第15話 そして妹が増えてゆく①
――翌朝。
「…なるほど、事情は分かったわ」
長瀬家の食卓で緊急家族会議が開かれていた。真っ白の朝日がしんとしたリビングを照らしている。
「胸騒ぎがして急いで帰ってきたんだけど…まさか、そんなことになってるなんてね…」
「ええ…、疲れました…」
コーヒーを飲みながら、ぐったりと項垂れる悠人。昨日起こった出来事の全てを秋穂に伝え終え、流石に疲れてしまっていた。まだ混乱から立ち直れていない。
自分でも思う。非現実的で有り得ない話。しかし、自分の身で体験してしまったら信じる他はない。妹の身体から妹が出てきたのだ。
「明日香のことは心配ないわ。二、三日は検査で入院してもらうけど…見た感じも元気そうだったし、きっと問題ないと思うわ」
「ええ…、そうですね。やたらと元気だったし…」
現在、明日香は秋穂さんが手配した病院で精密検査を受けている。
病院へ行かせるのに「お兄ちゃんと離れるなんてイヤです!そっちの方が異常事態です!」などと散々ぐずったのは通常運転だった。
「それにしても、悠人くんも大変だったわね…まさか妹が異世界からやってくるなんて…」
「ええ、まぁ…って自分で言うのもなんですけど、こんな話よく信用してくれましたよね」
「愛息子の言葉を信用しないでどうするの。私は悠人くんの事なら何でも信用するわ」
「あ、ありがとうございます」
優しい笑みで焼きたてのトーストを渡してくれる秋穂さん。妹の明日香といい、秋穂さんといい、二人の信頼度はやたらと高い。オオカミ少年にもなれそうにないほど甘々だった。
「それで、その女の子…アスナさんは悠人くんの前から突然現れて、そして消えたのね?」
「そうなんです。『ぬわーーっっ!!』って叫びながら光の中に消えてしまって…」
「そう…、元の世界に帰ったのかしら」
「そうかもしれません」
「でも本当に良かったわ。私の悠人くんが無事で…」
「秋穂さん…」
慈しむように微笑む秋穂さんにテーブル越しに髪を撫でられる。いつだって秋穂さんは優しく、そして頼りになる叔母なのだ。
「悠人くんの童貞が無事でホントによかったわ…」
「やっぱりそこですか」
でもちょっと愛情が過剰というか異常というか。こうして時々発言が怪しくなる。冗談よ、とニッコリ笑顔で誤魔化してるけど本気だと思う。
「それにね、私も気になっていたことがあるのよ…」
「なんですか?」
「明日香を幼女化させた
「飲んだんですか…」
「私も幼女になって悠人くんに『あんなことやこんなこと、ええっ!?そんなことまで!?』をして貰おうと思って…」
「何を考えてるんですか何を!」
「けれども、私には効果が出なかった。不思議に思って成分を調べてみたら…私の記憶にない、未知の成分が混入されていたの」
「未知の成分…?」
「ええ、有毒な物質ではないようなんだけど、いずれも地球上では未発見の物質で――うっ」
ばたん!
「ちょ、え、秋穂さん!?」
話してる最中に倒れてしまった。テーブルに顔面から突っ伏してしまっている。
「秋穂さん!どうしたんですか!秋穂さん!」
「…………………zzzZZZ」
「えっ!?寝るんですか!?このタイミングで!?」
「むにゃむにゃ…もう食べられないわ…」
「そんなベタな寝言まで!?」
「――心配はいりません、ご主人さま」
その声はどこまでも涼やかで、聞く者の心を震わせるような、そんな美しい調べだった。
「その者はわたくしの魔法にて眠っているだけにございます。どうか、ご主人さまも心安らかに…」
「え……き、キミは……?」
振り向くと、淡い光の中に一人の少女が立っていた。
「わたくし、名をセリアと申します。ご主人さまの忠実なるエルフの下僕
ペコリ、と小さな頭を下げる少女。艷やかな銀色の髪が肩から滑り落ち、長い耳が覗いている。
「せ、セリア……ちゃん?」
「はい、
柔らかな銀髪を耳にかけ直し、ニコリと嬉しそうに微笑むセリア。今まで出会ったことのない神秘的な空気にひと目で
「ご、ご主人さまって……俺?」
「はい。わたくしは異世界におけるご主人さまの下僕妹でございます。転移魔法にて馳せ参じました」
「て、転移魔法…?」
「はい、左様でございます。目的の場所に瞬時に移動できる魔法で――っと、こちらでは魔法はあまり一般的ではないのでしょうか」
「え、ああ…そ、そうですね」
「なるほど、承知いたしました。では、なるべく使わないようにいたします」
