第12話 ブラコンと嵐の前の静けさ②




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「席につけバカども。ホームルームを始めるぞ」




元ヤンの男前教師、成田先生が渋い声で呼びかける。ざわついた教室は一瞬で静かになり、全員が自分の席に行儀よく座る。恐怖に裏付けられた人望があるのだ。



威圧感満載の男前教師はニヤリと笑いながら要件のみを伝える。




「出席しないことが革命なんて甘ったれた事ぬかすなよ。明日も出席しろ。以上、連絡事項終わり」




一分足らずのスピードホームルームで担任教師は退出した。新二年生でも「受験に備えて勉強しろ」と一言も言わないところが先生らしい。




「ホームルームってこんなに早く終わっていいの…?この学校の先生ってスゴイのね」




隣の席で転校生のつかさが目を丸くして驚いている。美しい金髪ショートが夕日を浴びてキラキラと輝いている。




「他の先生は長いらしいけど、成田先生はこれが普通だよ」

「そうなんだ、成田先生って凄い先生なのね」

「すごい…かな」

「凄いわよ。うん」

「まぁ…、色々な意味で規格外の先生だとは思うけど。」




隣の金色少女の元・母校、ルミナス学園はかなりのお金持ち学校なのだ。ミッション系の学校で良家の子女がこぞって通う名門校であり、外界とは一線をかくしている。



もちろん、成田先生のような破天荒な教師はいないだろうし、そもそもヤンキーなんて居ないだろう。変わり者が多いこの学校も、ある意味で外界とは一線を画していると言えなくもない。




