第2話 ブラコン妹の『これまで』と『これから』




『暖かな春の訪れとともに、私たちは本校の入学式を迎えることとなりました。本日はこのような立派な入学式を行っていただき誠に感謝しています――』




整然と並ぶ在校生の前で、明日香が新入生を代表して挨拶を述べている。しんとした体育館によく通る凛々しい声が響き渡る。




(ウチの妹はああしてると本当に美人だよな……アイドルみたいだ)




学校という箱庭の中では全員が同じ制服を着て、校則などによって着飾り方も限定的だ。その為、明日香自身の素材の良さが余計に際立って見える。壇上へ登る時など軽いどよめきに包まれていた程だ。




『今日という日を迎えるまで、たくさんの苦労がありましたが、振り返ればそのどれもが大切な思い出です。』




――そう。思い返せば、ここまで苦労の連続だった。




明日香が四つの頃、両親は交通事故でこの世を去り――その日から兄妹たった二人で暮らしてきた。



親戚をたらい回しにされた日もあった。カゼで寝込んだ日も、親に会いたいと明日香が泣き止まない日だって。一言では語り尽くせないほどに色々な苦労があったのだ。



それらを今日まで乗り越えられたのは母代わりとなってくれた一人の優しい叔母の存在と、健康無事に育ってくれた明日香自身のおかげだろう。兄である自分はどれだけ助けになれていただろう――




『またこれまでご指導頂きました多くの皆さまへ、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。今、この場に立っていられるのは多くの方のあたたかなご支援のおかげです。本当に、ありがとう』




壇上から発せられる明日香の言葉は、悠人には何となく自分に向けられているような気がしていた。過去を思い返していたことも相まってじーんときてしまう。




「良かったじゃねぇか、アニキ」

「……うるせぇっての」




整列してる中、わざわざ振り向いて声をかけてくるのはクラスメイトの武田剴たけだがい。ナイスガイでマッスルガイを自称する筋肉質の男だ。何の因果か今までずっと同じクラスという腐れ縁で、明日香のこともよく知っている。




「でもよぉ、明日香ちゃんってホントにキレイになったよなぁ…ありゃあモテんだろうなぁ…」

「お前にだけは死んでも妹はやらんからな」

「明日香ちゃんはカワイイけど、お前一筋だからパスだ。俺様は年上のお姉さんがタイプだからな」

「知らねえよ」

「あーあ、いきなり美女五つ子の家庭教師役とか決まらねぇかなぁ…」

「なんだよイキナリ…お前成績悪いだろ、家庭教師とかムリだっての」

「頭はとにかく、筋肉なら自信あるぜ?ベンチプレス140を軽々上げる俺様のパワーを見るか?」

「興味ねえよ」




むさ苦しいポーズをとり始めるマッスルガイの戯言に付き合えば、今度は後ろから




「二人とも、ちょっとは静かにしろ。いも…新入生の挨拶が聞こえないだろ」




西野冬夜にしのとうやが声を抑えて怒ってくる。イケメンが怪訝に眉を寄せる様子は実に絵になっていた。




「先輩としてしっかりと礼を尽くして聞くべき言葉だろう。無駄話するんじゃない」

「悪かったよ……っていうかさっき『妹』って言いかけなかった?」

「…いつ僕がそんなことを言った。いいから悠人も剴も静かにしろ、先輩として見苦しいぞ」

「へいへい」




どこぞの王子様のようなイケメンとは入学時からの付き合いだ。始めは『妹への苦労話』で意気投合したが、後に重大な認識のズレがあることに気づいた。




「ああ…、素晴らしい。これがリアル妹ヴォイス……囁いているよ、シスター・ヴォイス…」




「僕こそが寂しいサーカスの子どもなのさ…」と意味不明なことを呟きながら、イケメンが感傷に浸っている。そんな様子を見て周りの女子が色めいている。




「まるで春風のように柔らかく、花の蕾のような可憐なる声…リアル妹はイイ…」




冬夜に、妹は居ない。一人っ子だ。その上でシスコンなのだ。


冬夜の脳内には『ゆっきゅん』という妹がおり、あたかも実在するかのように皆に語っていたのだ。本当に一緒に暮らしているかのような語り口に、すっかり騙されてしまった。はっきり言ってファンタスティックなサイコパス野郎だと思う。




