第4話 破壊

八月一日ほずみは戻って来た司と同時に、先程の提案のようなものを思い出した。実際、それまで友人たちとの会話に夢中で、そんなことも忘れたようになっていた。

そのまま歩いて、自分の机に座り、いつもと同じように青い手帳を繰っているのを見た。特にこちらに関心があるようには見えず、なにか絶対的なもので空間が分かたれているような、その印象はこれまでと変わらない。

「クロー、 どうかした?さっきので持ってかれちゃった?」

唄貝が茶目っ気いっぱいに揶揄ってくる。あの場には確かに、彼を始めそれまで話していた人々もいたはずだった。それが一瞬で、意識から消えた。まるで一陣の風に吹かれた蝋燭の炎のように。

それからは周りの顔が、どこか素っ気なかった。夢に出てくる知らない人々のように、顔が見えないところから、だんだん知った顔を当てはめていくように、輪郭が、顔の細部が、いつもより鮮明に浮かび上がる。

(こんなものなのか?)

言葉は無意味に、脳のうちのどこも経由することなく滑り落ちて、呪いに満ちた現実のような夢は手に触れることのできない非現実になっていく。違う、現実なんてものはそもそも存在していなくて、あの、司聖秋という男が、現実のような夢という、虚構の世界を打ち破ったのだ。

もう、なに一つ信頼できるものなどなかった。今聞こえる話し声も、顔も、手に触れていた机の冷たさも、全て消え失せて、ただ鮮やかな、青い玉だけが確かなものとして頭の隅に浮かんでいた。


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