第16話 虚飾

「お願いします!どうか、どうか!」

涙ながらに訴える母親に、そこに同席していた人々は同情を禁じ得なかった。

彼女の娘である広子は昨夜10時過ぎ、自宅の屋上から飛び降りて自殺したのだという。

「私の娘は本当にいい子だった・・・ああ、ひどい、いじめがあったのよ。きっとそうなんだわ、あの子、きっと迷惑かけたくないからって、黙っていたのよ・・・」

もらい泣きに部屋が湿気を帯び始めた中で、司は遺体の方を見る。白い布を被せられ、その体裁を整えられている、尋常な死体だった。

「まあ、いいですけど。・・・蘇生できるのは一度きりですから。」

「構わないわ!」

契約金の段でやはり一悶着あった後、相手が丸め込まれた形で一千万相当の取引となった。

「では、そういうことで。」

さっさと出ていくのを、性懲りも無く付きまとっている八月一日が驚いて追いかけ、階段を駆け下りて車に乗り込んだ。

「置いてくなよ。」

「ああいう場所は御免なんだ。」

B.Eに合図して車を出させると、眠そうにあくびをした。

「それにしてもさ、奇跡に金取るってどうなの?」

「奇跡だろうが人間が自分の時間を使って起こしているのに変わりはない。それに対価を求めるのは当然だ。こっちには生活もあるんでね。」

八月一日を家まで送り届けたあと、静寂が車をおおった。夜の道に明かりが灯っていたが、 車の中は漆黒の闇であった。

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