「ただ明日香ちゃんの声が聞きたいだけじゃねぇか…変態シスコン野郎が」




ガイが呆れ混じりの悪態をつく。冬夜は内面の問題はともかく、イケメン故に女子の人気はとても高い。非モテのマッスルガイはイケメンやモテ系男子には厳しかった。




「フ、いつから僕がシスコンだと錯覚していた――?」

「なん…だ、と…」

「僕は決して妹たちに邪な思いは抱かない。ましてや友人である悠人の妹なら僕の家族に等しい存在なんだぞ」

「いや、全然違うよ? 何言ってんの?」

「あのなァ、明日香ちゃんはとんでもない美人でブラコンだけどな、いつかは目が覚めてマッスル教に入るんだよ!お前みたいな変態野郎にはやらねぇからな!」

「お前もドサクサに紛れて何言ってくれちゃってんの?ねえ?」

「やれやれ…二年になってもお前たちのようなヘンタイと同じクラスとはな」

「「それは俺のセリフだろ!(だっての!)」」




『新しい制服に袖を通し、今日からは今までとは全く違う日々が始まります。今は不安もありますが、どんな毎日が待っているのだろうと期待もあります。』




小声で激論を交わす悠人たちを眼下に、明日香はすらすらと挨拶を述べてゆく。その堂々した態度に同じ新入生たちからは尊敬を集め、在校生の先輩たち――多くの男子たちから好意と関心の視線を集めていた。




『頼りになる先輩諸氏や先生方の力をお借りて、これからも自分自身の夢の為に邁進していきたいと思います。』




しかし、そんな視線も好意も明日香には無意味だった。




『先生方、それから来賓の方々、これからも厳しいご指導のほどよろしくお願いします――新入生代表、長瀬明日香』





明日香の瞳には兄、長瀬悠人しか映っていないのだから。





2





「お兄ちゃん!!こっち!こっちですーっ!」




桜が舞う校門前で、噂の美少女が立っていた。




「お兄ちゃーんっ!こっちですよー!おにぃちゃーんっ!」




大きな声でぶんぶん手を振る妹に兄は流石に苦笑い。


入学式・始業式の閉幕後。当然のように美人すぎる新入生の事は話題になり、兄である悠人はクラスメイトに散々質問攻めにされていた。



特に男からの「妹さんをゼヒ紹介してくれ!」的な嘆願が多かったわけだが、悠人はこれを拒否。兄として妹の恋愛に口を出すつもりはないし、手を貸すつもりもさらさらなかった。



そんな中でなぜかガイが自慢げだった事と冬夜が「今さら妹の良さに気づくとは…フッ」と嘲笑していたのが気になったが悠人は丁重に無視を決めた。友人とはいえ変態とは分かり合えないのだ。




