第18話 再会は必然に




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「ま、間に合った――…!」




教室へ飛び込むと同時にガタドタバタン!と席に倒れ込む。もう一歩も歩けない。上り坂の全力ダッシュは流石に限界バトルだった。




「ぜぇ…っ!ぜぇっ…!ひっひっひっふー――朝からキツすぎだろ…!もう今日は休みたい、俺の日曜日どこいった!」




昨日は一日寝てたらしいが、そんなこと関係なしに寝たいし休みたい。でも家には帰りたくない。



ついて来るかと思いきや玄関で恭しく見送ってくれたセリアも、新妻のように制服のネクタイを直してくれた秋穂さんも、こっちの理性と体力をゴリゴリ削っていくのだ。しばらくは一人がいい。今日ほど一人暮らしがしたいと思ったことはない。




(それにしても…ああ、落ち着く…まさか、学校がこんなに癒やされるとは…)




無秩序すぎる我が家と違って、学校は今日も平和だった。

クラスメイトはそれぞれが思い思いに朝の時間を過ごしている。雑然とする教室にはいつも通りの日常があった。




(…学校でも妹が増えてるかと思ったけど…そんな事なかったな)




意味不明な懸念を投げ捨てる。机に突っ伏して呼吸を整えながら、クラスメイトの声に聞き耳を立てる。



今日もウチのクラスは雑多な雰囲気で「眠い」「寒い」「ゆっきゅんがねゆっきゅんがね」と代わり映えのないおしゃべりが広がっていた。




(…みんなも特に変わった様子はないし……良かった……)




教室に満ちるやかましく騒がしい声。窓から射し込む日差しとやわらかい風。このいつも通りの空間に居ることがたまらなく嬉しい。




「…おはよ、生きてる?」

「あ、パイセン。おはよっす」




玲瓏れいろうな声に頭をぐりっと九〇度回せば、モデル風金髪美少女――八神つかさがよっと片手を上げていた。やる気のなさが実にイマドキっぽい。




「…ん? なんか元気ない感じね」

「ああ…、朝からちょいと濃い人たちに揉まれてね…」

「濃い人?」




形の良い眉を上げるつかさ。脳裏をよぎる、今朝の悪夢、、。アレと、あの三人をなんと言えばいいだろう――




「なんというか…久しぶりに会って全力で甘えてくるゴールデンレトリーバーとトイプードルみたいな、なんかそういう…」

「長瀬くんって、大型犬と小型犬を両方飼ってるの?」

「いや、飼ってないんだけど」

「え。なにソレ」

「えーっと、じゃああれだ。クリスマスと台風とが一緒にきちゃったみたいな、なんかそういう…」

「…それって、サンタさんってば大変じゃない」

「そうだよな。そうなったらサンタが災害用の備蓄品とか配るんだろうか…白と赤も救急車とかそういうのに近いし、アリといえばアリ…?」

「……なんだかよく分からないけど、疲れてるのね。長瀬くん」




怪訝な表情で『ポッギー』を咥えるつかさ。流れるような動作で鞄から取り出して、すっかり駄菓子にハマったらしい。




「…パイセンは朝からお菓子っスか」

「うん、さっき購買で買ってきたの。…あげないわよ?」




悪戯な笑みで棒チョコをサイリウムのように振ってみせる金髪美女。楽しそうにぶんぶん振ってるけど、あなたはソレを振られる方だと思いますよ?




