第11話 不快
朝起きて、顔を洗った。朝食の用意をし、三人分の料理を並べたあとで自分の間違いに気づいたが、そのステーキがあまりに美味しくて結局ほか2人のぶんまで食べてしまった。口を拭うと血のような汚れがつき、腹がはちきれそうに重いことに気づいた。
それでも洗濯物の処理をするうちに胃の不快感は落ち着き、掃除の段になってふと足を止める。
見慣れた白い体、自らが育て上げた肉体、美しかった容姿。今は青ざめて痣が浮き、その顔は見るも無残に腫れ上がっている。そして足にはぽっかり穴が開いて、生きた感じのしない血が流れている。
女は少し顔をしかめると、その部屋の一番遠くから掃除を始める。一畳目、二畳目、三畳目。四畳目で拭き忘れた血痕に行き当たり、五畳目六畳目が問題の場所である。女は煩わしそうにそこを避けて他の場所の掃除を済ませ、手を洗った後に来客用にと菓子類を用意する。
ノックの音がした。その来訪はひどく古風な感じで、白髪の、腰が曲がった、哀れをさそう老人が立っているだろうと落胆しながら扉を開けると、黒い青年が立っていた。
「あなたが、司さん・・・随分お若いのね。」
慌てて作り笑いする女を無視して部屋へ上がる。青年は無闇に綺麗な室内を見て眉をひそめた。
「なぜ、私を呼んだ? 」
その質問の意図がわからず、惚けたような笑みを顔に貼り付けたまま首をかしげる。
「それはもちろん、息子を蘇らせて欲しくって。」
自分が途方も無いことを言っている自覚もなしに、商品を受け取るお客のような、高慢な笑みを浮かべる。
「あの子がいないとだめなの。お願い。」
「いくら出す。」
再びきょとんとして、無感情の青年を見る。付け入る隙などどこにもない、残酷な殺人鬼を目の前にしているようだった。
「私は慈善事業になど興味はないし、お前がこれからどうなろうと知ったことではない。それで、いくら出す。」
「あ、あなた!人の命に値段をつけるつもり?おかしい、おかしいわよ!」
狂ったように叫ぶ女の声が部屋に響いたが、青年はうるさそうな顔をしてため息をついた。
「人の命に値段をつける?まあその捉え方でも構わないが。」
おそらく死んだそのままの格好で 転がっているのだろう男に目をやる。水槽の音がわずかに、それから近所の掃除機の音が響いている。
「それと同じ口でペットを飼うとは聞きたくないな。それに今日食べたらしい肉にだって値段がついていただろう。」
底なしの目がこちらを見ている。恐ろしくて目をそらすと、その先に死体が転がっている。
「わ、わかった。わかったわよ。だから、あの・・・」
「月収の半額でいいとしよう。」
何度も何度も頷き、いくつかの指示に従うと、男は帰っていく。
あとには、誰もいない空っぽの部屋を残して。
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