「お兄ちゃん!もう!やっと逢えました!どれだけ待たせるつもりだったんですか!」

「やっとって、そんな大げさな…」




明日香はまるでお預けをくらった犬のようにぷぅっと頬を膨らませる。悠人は人差し指で突いてそれを萎ませる。




「ねえねえ、どうでした? 私の挨拶はちゃんと出来てましたか?」

「おう、ちゃんと出来てたぞ。 大したやつだよお前は」

「えへへへ、ありがとうございます!」

「人前でも上がらずにできて、お前ってホント凄いよなぁ」

「えへへへへ~」




赤く色付く頬っぺたを両手で押さえ、イヤンイヤンと身を揺する我が妹。まるで透明な犬のしっぽがブンブン振られているようだ。




「先生たちの覚えも良かったし、こっちでも相変わらずの優等生だな」

「ふっふっふ!そうでしょう、そうでしょうとも。私はお兄ちゃんの良き妻であると同時によく出来た妹でもありますから!あの程度のことはお茶の子さいさいです!」

「…なんか不適切な発言があったようだけど。まぁ、今日のところはスルーしといてやる。よくやったな、明日香」

「にへへへへへ、お兄ちゃんったら照れちゃって…もっと撫でていいですよ?」

「いや、褒めただけで撫でてないだろ。なに既成事実作ろうとしてんの?」

「えへ、バレちゃいました」




美人すぎる新入生代表が満開の桜に負けない笑みを浮かべている。

頬をわずかに染め、瞳を輝かせる明日香は本当に楽しそうだ。通りすがる男どもが揃ってそわそわした視線を投げているが、妹のやつは全く気づいていないようだった。




「そういえば、お兄ちゃんのクラスはどうでしたか?また剴さんと同じクラスですか?」

「ああ、そうなんだよ。アイツとはこれで何年連続なのか…まさに腐れ縁だよな」

「それは良かったです!うふふ!」

「は? なんでだよ?」

「だって、剴さんはお兄ちゃんに近づく女の子情報を教えてくれますから!私はとっても助かっちゃうのです」

「なんでお前が助かるかは分からんけど、ガイのやつは明日シメるわ」




春風の中を悠人と明日香は家へと向かって歩きだす。今日は早く帰ってささやかながら新たな門出を祝う予定だ。兄妹二人で美味しいものを食べて、これからの英気を養うつもりなのだ。




「さて、今日は何を作りましょうか…腕によりをかけて美味しいものを作りますから、お兄ちゃんは楽しみにしてて下さいね!」

「ありがとな。本当は俺が作ってあげたいんだけど、料理はどう考えても明日香のほうが上手だしな」

「うふふ、気にしないでください。いっぱい食べるお兄ちゃんが私は大好きですから!大好きですから!」

「なんで二回言ったの?」

「ふっふっふー、実はこれは『刷り込み』や『インプリンティング』と言ってですね、心理学的な――」

「あっ、不穏な予感がするので解説は結構です」




得意げな妹の解説を悠人は遠慮なく叩き潰す。ブラコン妹は優等生ゆえに様々な学問に通じており、ムダに知識が豊富なのである。そして、それは悠人にとって危険なものばかりなのだ。