「一応忠告しとくけど、昼休み以外は校則違反っスよパイセン。元ヤン教師にバレたら怒られるっス」

「あら、大丈夫よ」

「え、なにゆえ?」

「だって『学生が学校で菓子を食う文化を俺は尊重する』って成田先生が言ってたもの」

「なん…だ、と…。いつそんな事を――」

「『特定の菓子パンを食べ続ける事も俺は推奨する。チョココロネとか』とも言ってたわ」

「あのアニヲタ教師……。なら俺もカリカリもふもふのメロンパンとか食うか!」

「『ただし女子に限る。男がやってたらすぐ〆る』とも言ってたけど」

「なんという横暴…!」

「フフッ、残念だったわね」




ポキッと見せつけるようにチョコをへし折る金髪美女。薄紅色の唇に黒い棒が柔らかく呑み込まれていく。チョコを食べてるだけなのに、なんだかエッチな感じだった。




「結局、長瀬くんに何があったのか分からなかったけど。お疲れさまね」

「はぁ…、どうも」

「それと、自首したほうが罪って軽くなるみたいね。オススメよ」

「……朝から辛辣っすね、パイセン。この紳士を犯罪者認定ですか」

「あら、違ったかしら?それに、自分で紳士とか言う人は信じられないわ」




獲物をいたぶるネコのように笑うつかさ。宝石のような碧い瞳を細め、口元を隠して笑っている。




「長瀬くんって、いつもトラブルに巻き込まれてる印象あるから…事情聴取とかも得意そうね」

「こいつ…!俺をなんだと思ってるんだ!」

「こいつ…?」

「すみませんでした!つかさ先輩!鞄から防犯ブザーを取り出すのは止めて下さい!」

「ん。次は気をつけるように。容疑者くん」




ギロリと冷たく睨まれれば、すぐに降参。勝てっこないのだ、この人には。

放たれる言葉がどれほど辛口だろうとも、冷たい目で睨まれようとも彼女には何をされても痛くない。美少女という生き物はまったく得だと思う。




「まあ、何かあったら相談乗ってあげるわ。有料で」




仕方ない、といった具合につかさが言う。




「金取るとですか…」

「一人じゃ入りにくいけど、行ってみたいお店があってね。そこのスペシャルクレープが食べたいの」

「店もメニューも指定ですか…」

「そりゃまあ、貴重な時間だし?『時は金なり』とも言いますし?」

「……『情けは人の為ならず』とも言いますよ」

「あら、言うじゃない。まあ、でも…そうね、じゃあ初回は無料でいいわ。これでもカノジョ、だし?」




ぱちっ、と音が鳴ってそうなウインクに撃ち抜かれる。可憐過ぎる表情はココがコンサート会場なら歓声が鳴り響いてただろう。




(あれ、これってイイ雰囲気なんじゃ……?つかさって割とマジで俺を――)



「がはは!俺様登場!!――はぁああっッ!ダブルバイセップスぅぅ!」




しかし、美少女の麗しい微笑の後ろで脳筋男が半裸でポーズをキメている。まさに風景破壊。美女と野獣。いや、可憐な花園の向こうに広がる荒廃した大地、という方が正しいか。




「がはは!俺様の筋肉は今日も絶好調だっぜ!!」

「お前は今日も最低だ。キモい帰れキモい」

「ひっど!!!!!」

「あ、おはよう武田くん」

「おはようございます八神さん!今日もお美しいでございますですね!!俺様の大腿四頭筋も喜んどります!」

「そう? ありがと」




社交辞令的な微笑みでしれっと流すパイセン。そんな大人な対応に気づくはずもない、デレ顔で笑うマッスルガイ。これは最早2-Bに定着しつつある光景だ。それだけつかさもこのクラスに馴染み始めたということだろう。