「ルミナスってさ、実際はどんな感じだったの?」

「えっ、どんなって……普通の女子校よ」

「…女子校、なぜかロマンを感じてしまう響きですよね」

「………………………………そう?」

「あ、いえ。なんでもないです」




隣からのジト目はキツイです。




「男の子のロマンは分からないけど、ホントに普通の学校よ。静かなところで……あまり面白くはなかったわ」




まだ席を立つつもりがないのか、頬杖をついているつかさ。新緑の木立を吹き抜ける風が放課後の教室を抜けてゆく。




「特に変わった設備とか、キミが期待してるような習慣もないからね」

「そうなのか、『オホホホー』的なお嬢様いないのか…」

「いないわよ、期待を裏切ってゴメンね」

「『ごきげんよう』とか言ったりしてるとテンション上がったのにな…」

「もう、それは普通の挨拶でしょ?なに言ってるのよ」

「えっ」

「えっ…、――ってなに?」

「いえ、何でもないです。ハイ」

「……。『ごきげんよう』って言われたらそう返すでしょ?違うの?」

「いえいえ!滅相もないです!ハイ!」




そもそもそんな挨拶しない……とは言えなかった。氷で出来た薔薇の如き美貌に向かって吠えるほど悠人の肝は太くない。




「まったく…私が元居た学校も、私も、普通なんだから」




念を押すみたいにつかさが言う。

初日に学校を案内して気づいたが、つかさはかなりのお嬢様のようだった。それも、たぶん『超』がつくほどのお金持ちの――




「ここの学校と対して変わらないんだから、ヘンな目で見ないよーに」

「まぁ、そうですよね。スミマセン」

「……………不服そうね。言いたいことがあるなら言ってくれていいけど?」

「いやいや、それにしては売店でもお菓子とか、割とドコにでもあるようなものに興味津々だったような気がしたなぁーと」

「き、気のせいよ」

「…………ソウデスカ?」

「と、とにかく私も、学校も!普通だったの!勘違いしないように!」

「そうだぞ!アホ悠人めが!」




言い淀んだ絶妙のタイミングで筋肉男が乱入してきた。




「転校生だからって八神さんをハブろうとしやがって、なんてヤツだ!」

「そんなことしてないだろ」




放課後の喧騒の中、筋肉男がつかさの目を気にしつつ大げさに肩を落としている。クラス公認美少女(※今日の昼に決まった)に向けてアピールしたいらしい。




「そこまでして仲間はずれにしたいとはな、長瀬さんちの悠人くんはいつも冷めてる卑屈野郎だからなァ…やれやれだぜ」

「おいこら、ケンカ売ってんのか?」

「おいおい、止めたまえよ長瀬くん。友達とケンカなんて良くないよ、このHMBを飲みたまえ」

「誰なんだお前は」




芝居がかったセリフがウザすぎる。つかさ程の美女を前にして浮足立つのは分かるが、アピールするにしても他に方法はなかったのか。



金髪美女は自身を庇う筋肉男に小首を傾げて




「キミって…武田くん?だったよね?」

「なんと! 名前を覚えていただき光栄です!八神さん!」

「ふふ、転校してきた日に皆の名前は覚えたの」

「なんてイイ方なんだ! 素晴らしい!」

「ふふっ、ありがと」

「素晴らしいでございます!俺、感動でありますです!」

「…そのウザい口調をやめろってのに」




マッスルガイが目をキラキラさせて喜んでいる。クラスの女子にハブられているワケではないが、ガイの人気は低いのだ。



――想像してほしい、毎日のように目の前で己の筋肉をポーズを取りながら自慢してくるウザい男を。



しかも悪いヤツではない。ただ、致命的なバカであるだけで――そのツライ現実がクラスの皆を苦しめているだけなのだ。




「あらためて、自己紹介だ!俺様は武田剴。リンゴを片手で割れる握力120のマッスルガイだ、ヨロシクどうぞ!」

「よろしくね、武田くん」

「ガイって呼んでくれていいぜ? 筋肉にお願いしたかったら、俺様に連絡してくれ!」

「ふふ、面白い人なんだね。長瀬くんのお友達?」

「まぁ悠人のアホは友だちというか、舎弟っていうのが近いかな!」

「遠いわアホが」




和やかに会話する二人。つかさは冷たい一言で切り捨てると思っていたが、意外なことに筋肉男と良好的な関係を作り始めている。想像と違った展開に驚く悠人に筋肉男はこそこそと小声で