「もう!私の話を聞いてくれないなんて、お兄ちゃんはヒドイです!」

「はいはい、拗ねるなっての。あ、やっぱり今日は俺が作ってやろうか?炊飯器で」

「お兄ちゃんの炊飯器料理はとっても美味しいんですけど……ご飯が炊けなくなりますから、今日のところは私に任せて下さい」

「そか、いつもお前には助けられてるなぁ」

「ふふっ、何言ってるんですかお兄ちゃん。こういうのは"持ちつ持たれつ"なんですよ?」




ちっちと指を振りながら妹が微笑う。長瀬家では明日香が主に家事を担当しており、料理、洗濯、掃除など家事全般をこなしている。


悠人の仕事といえばたまの買い出しと、他は自分の部屋の掃除くらいなものである。悪いと思いつつも勉学も家事もそつなくこなす万能妹に甘えてしまっていた。




「…それに、私はお兄ちゃんに返せていない恩がいっぱいありますから」




ちょっと真面目な声で、明日香は遠くを見ていた。柔らかい風が頬を凪いでゆく。




「小さい頃からずっと迷惑ばかりかけて、いつもお兄ちゃんは自分のことを二の次に………本当にごめんなさい」

「兄妹だろ、恩も何もないだろ。それこそ"持ちつ持たれつ"ってやつじゃないか」

「私はお兄ちゃんの苦労をどれだけ背負ってあげられたか…」

「俺はお前の兄ちゃんなんだぞ? 妹がそんな細かいこと気にするんじゃないっての」

「もう、いつもお兄ちゃんはそうやって――」




そう言って明日香は薄っすら微笑んだ。



それは満開の桜並木にはふさわしくない、花びらの向こうへ消えるような儚い微笑み。まるでこれまでの全てに思いを馳せているような、そんな切ない微笑み。




「改めまして、これからも宜しくお願いします。お兄ちゃん」




明日香の、儚くも気丈な笑顔が悠人の胸を締め付ける。


無力だった過去の自分を責めているのか、責任感の強い妹はたまにこんな顔をする。そんな時、兄である悠人はどんな言葉をかけて良いのか分からない。




「…ああ、こちらこそ宜しくな」




それでも悠人は胸を張り、きっぱりと答える。妹が元気に育ってくれた。それだけで悠人には十分だった。



――今はもう昔、いつも泣いていた小さな明日香。その姿を、悠人は少し目を瞑っただけで思い出せる。



しかし、今や目の前にいる明日香は見た目も立ち居振る舞いも、どこに出しても恥ずかしくない立派なお嬢さまだ。兄としてこれほど嬉しいことが他にあるだろうか。




「それに、この後のも……よっ、よろしくお願いしますお兄ちゃん。きゃっ♡」




――まあ、倫理ぶっちぎりのブラコン妹になってしまったのは手違いというか、性癖とダンスっちまったというか、一体どうしてこんなことに…って感じだが。




「まあ、湿っぽいのも夜の話もナシにしてだな。今日のことなんだけど…」

「ええ、分かってます! 今夜の料理は精のつくものをいっぱい作ります!」

「いやいや、料理の話じゃなくて」




明日香のハリキリぶりに苦笑いしつつ、悠人はかねてから思案していた作戦を決行する。




「俺はこれから寄る所があるから、悪いんだけど明日香は先に帰ってくれないか?」

「えっ……」

「と言ってもすぐ終わる予定だし、夕飯には十分間に合うと思うけど……明日香?」

「…………。」

「おーい、明日香?」

「…………。」

「 おーい、おーいってば、話聞いてる?」

「………えっ、あ、はい。なんでしょうお兄ちゃん」

「大丈夫か? なんか笑顔のまま固まってたけど」

「ええ、もちろん大丈夫です」

「そうか、それで今日なんだけど――」

「ねえねえ、どうでした?私の挨拶はちゃんと出来てましたか?」

「まったく大丈夫じゃないな」




妹はあまりのショックに時間が飛んでいるようだ。




「俺はちょっと寄ってくるところがあるから、明日香には先に帰ってほしいって言ったんだけど」

「えっ……えっ? へっ?」




そうして暫くの間、目をぱちぱち&口をぱくぱくさせて挙動不審だった明日香だが、深呼吸を一つすると『あ、分かっちゃいましたー』という顔をして




「つまりアレですよね? エイプリルフールってことですよね?」

「いやいや、もうその日は過ぎたし、ウソでも冗談でもないんだけど」

「でもでも、それだとお兄ちゃんと私が初の下校でいきなり離れ離れに…」

「まあ、大げさに言えばそうなるわな。でも単に別々に帰るだけだし、いいだろ?」

「あはは、なるほどー。そうですかそうですか。かるーい感じですね」

「ああ、だからお前はまっすぐ家に」

「認めず――――――――――――っ!!」




食い気味に叫ぶ妹。いきなり大声出されて耳キーンってなった。




「ヒロインとの下校イベントをすっぽかすなんて!お兄ちゃんは一体どこからロードし直す気ですかッ!!!」

「なんの話だよ」

「何度セーブ&ロードしてもいつも私エンドってことを!お兄ちゃんはそろそろ気づくべきですッッ!!」

「それってただのクソゲーだろ、ちゃんとデバックはしたのか」

「行くというなら私も連れて行ってください!!」

「断る。」

「お兄ちゃん!?」

「俺だってたまには一人で買い物したい時もあるんだよ、だから断る。断固拒否」

「イヤです!お兄ちゃんが断るのを断ります!!!合意なき離脱を認めず!!!」

「なんだその無駄にカッコイイ言葉は……でもな、どんな手を使ってでも俺は一人で行くからな?」

「お、お兄ちゃんが……私のお兄ちゃんが……」




明日香はたちまち涙目になって大きな瞳をうるうるさせながら、




「お兄ちゃんが不良になっちゃいました!うわーん!」

「誰が不良だっての!泣き真似はやめなさい!」




両手で顔を覆って泣き叫ぶ明日香。女子校生が往来でギャン泣きする奇妙な現場を、通りすがりのOLや学生にガン見される。




「とにかく、俺はもう行くからな?ここで明日香とはお別れだ」

「私は貴方といつも一緒に居たいのに!ずっとずっと傍にいるって言ってくれたのにっ!」

「昔のセリフをひっぱりだして誤解を招くことを言うなっての!」

「貴方のことが好きなのに!ずっとずっと愛してるのに!結婚するって言ってくれたのにっ!」

「んなこと言ってないっての!あとお前、わざと『お兄ちゃん』って呼んでないだろ?!」

「私の初めてをあんなにたくさん奪っておいて――ヒドい!あんまりです!」




大きな瞳いっぱいに涙をたたえ、袖をつかむ明日香は本当に可哀想だ。修羅場は当然ながら周囲の目を引きつけて、「あの女の子かわいそう…」的な同情ムードが早くも漂っている。しかし本当に可哀想なのは兄である自分だ。