「なにボーッと見てんだ悠人。俺様の筋肉が羨ましいのか?ガハハハハ!」

「犯した罪を反省してるの?自首なら早くした方がいいわ。オススメよ」




勝手なことを言うガイ&パイセン。認識改変など起きてない、いつも通りの二人だった。




「…まぁ、うん、良かったよ。二人とも異常よりの正常で」

「…何それ、ケンカ売ってる?」

「ガハハ!プロテインなら買ってやるぜ!チョコ味くれよ!」

「いやいや、二つとも売ってないから」




正直な感想を口にすれば、なぜか怒られてしまった。




「まったく…、失礼ね。長瀬くんは」

「ガハハ!八神さん、許してやって下さい。コイツってばバカよりのドブワァカですから!」

「おい、マッスルガイ。お前こそケンカ売ってんのか」

「ああん?このポージングがなにか気になるって?」

「いや、気にならない。キモい。今すぐ服を着てほしい、キモい」

「ガハハ!これは正面から上腕二頭筋を見せる、ダブルバイセップス!そしてッ!俺様のことは今日から【ダブルバイセップスがい】と呼べ!」

「人の話聞けよ。しかもパクリだろソレ」

「はいッ! サイドチェストォオオォオッッッ!!!」

「また影響されたの? 他の女子はお前ほどチョロくないよ?」

「ホワアアアアアアアアッ!!!!」




ツッコミを奇声で遮り、むんっ!!と男臭く筋肉を張るマッスルガイ。気合と同時にツバと汗が散弾銃のように飛び散り、教室のあちこちから「いやああッ!!!」と甲高い悲鳴が上がる。




「……よっと」




しかし、すぐ近くに居たつかさは折りたたみ傘を展開し、絶妙のタイミングで己の身を守っていた。後ろのガイを見もしない凄まじい早業。俺でなけりゃ見逃しちゃうね。




「…やるじゃないか、パイセン」

「ありがと――って、なんで長瀬くんが得意そうなの?」

「いやいや、ついにパイセンもこっち側に来たかと思って…ていうか、なにその対応力。パイセンもすっかりクラスに慣れたっスね」

「…まあね。ほら、武田くんってパターンあるから読みやすいでしょ?脱ぎだすタイミングも毎回同じだし、返答に困ったら脱いでごまかす感じも――」

「それ、本人に言ったら傷つくから言っちゃダメなやつな」

「…そうなの? 皆もそう思ってるかと思ってたわ」




ああ見えてあのマッスルガイは豆腐メンタル。落ち込むと長いんだ。

幸運(?)にもガイは他の女子に筋肉を見せに行っていて聞いてなかった。女子人気はないが、こういうヘンな運だけはある男なのだ。




「ねえ、気になってたんだけど…明日香ちゃんは大丈夫だったのよね?」

「そういやあの時居たんだったな、明日香なら大丈夫だったよ」

「そう、なら良かったわ。ホントは明日香ちゃんに連絡したかったんだけど、具合悪いなら迷惑かなと思って――」

「ああ、気を遣ってくれてありがとな。大丈夫だったよ、身体の方は」




中身の方は問題アリアリだが。ブラコンのことといい、ゲートのことといい問題は山積みだが。




「ホントに? もう何ともないのね?」

「ああ、心配ないよ。たぶん」

「ちゃんと病院には行ったのよね?」

「ああ、行ったよ。問題なかったよ(身体は)」

「そう…、なら良かった。何かあったらすぐに教えてね?約束よ」




やたら念を押すようにつかさが言う。明日香とも仲良くなっていたし、心配だったらしい。




「心配性だなぁ…、明日香のやつも通常営業だったから問題ないよ」

「…営業?」




透き通った碧い目が剣呑に細められる。パイセンはまだ明日香と俺の関係を疑っていた。




「営業ってどういうことなの…?明日香ちゃんはホントに妹なのよね…?」

「ナジェソンナメデミテルンデシュ!」

「…誤魔化さないで」

「すみませんでした!妹です!妹は元気でした!」

「……ホントに?」

「スマホから手を離して下さい!コワイです!なにする気なんですか!」

「知ってる?スリープボタンを5回連打すると通報できるの」

「知りたくない情報…!知らないままで居たかった…!」




この目。そして迷いない手つき……!つかさは本気だ!




