第3話 既視感
ただ廊下を歩くだけで、自分がこの場に限りなく相応しくないことがわかった。若く純粋な、そして愚かで悩みやすい魂の隣に、手に負えないほど腐りきった、目玉の飛び出た死体を並べたように、彼らの視線が、本能が、司を拒絶しているようだった。
彼は突き当たりの階段を降りていく。白い光が踊り場に溜まり、外には細やかな紅葉が揺れ、空には雲雀が飛んでいた。
しばし足を止めてその景色を眺めたあと、再び降りだす。一段、二段、三段、休み時間にもかかわらず、すれ違う人もいない。遠くに笑い声が聞こえる。
一番下まで行ったあと、 誰もいない廊下を数歩、歩いて校長室の扉を叩く。重厚な艶のある木製のドアはなかなか開かなかった。
*
青年が通されたとき、知れずため息が 漏れた。校長はこの人物が訪れるとき、必要なことを話さなければならない時であっても目を合わせたくなく、同じ空間にいるだけで落ち着かなかった。
「担任に呼び出された。」
「ああ・・・えっとね。」
狸のような顔にかかるメガネを直しながら、担任から預かった先月のテストの結果を机に出した。
「君はね、なんというか、その、思考が、非常に、独特なようだ。」
ほぼ全教科で単位認定の点数を割り、それでいて授業についていけてないでもないらしい。校長はなるたけ青年を見ないようにしながら、補修をすすめようと試みる。
額からいつの間にか汗が流れて、机を汚していた。極度の緊張が襲って来て、尋常ならざる耳鳴りが鼓膜を破りそうだ。
「出る気はない。」
その答えは最初から知っていた気がした。実際にずっと前にも同じ会話をしていたかのように、至極当然な結果として目の前に転がっていた。
そして次に起こることも予め知っていて、しかし誰にも止められない、あの、恐ろしい間の一刹那に、頭を殴られたような目眩を覚える。
「君は全く言うことを聞かないね。」
この言葉に帰ってくる言葉も知っている。それが帰って来たらおしまいだ。足がすくむ、手が震える。歯を食いしばって、今のは違う、違うと言いたい言葉を抑えてしまう。
「それはあなた方の言うことが正しくないからだ。」
次の瞬間、青年の首を締めていた。恐るべき俊敏さを持って、悪の源泉たる青年の首を、両手で締めていた。
なんの抵抗もなく、それを当然だというように、その潤み始めた瞳は滑稽な道化の顔さえとらえずに、ひたすら「当然訪れるべき結末」を待っていた。
*
一通りの謝罪を受けた後青年は校長室を出て、来る時と逆のことをする。一段ずつ登る、黒い影を見る、外に
登りきった後、再び周りの人々を見たとき、歯をむき出しにした、哀れな、醜い、嘘と偽りの魂を目にした。
(脆い。なんとも脆い。彼らは学校とか、人とか、テストとか、そんなものがなかったらどうやって生きていくつもりだろう。)
先ほど間近に見た、憎しみと怒り、焦燥と恐怖の入り混じった顔を思い出して違和感の残る首に手をやった。人間なんて、所詮人を生かすためになど生きられはしない。みな、殺しながら生きているのだと、 笑いながら罵倒する声を遠くに聞いていた。
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