「まあまあ、落ち着きなさい明日香」




そして、兄である故に考えもある。




「とにかく落ち着いて、話を聞けっての」

「落ち着いてなんかいられません!どうしてもというなら、お兄ちゃんを殺して私も死にます!」

「ヤンデレルートは勘弁な、ともかく話を聞きなさいっての」

「イヤです!絶対に聞いてあげません!どうしても聞かせたいなら、お兄ちゃんのパンツを一枚下さい!」

「どういう論法なんだそれは…ともかくだな、明日香」




コホン、と喉を整えて、ぐずる妹をまっすぐ見つめる。




「明日香、お前は今日まで立派に育ってくれた。それは本当に俺の誇りだよ」

「む…」

「それにだ、いつも頼りない兄ちゃんを助けてくれるいい妹だ。俺はそういうお前が大好きだよ、、、、、

「はうあ!」




びっくり眼で顔を赤らめる明日香。ここからが本番だ。




「これまで何とかやってこれたのは明日香のおかげだよ、お前は小学に上がる頃から家事も炊事も本当によく頑張ってくれたよな」

「そ、それほどでも……えへへへ」

「今でも覚えてるよ、小さな踏み台に乗ってフライパン握っていたお前を」

「それは――、ええ、懐かしいですね」




明日香もまた、古いアルバムをめくるみたいな目で桜を見つめていた。淡い色の花びらが風の中をひらひらと舞っている。




「明日香は俺の自慢の妹だ。だからこそ、少しばかり離れたところで、明日香ならしっかりやっていけると信じてる。」

「うぐっ…」

「ごめんな、明日香。こんな頼りない兄ちゃんをまた助けてほしいんだよ。」

「ううううぅぅ~~~~~!」




ズルい!とジト目で睨んでくる妹だが、やがて諦めたように溜息をついて




「はぁ…、分かりました。今回は涙を飲んでガマンします。お兄ちゃんに私がちゃんとしてるところを見せます!」

「ありがとう、明日香」




こうして妹を宥めることに成功。今日の作戦で最大の難関を突破することができた。




(こうでも言わないと、コイツはついて来ようとするからな…できればバレたくないし、ビックリさせたいし)




今日はこれから明日香に内緒でプレゼントを買いに行く予定なのだ。駅前のデバートまで行けばきっと良いものがあるだろう。



もしも明日香に知られてしまったら、長瀬家の寂しい懐事情を把握している故に遠慮してしまうだろう。それは兄としてちょっとばかり残念なことなのだ。




「でもでもっ早く帰ってきて下さいね!でないと、空の鍋をカラカラしちゃうかもしれませんから!」

「お前のヤンデレルートってどうもしつこいよな、そういうタイプなのか」

「認めると言ったらウソになります!」

「じゃあ違うんじゃねえか、なんで泳がしたんだよ」

「フフ…お兄ちゃんを弄ぶだなんて、私ったらワルい女です」




にやり、唇をつりあげて不敵に笑う妹。また何かに目覚めてしまったのだろうか、と思うがスルーを決める。ブラコン妹は手を変え品を変えアピールしてこようとする。そして、すぐに飽きて忘れるのだ。




「んじゃ、ちょっと行ってくるってばよ」

「いってらっしゃい、お兄ちゃん。三分に一回は電話しますね!」

「了解でーす。電源切っときまーす」




しつこいヤンデレ推しの妹に背中越しに手を振り、悠人は繁華街へと足を進める。空に登る陽が落ちるにはまだ早く、あたたかい風が頬を掠めていく。




なんかうまく行き過ぎて逆に不安――とか、気のせいだよな?

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