第9話 非日常
その家は記憶していたより手狭で、そんな内部をさらに窮屈にするようにガラクタが廊下を占拠していた。司は古びた人形やけん玉、壊れた自動車やよれよれの服などを見ながら二階への階段を探す。
その途中、わけのわからないところに鏡を見つけた。真っ黒の目、髪、服、それを裏切るように白い肌。そんな人物を蔑むように見たあと、そこにあった工具で叩き割った。美しい顔が軽い恐怖と悔恨に震えている。
(早くしなければならない。)
ゴミの山などかまっていられなくなり、暗い廊下の中を探し回る。大きなカカシ、破れた雑誌、腕のないフランス人形、小走りになってやや久しくして漸く古びた階段を見つけた。
そこには埃が積もり、何年も人の行き来がないことを物語っていた。
「シオン。いるのか、シオン。」
まだ登る途中で、上に向かって叫ぶ。何年だ。いや、いや、ここに人が途絶えて、一体どれだけ経っている?
「まだ、まだいるわ。嬉しい、あなたが覚えていてくれるのね。」
漸く扉を開いた時、消えかけている少女を見た。
以前会った時とほとんど変わらない愛らしい容姿、輝く長い金髪、柔らかく微笑む口元。その膝に黒猫がうずくまっている。
「私、私、この子と一緒にいたの。聖秋さん、私・・・」
桜色のワンピースを着ている少女を抱きしめた。消えかけていたものが、元の形を取り戻していく。
「まだ逝くのは早すぎる。なぜ・・・家には五人も家族がいただろう。」
「でも、私を愛したのはお兄さんだけで、それも、結局どこかへ行ってしまった。ねえ、聖秋さん。私は死ぬのよね?」
虚無に見開いた瞳が涙に霞む。彼は人間がたまらなく嫌いである。あらゆる生物を忌むように、自分自身をさえ、殺せるものなら殺してしまいたかった。
「死なせはしない。決して。君をこのまま死なせたくない。」
嬉しいと笑う少女を抱き上げ、 つい先ほど死んだ様子の黒猫の方を見る。
「この子の名前は。」
「ディーン。」
「死んだ日は?」
「昨日よ。」
空気のように軽かった体がだんだん重みを増してくる。これが魂の重み、関わる人間が背負わなければならない魂の重みだった。
「あなたはいつもこんな風に?」
「まさか。」
再び割れた鏡の前を通った時、少し嬉しそうな顔が写っていて、思わずぎょっとしてしまう。自分が何を考えているのか、全くわからなかった。
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