「ふふん、妬くな妬くなよ悠人きゅん!」

「…なんだよ、ウザいぞマッスルガイ」

「いいのかなぁ、そんなこと言っても?」

「あん?」

「お前、影で相当叩かれてるんだぜ? 美少女転校生とのラブロマンスうらやま死刑で」

「げ。マジか…」




それは知らなかった。軽く誂われることはあるが、そんな事になってるなんて気づかなかった。




「物理的に庇ってやってるナイスガイがいなけりゃ、今頃は闇討ちされて『筋肉が全てを解決してくれる!』が口癖になってるとこだぜ!」

「それって犯人はお前じゃんか」

「今すぐ始めようぜ!トレーニング!フゥー!」

「……。むしろお前の方が陰口言われてそうだよね」

「俺様のおかげで筋肉の知識も増えたろうが! ハイッ!胸を強調するこのポーズは何だね悠人くん!?」




目の前で急にポージングをキメるのは止めてほしい。はいはいサイドチェストな




「ふぅ…ところでだ悠人、お前はNTRって知ってるか?」

「エヌティーアール? なんだよそれ」

「んっふー!知らないのか?それなら、今から俺が見せてやんぜ!」




小声で応じる悠人にムダに自信ありげに笑うマッスルガイ。シャツを捲りあげた剥き出しの腕も視界に入ってウザさ120%の光景だ。




「オッホン! ところで八神さんっ!」

「は、はい」

「人間誰でも特技が一つはあるそうですよ!俺様の特技を披露してもよろしいでしょうか!?」

「? ど、どうぞ」




筋肉男の突然の申し出に転校生はびっくり眼で頷いている。いつも涼し気なつかさが驚いた表情は新鮮で可愛らしかったが――




「フフフ…、まずは80パーセントから行こうか……ぬぅううううん!!」




――最悪だ。



目の前でマッスルガイが素晴らしいポージングと共に腕の力こぶをを披露している。身体から漂う熱気と共に周囲の温度が上がり、不快指数がぐんぐん上がっていく。




「ぬぅんん!!まだだ…ッ!まだまだこんなモンじゃねぇ!俺様の力はぁあっ!」




――もうダメだ。



ベンチプレス140を持ち上げるという豪腕がむさ苦しく披露されている。目の前に剥き出しで漂う男臭い熱気と、汗と、赤ら顔と……もはや筋肉男との友情はこれまでだ。




「これが…100パーセント中の100パーセント!俺様の全てだ…ぜ…ッ!」




素直に、気持ち悪い。つかさも隣で表情を強張らせている。


筋肉男のせいで不快指数と温度は増したが、周囲の視線は絶対零度だ。女子たちは「ギャー!」と甲高い高周波を出しながら教室を離脱していく。




「お前な、なんて汚いものを見せてるんだっての…」

「俺様の筋肉が汚いだと!? ――フン、貧弱な坊やが俺様のマッスルにひがんでるってか」

「誰がひがむかっての」

「俺様は紳士な男だからな、今日まで悠人のカノジョだと言うことでアピールはしてこなかったが…」

「あん?」

「美女やナイスバディのお姉ちゃんが目の前に現れたら、そこからはもう戦争……戦争だろうがッ!」

「お前は何を言ってるんだ」

「これからは俺様もガンガンアピールしてイくってことよ!この俺様の魅力をぉぉう!」




筋肉男は半裸になりながら鍛え抜かれた力こぶを見せつける。熱気と、湿気と、その他環境に良くないものを撒き散らしている。




「見ろ!俺の筋肉の躍動を見ろぉおおおお!」

「誰が見るか。キモい」

「なぁにぃい!?」

「お前は『コウノトリ』を信じているような無垢なお嬢様に無修正のポルノをつきつけるかの如き下卑たキモい事をしてるんだぞ。キモい」

「なんだとッ!? しかもキモいって二回も言うなよ!」

「とにかくムダな筋肉はしまいなさい。キモい。あとで反省文な」

「…ねぇ、ちょっと触っても良いかな」

「「えっ!?」」




すると、これまで固まっていたつかさが驚異的な胆力で持ち直した。

大きな瞳には恐れと好奇心の両方を宿していて――まるで『動物ふれあいコーナー』を前にする子どものよう。




「ふ、フフフ!俺様大勝利!!触っていいぜ!レイディース!」

「……うん」

「さあ!とくと味わうが良い!これが技を超える、限りないパワー!三角筋でも上腕二頭筋でも!好きなところを触ってくれぇえいッ!」




無駄に大きく胸と声を張るマッスルガイ――そして、悠人の目の前で、指が、触れた。




「わ…、ホントに固いね。凄い」

「ンッフー!」




何が『ンッフー!』だ気持ち悪い…あとこっちを見るんじゃない。なんだその得意そうな面は。




「悪いな、悠人…。どうやら勝ってしまったようだ」

「……そうかよ。良かったな」

「ンッフッフッフッー!女から『固い』と『凄い』を引き出した俺様。歯噛みするお前……これがNTRネトラレ展開というやつだ!」

「はいはい、くだらねえ……ってか顔近づけるなよ、離れろっての」

「ハァハァ…、『ホントに固い』と言わせたぞ」

「二回も言うなよ……あと、なんで顔赤いんだよ」




つかさは汗のついてしまった指をハンカチで念入りに拭いているが、運の良いことにガイは見ていなかった。良かったな。




「ぐふふ、この調子だと俺様の卒業は近いぜ!ひゃっほう!」

「…お前の場合、近いのは留年だろ…」

「妬くな妬くな!強いオスに惹かれるのはメスの本能なんだよ!」

「さいですか」

「それとな、悠人。元人間の俺様の経験からみて、今のお前に足りないものがあるぜ……危機感だ!」

「お前はやっぱり人間じゃなかったのか」

「まぁ、俺様は元赤ちゃんだしな。屈強さは今とは比べ物にならんのよ!ガハハ!」

「そりゃみんなそうだろ…」

「マジで付き合ってるのか知らねぇけど頑張れよ、ボケボケしてると盗られるかフラレるかだぞ!ガハハハ!」




そう言ってガイは笑いながら去って行った。どうやら最後の一言が言いたかっただけらしい。あんなバカでも一応は応援してくれているようだ。




(まぁ、頑張れって言われても正直困るんだけど……ん?)