言いながら瞳を閉じて頷く銀色少女。白く長い耳がひくひくと揺れていた。
「わたくし、ナガセアスカのゲートを使って此方の世界に渡ってまいりました。以後お見知り置きを」
「は、はぁ…これはどうも丁寧に」
もう一度、深々と頭を下げる銀色幼女。
宝石のように輝く紅い瞳、光を和らげる長い睫毛、人形のように華奢な手脚。背丈は低いが全体的にスラリとしていて、幼い少女とは思えないほど知的な雰囲気が漂っている。
「まず先にご主人さま、先日はわたくしの不手際でアスナを派遣してしまい、大変申し訳ございませんでした」
「え…? 不手際?」
「はい。一番初めにご主人さまと接触を図るのはわたくしと決まっておりました。ご主人さまを混乱させない為の配慮だったのですが…――申し訳ございません」
長い睫毛を震わせて申し訳無さそうに肩を落とすセリア。幼い少女に謝られて罪悪感が半端ない。
「此方から接触を受けて、ご主人さまは大変混乱されていたと聞いております。本当に申し訳ないです」
「ま、まあ、それは――、でも気にしないでよ」
そりゃ妹の身体を通して異世界妹が(しかも裸で)飛び出してくれば驚くのは当たり前だ。今だって急に現れて頭を下げ続ける銀髪少女に心臓がバックバックしてる。アスナといいセリアといい、異世界の妹たちはどうしてこうも美形なのか。
「あの者は戦闘には長けるのですが、頭の方は…その、お恥ずかしながら今ひとつでして……大変申し訳ございません。」
再度、深々と頭を下げるセリア。口調も言葉遣いもしっかりしていて、きっと立場のある人物なのだろう。穏やかな話しぶりがとても好感が持てた。
しかし、見た目はどう見ても年齢二桁はいかない女の子だ。小さな女の子に腰が折れるほどに頭を下げられ続けて胸が痛い。
「今後はこのような不手際が起こらぬよう、十分に注意いたしますのでご容赦下さいませ」
「いやいや、気にしないでよ」
「とんでもございません、ご主人さま。あの騎士は前から釘を刺しておいたのですが、勝手に暴走してしまって…」
しゅん、と申し訳無さそうに肩を落とすセリア。
「全てわたくしの責任です。本当に申し訳ございません、ご主人さま…」
「いいっていいって、もう済んだことだし」
「ご主人さまは心が広いのですね……お優しいです」
「いやいや、それにしてもセリアちゃんがまともな子で良かったよ。アスナは…その、強烈だったからさ」
ははは、とアスナとの出会いを思い出して笑う。
いきなり全裸で飛び出てきたアスナと違い、セリアは僧侶のようなシルクの装束を身にまとっている。それがまた神秘さや神聖さをブーストしていて、幼さを忘れさせるのだが、知的な雰囲気のセリアは年齢以上にしっかりしていた。
「異世界の妹ってさ、正直まともな子じゃないと思ってたから…セリアちゃんがいい子でホント良かったよ、ははは」
「ふふふ…、そんなに褒めないで下さいご主人さま。濡れます」
うん、なんか聞こえたけど、気のせいだよね。うん
「ご主人さま、一つお尋ねしたいことがあるのですが良いでしょうか」
「ん?なに……というかご主人さまって呼ぶのはちょっと…」
「なにか問題ありますでしょうか?」
「いや、俺がセリアちゃんのご主人さまっていうのは…その、ねえ?」
「わたくしは昔からこうお呼びしていたのですが………だめ、でしょうか」
「う…」
か弱く震える声に期待を込めた瞳、手を合わせて上目遣い。
銀髪幼女に甘える仕草でお願いされて折れない男が居るだろうか。少なくとも俺には無理だった。
「わ、わかった。セリアちゃんがそう呼びたいなら…」
「ありがとうございます、ご主人さま――それとわたくしのことは呼び捨てになさって下さい。その方がしっくりきます」
「わかったよ、セリア」
「…ありがとうございます」
青空の中を花がふわりと舞うような、そんな華やかな微笑みを浮かべるセリア。これはこれは随分まともでいい子だな――と思っていたら
「それで、ご主人さま。あの者――アスナにヘンなことはされませんでしたか?」
「へ、ヘンなことって?」
「……生殖行為か、それに準ずるような行為です」
「セッ……!そ、そんなことしないよ!?」
「…作用でございますか。ハグとキスまでされたのですね」
「俺なんにも言ってないよ!?」
「兄の考えが分からない者は妹ではないように、ご主人さまのお考えが読めないようでは下僕妹ではありません。」
「明日香みたいな事を言う!」
あと下僕妹ってなに!?
