃべりながら下校していた八月一日は、目の前に他でもない、司の姿があるのを発見した。その瞬間にやけに辺りが静かになったような気がして、次には声をかけていた。
「お前、一人で寂しくないのか。」
歩みを緩めずかすかに目だけが動くと、別に、と声が聞こえた。オレンジ色の光が桜を黒く、色褪せて見せている。
「人を信用していないんで。」
桜吹雪が黒い目にも写っていた。その花びらは彼岸花の上にも降り注ぎ、一時青年は足を止めた。
「世界は美しいかもしれないが、私はそれに価値を感じない。私と君は別の人間だ。」
呆気に取られてその後ろ姿を見送る。折れた土筆が無残に転がっているのが目に入る。
「あいつは変だ。わかってただろ?」
岩沢が、声を抑えて囁く。木々が揺れる、影が伸びる。
思い出した。自分は、あのとき、この場所で、殺された。酷く黒い男の手が、確かに、驚くべき速さで自分の胸を貫いたのだ。
全てが反転する。白かったものは黒く、このくだらない1日が貴重な1日へ変貌する。こちら側とあちら側、絶対的に混じり合わないその境界線を越えて、自分は今確実に、司の側にいる。
「俺は死んだのか。」
足元を歩く小さな蟻を見る、咲き誇る花を見る、人を見る。確かに生きている中に、骸がひとつ。虚ろな眼窩に眼球をはめ、血を通わせ、肉を纏わせ皮を被せる。最後に電気信号を送れば出来上がり。
生きているのと死んでいるのと、何が違うのだろう、と、八月一日はおもう。
機械に感情を与えればきっとそれはある種の生命。一体、何が死と生をわけるのだろう。
「うちに来るか。」
ぼんやりと、頷いた。この男が一体何をしているのか、知りたくなった。
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