隣を見れば、つかさがこそこそと鞄から何かを取り出している。




「…そのお菓子、『ボッギー』ですか?」

「うん!そうなの!」

「まさか、そんなイイ笑顔で返されるとは…」

「この間、学校を案内してくれた時に美味しいよって勧めてくれたでしょ?気になってたの」

「ふーん」




『ボッギー』は往年のロングセラー商品。誰でも一度は食べたことがあるスティックタイプのチョコレート菓子である。


ただいま女子高生を中心に再ブーム中であり、人気タピオカ店をも凌ぐとも言われているとか。ちなみに実在の商品とは一切関係ありません。




「めちゃめちゃ嬉しそうですけど、好きなんですか?」

「好きというか、こういうお菓子ってはじめてなの」

「えっ…、はじめて買ったんですか」

「? なに、その顔。何かヘン?」

「いえ、別に…」




やっぱり金持ちお嬢サマじゃないか。庶民のお菓子を食ったことないなんて。




「それでは……、この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます。」

「そんな大げさな…」

「大げさじゃないわ。これは…大事なことだもの」




『ポッギー』の箱を前にして、もの凄い感謝の体勢に入っているつかさ。いつものクールな表情ながら、どこかそわそわとしていて嬉しそうだ。どれだけ楽しみなんだと半ば呆れる悠人の前で、そのままチョコを一口――




「~~~~~っ!」

「そんな大げさな…立ち上がらなくても」

「だって美味しいもの!こういう大量生産された焼き菓子って美味しくないって聞いてたのに!」

「さりげに庶民に喧嘩を売ってる件」

「長瀬くんが勧めてたから全然期待なんかしてなかったのに……まさか、こんなに美味しいだなんて!」

「酷い風評被害!」




流れ弾をもらう悠人に「ううん、そんなことないの」と雑なフォローを入れながら、つかさは次のチョコへと手を伸ばしている。すっかり庶民菓子に魅了されていた。




(やっぱり変わったやつだよ、つかさって…)




普段はクールな少女が、お菓子一つで瞳をキラキラさせるほど夢中になっている。上機嫌でもくもくと菓子を頬張る金色少女を悠人は微笑ましく思いながら




「おいしいですか、パイセン」

「ええ……、これは、気に入ったわ。」

「食べきれないなら貰ってあげるのも吝かではないっすけど?」

「…あげないからね、貴重な食べ物だもの」

「いいなぁー、お腹空いた…だ、だれかお恵みを……」

「お菓子を持っていないなら、夕飯まで我慢すればいいじゃない」

「正論!」




珍しいものを見た気がして誂ってみたが、つかさは無情に冷静だった。




「これって、一体どうやって作っているのかしら…」

「きっと熟練のパティシエたちがですね、こう、千手観音のように手を――」

「…私は真剣に考えてるの」

「すみませんでした!そんな怖い目で睨まないでください!」




むさ苦しいマッスルガイを見るより冷たい目で睨まれる悠人。


ぽりぽりと可憐な唇に吸い込まれていくチョコを見ながら、悠人は改めて不思議に思っていた。なぜ、つかさ程の"お嬢サマ"は転校してきたのだろうか、しかもつかさの言葉を信じるなら自分を追って――




(カノジョとか言われても困るんだけどな……あれ、というより告白とかされたっけ、いや、されてないよな…?)




困惑する悠人の前でつかさは嬉しそうにチョコ菓子を頬張っている。普段のクールな表情が剥がれ、本当に楽しそうである。歴史だけはあるオンボロ教室など別天地、魅入られそうなほど美しい少女は隠しきれない興奮に頬を赤くしている。




(もしかして、単なる冗談なんじゃ……す、好きとかそういうのは言われてないわけだし…)




ブラコン妹の進学。叔母の来襲。風呂場で見た妖しい夢。慌ただしい日々の中で、つかさの事を気にかけるのが遅れていた。今更ながら膨れていく不安に悠人が呆然としていると




「どうかしたの? ヘンな顔して……何かお悩み?」

「いや、別に…」

「…そう?」




つかさのことを考えてた、なんて言えない。




「何かあるなら、言ったほうがいいわよ?私が聞いてあげるのも吝かではないから」

「いや、何でもないっす」

「ふーん…、 ――えい」

「んぐ」




呆けていた一瞬、悠人は口に菓子を突っ込まれた。




「一本だけ、分けてあげる。食べかけだけどね」




クスクス笑う金色少女。茜に色づく風が、放課後の教室を流れてゆく。




「――ずいぶん、楽しそうですね」




ふいに教室に割り込んだ声はどこか不機嫌なものだった。声の主は教室の入り口、夕日を背負って二人を――悠人を睨んでいる。




凛とした美しい少女は無感情な瞳で悠人に流し目を送ると




「そこのお兄さん、急いで帰ってください。明日香が倒れました」




その言葉は放課後の雑踏も、頬の微熱も、つかさの言葉も、何もかもを奪い去って響いた。

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