「本来ならわたくしが一番初めにお会いする予定だったのに、それを…それをあのアマ――!」
言いかけてじっと目を閉じるセリア。まともな妹だと思った途端、雲行きが怪しくなってきた。
「ご主人さま、実はあのくっころエロ騎士は妹の中で一番性欲が強いのです」
「戦闘じゃなくて性欲が…」
「あのドスケベ性騎士が出発直前にわたくしへ攻撃を仕掛けてきまして、そして抜け駆けを…わたくしがご主人さまと一番はじめにお会いする予定だったのに―!」
湧き上がる怒りに握り込んだ拳を震わせる銀髪妹。
『くっころエロ騎士』『ドスケベ性騎士』――これってアスナのことだよな…?大人しそうに見えて、セリアはとんでもなく蔑称のバリエーションが豊富だった。
「あの淫乱メス騎士はわたくしを気絶させたばかりか『サウザンドアニー号』を勝手に起動させ、作業員が必死で止めたにも関わらず『うるせぇ!イこう!』などと戯言を…っ!ぜったいに許しません!」
「ぜったい!ぜったい!許しません!」と小さな身に怒りと闘志を滾らせているセリア。手に備えた槍が淡く光ってるけど魔法なんて撃ったりしないよね?!
「強制的に回収してからは牢屋に閉じ込めて延々と大豆、そら豆、ピスタチオを食べさせてますが…ぜったい許せません!」
「口の中の水分全部もってかれるやつ!」
なんて惨い罰なんだ!
「あのドスケベ淫乱メス奴隷など胸にムダ肉がついてますから、常人よりイソフラボンが必要でしょうし……むしろご褒美かもしれません」
「ま、まぁ落ち着いて…、出し抜かれて怒ってるんだよな?」
「いえ、怒っておりませんご主人さま。あんなドスケベ汁マン女に不覚を取ってしまい、自身の未熟さを戒めているところです」
かなり怒っているらしい。真っ白い顔はクールな無表情だが、その裏に強烈なプレッシャーを感じる。どうやら怒らせるとマズいタイプのようだ。
「申し訳ございませんご主人さま、つい話がそれてしまいました」
「いや、気にしなくていいよ…落ち着いた?」
「…いえ、実はまだ…そこでご主人さまにお願いがあるのですが」
「ん? なにかな?」
「ご主人さまの靴下を頂いてもいいでしょうか?魔力を溜めるのに必要でして」
「やらねえよ!?」
脈絡なさすぎてついツッコんでしまった。そして今はっきり分かった!異世界妹にまともな人物ナシ!
「そこをなんとかお願い致します。どうしても必要なのです、こちらにいるナガセアスカを正常で清浄な妹にするためには」
「正常で清浄な妹……つまり、ブラコンでない明日香にするためには必要だと?」
「はい、その通りでございます。わたくしたちがご主人さま…兄様への愛情を増幅させ、そしてそれをナガセアスカの心に還元して満たす――その作戦に必要なのです」
「マジか……」
「はい、マジでございます」
コクリと頷いているセリア。この幼女、どうやら本気らしい。
アスナが話していたことだが、これ以上ブラコン化が進むと明日香は悲惨な未来を迎えるわけで…いや、しかし異世界からやってきたロリ妹に靴下をねだられるとかどういうアレなんだ、これは
「ご主人さま、どうか……どうか、お願い致します。」
「わ、分かったよ…そんなに地に頭つきそうなくらい下げなくても――洗濯したヤツでいいよね?」
「できれば脱ぎたてで……馬車を直すのにも使いますので」
「どうやって使うつもりなんだよ…………ほら」
「ああっ、ありがとうございます!!」
感激に小さな身を震わせるセリア。とりあえず言われた通りに脱ぎたてを渡してしまった。小さい女の子に涙目で頼まれては断れるはずがなかった。
「ふんふん、ふんふん……ふぉおおおおおお!た、滾る…!」
「嗅ぐなよ!? 叫ぶなよ!?」
「いやこの匂いはもう単純にやべぇよ高濃度すぎるよご主人さまニウム高すぎて固形化したいよ顔の上に置いていつまでも嗅ぎたいよヤバい理性失うドゥフフフフ!」
「どうなってるんだこの妹…!?」
脱ぎたての靴下を顔に貼り付けて大興奮の銀髪幼女――やはり異世界にまともな妹ナシ!結論!
「んはぁ……ああ、わたくしこれなら使えます!最高レベルの大魔法――世界認識改変の魔法が!」
「に、認識改変…?!」
「あああ…っ!だめです…!滾る…!高ぶる…ッ!『異世界から妹たちがホームステイにやってくる』そんな現実を受け入れられるよう、この世界の常識を改変します!」
「え、あ、ちょ…!」
セリアが槍を高々と天に掲げる。槍の先から光が迸り、部屋全体が閃光に包まれ、そして――
「ご主人さまの朝は妹のベロチューで目を覚まし、妹の入った風呂の残り湯で顔を洗い、妹の脱ぎたておぱんちゅで顔を拭いて一日が始まる――そんな毎日を世界の常識に!」
「どうか俺だけは正気を保ってください!!!」
――世界は光に呑み込まれた。
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