「さあ、正直に話して。女の子に酷いことするのは許さないから」

「女の敵を見るような目は止めて下さい!何もしてません!明日香はマジで妹!そして無事!無事でした!」

「ホント…? ウソついてない…?」

「なんでそこまで信じられないんだ!クラスメイト疑う!良くない!」

「…あの日教えてくれた子も長瀬くんを警戒してたから、念の為よ」


「悠人、八神さん、二人ともおはよう」




金髪美女に軽く脅されていると、冬夜が声をかけてきた。正統派イケメン(内面は除く)は今日も朝からイケメンだ。




「今日一番会いたくなかったヤツに、とうとう出会ってしまった…!」

「なんだ、その嫌そうな顔は…会うなり失礼なやつだな」

「でも良いところに来た冬夜!パイセンに俺の弁解をしてくれ!俺が兄としていかに妹を大事にしているかを!」

「な、なんだよ、いきなり…?」

「いいからほら!頼む!俺とお前の友情の誓いを今こそ果たせ!」

「お、おい!こら、押すなよ!」




腕組みで睨むつかさに冬夜を差し出す。まるで魔王に捧げられる生贄のような扱いだが、冬夜は特に文句を言わなかった。突然のことに困惑しつつも、弁護してくれる。




「そうだな…、詳しいことは何もわからないが――僕が言えることは一つだけだ」




ぴっと人差し指を立てる冬夜。落ち着いた顔立ちに笑みまで浮かべ、たっぷりと余裕を見せつける。芝居じみているがイケメンがやるとイヤミっぽく見えない。




「悠人の妹に対する愛情は本物だよ。それはこの僕が保証する。妹を傷つけるような真似をコイツがするはずがない」

「……そう。西野くんが言うなら信じるわ」




すんなり矛を収めるつかさパイセン。まさかの1ターンキル。信用度が違いすぎた。




「え!?ちょっ、なんでそんな簡単に信じんの!?扱い違いすぎじゃね!?」

「西野くんは真面目だもの。信用できる人よ」

「イケメンだから信じたんだな!?そうだろ!?」

「違うわ。態度と姿勢の問題よ」

「いや待て!待ってくれつかさ!そう簡単に信じて良いのか!?コイツだって中身はアヤシイもんだぞ!?信用できんぞ!?」

「悠人…、お前は話をまとめたいのかそうでないのかどっちなんだ」

「男として負けちゃダメなとこで負けてる気がすんだよ!」

「…面倒な子」

「はぁ…、面倒なヤツだな」




深々とため息をつく冬夜。曇った表情でも女子たちから熱視線を向けられている。チクショウ、イケメンめ…!妹バカのサイコパスのくせに!




「そういや冬夜、お前は普通だよな?なんかこう…ヘンなこととか起こってないよな?」

「ヘンな事?なんだそれは」

「訊いておいて俺も分からんけど…主に『妹』に関することだ」

「妹――ゆっきゅんのことか?ゆっきゅんなら今日もニコニコぴょんぴょんしていたよ。僕が挨拶をすればゆっきゅんはひまわりのように元気に笑ってくれて小さな手を差し出して笑ってくれるんだ」

「…ああ、そっか。元々おかしいやつにこんなこと訊いてもアレか」

「失礼すぎだろ!さっきからなんなんだお前は!」




そう言って冬夜は怒って不貞腐れてしまった。ぷりぷり怒った顔も女子には人気らしく、きゃーきゃーと黄色い声援を送られている。イケメンは内面に問題があっても許されるのだ。なんて不公平なんだ。




「おーい、バカども席につけ」




担任教師、成田先生教師が現れた瞬間に教室が静かになる。これも危機管理能力の高い我がクラスおなじみの光景だ。




「聞け、野郎ども。今日はビッグニュースがある」




ニヤリ、肉食獣の如く凶悪に笑う成田先生。こんな顔をする先生は何度も見たし、今更何とも思わないが――嫌な予感がする。




「八神が転校してきたばかりだがな、また転校生のショータイムだ。 おい、入ってこい」

「…失礼いたします」



「――は」




あまりの衝撃に、声が漏れてしまう。



歩みとともに弾む銀色の髪。白と黒のセーラー服――そして真っ赤なランドセル。



目をそらせば消えてしまいそうな儚げな少女が、



教室へ入ってきた少女は目の前を通り過ぎ、見慣れた黒板の前、その場所で、




「…はじめまして、セリアと申します。ご主人さま――ナガセユウトさまの従者でございます」




ロリ級生キタァァアアアアアアアッッッ!!




悲鳴に似た歓声が響く中、異世界妹が笑っていた。




やけに綺麗な、涼やかな笑顔で。

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