第20話 革命家

司は、なにも変わらないと思っていた。残酷な気まぐれを起こし、自らの手で八月一日を殺しながらそれを蘇生させた所で、何一つ変わらないと。

「おはよう、風邪治った?」

「え、ああ。」

これまでなかった、誰かからの声かけ、挨拶が、これほど嬉しいものだと知らなかった。

「雪の中倒れてたなんて。もう少し気をつけて。」

シオンが笑いかけてくる、八月一日が肩を組んでくる。

自覚したくなかった。本当は誰かに寄りかかりたかったこと、本当は普通の高校生として通いたかったこと。それが人間関係の中で揉まれ傷つけ合うような痛みを伴うものであっても、永遠にも思える時間をたった一人で生きていかねばならないことが、本当はなにより怖かったこと。

「・・・なあそこのお二人さん、君らも入る?大富豪。トランプ持ち込んだからさ。」

唄貝がへらへらと遠慮がちに誘っている。こんなことが、本当にあってよいのだろうか?これは全て夢であって、目が覚めたらまた一人、棺桶の中で青い手帳を繰るような1日を送るのではないか?

全ての変化は痛みと共にあるはずなのに、無から始まった変化は喜ばしいものだった。手渡されるトランプを繰りながら、10年ぶんくらいの幸せが一度に訪れたような気分になった。

「お前ってさ、結構抜けてるよな。」

笑われながら、自分が見ていた彼らとの間の境界線というのはなんだったのか、わからなくなっていた。自分は、なんら特別なところなどない普通の高校生で、成績芳しくない、妄想に取り憑かれた阿呆である。それ以上でもそれ以下でもなくて、自分は今悪い夢から目覚めようとしている。

「どうした、司?」

違う、違う。断じて違う。全て現実に起こったことで、カバンの中には商売道具が入っている。ポケットには青い手帳がある。自分は確かに高校生で、司 聖秋という名を持ち、人の輪の中に入っているが、それは仮初めのものに過ぎない、砂上の楼閣、目が冷めれば消えてしまう甘い、魅惑的な幸福。一生逃れることができない砂時計とこの罪は、いかなる時であれ、獰猛な鎖となって巻きつき離れない。

「なんでもないよ。」

軽く笑むだけで、胸から血が流れた。偽りが、鋭く残酷な痛みをもたらして、口の端に滲んだ。

「こういうのもいいな。」

岩崎が言うのに同調すると、体が過酷に軋んだ。今抱えている重さは、測ったらどれくらいになるのだろう。自分は蘇生したものが少しでも長く生きられるために、他になにができると言うだろう?

虐待を続行するために生き返らせた者がいた。世間体のために蘇らせたものがいた。後悔のために復活させたものがいた。しかし、皆平等に消えていく。苦痛を訴える人間もなかった。そんなに重くなる前に、彼らはその魂を放棄したのだ。

「平等・・・」

「あはは、運だよ運。一応平等な顔してるけど、結局勝てない手は革命が起こったって勝てないの。そういうものだから諦めな。」

立て続けに負けている司は我に帰った。ああそうだ、結局、生き返らせようがなにをしようが、その人間に定められた運命から逃げることなどできない。これは全て、本当の意味で無意味なんだ。人はいつ死のうが、残された方は後悔を残す、帰らぬ命を惜しみ泣くものだ。永遠も完璧もない世界で悔いを残さぬ人間はいない。残酷でない死は存在しない。例え奇跡の力が働こうと、不変の事実なのである。

(神はどんな顔をして、死者を迎えるのだろう。)

本当はもっと長く生きたかっただろう人々、 なぜ神は平等に、生きたいだけ生きさせてくれないのだろう。

「おーい、次お前だぞ。」

「ああ。」

2のスリーカードとジョーカーで革命を起こす。いっそ、生きる者が死んだものの下にいればいい。天も地も逆さになって、理解不能な世の中になってしまえばいい。同じわからないでも、わかったように感じなくて済むだろうから。

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