第6話 ラブコメとマジで戦争5秒前
男どもの汚い絶叫が響く中でも、我らが担任は流石だった。
「なんだ、長瀬やるじゃないか。さてはパンを咥えた八神とぶつかりでもしたな?」
爆弾が炸裂した後の静寂に包まれる教室で男気たっぷりに頷いている。一方でつかさは言いたいことは言った、とクールに佇んでいる――というより、なんでそんなに落ち着いてんの!?アンタら共犯なの?!
「ラブコメの王道、パン食い女子校生とぶつかってみせるとは流石は俺の生徒だ」
「してないですよ! それなんてギャルゲですか!」
「エロゲとギャルゲを区別しているとはやるな、長瀬」
「感心するところはそこか!」
「…先生、私、朝はごはん派です。」
「おっと、すまなかったな八神」
「いえ」
「お前が気になるのはそこかよ!!」
「しかし長瀬に彼女がいたとはな、しかも転校生…『パン食い衝突』の線が消えたからには『結婚を約束した幼馴染との再会』の線も浮かぶわけだが…」
「先生はどんだけギャルゲ好きなんですか! 幼馴染でもないですよ!」
「なにぃ? 幼馴染でもパン食い衝突でもないとなると…」
「…先生、私、プロポーズはまだです。」
「おっと、すまなかったな八神」
「いえ」
「お前が気になるのはそこかよ!! もっと色々あるだろ!?」
「…長瀬くん、うるさい」
「ごめんなさいでした!」
騒がしい教室の中でも、つかさは冷静だ。そしてやっぱり素っ気ない。公園で見た笑顔は幻かって思えるほどに冷たい。
そもそも、なぜこの学校に居るのか。つかさの通っていたお嬢様学校とウチじゃ学力も設備ランクも違いすぎるのに――
「…迷惑、だった?」
戸惑えば、ちょっと寂しそうに言う。一瞬の静寂に呆然とその瞳を見つめれば、碧い目は右斜め下に。
「突然だから…ゆうくん、きっと驚くだろうなって思って――昨日からずっとドキド
キしてたの。」
「え…」
「でも、どうしても逢いたかったから…怖かったけど、来たの」
つかさの杏型の瞳が一度強く、光を放つ。その瞳に射抜かれる。
「どうしても、キミにもう一度逢いたかったの………迷惑、だった?」
「…って、なんで、そんな…」
「自分でもよく分からないの、ごめんね」
ふっ、と小さく吹き出しながらつかさが微笑う。自分で自分が可笑しい、みたいに言ってくれるがモデル系美女にここまで言われて平静ではいられない。静まり返る教室で、バカみたいに心臓が喚いている。
「…ねえ、迷惑だったかな?」
「迷惑じゃない、その、びっくりしただけだっての」
今度は素直に返事ができた。混乱も困惑もぬけ切っていないが、つかさの真摯な気持ちには正直に答えたかった。
「…びっくりドッキリーは楽しかった?」
「そのネタ流行ってんの?! チェーン店好きなん?!」
「ううん、あんまり。でも今度連れて行ってね、タピりたい」
「ソレたぶん違うお店だよね!?」
ここで、ラブコメ空気を嫌うように上腕二頭筋を振り上げたマッスルガイがいた。
「異議あり先生っ!!!アホ悠人のモテっぷりは明らかに異常です!ステロイド検査を要求します!」
「お前は何を言ってるんだ」
「それに!このままだと悠人が主人公になっちまいます!こんな冴えないアホより俺様のようなマッスルガイが主人公に決まってるっしょ!!」
つかさをチラチラ見つつのマッスルガイに男気教師は
「…ふむ、確かにそうだな。たとえ醜くてもお前たちは一人一人が花だしな、悪かった」
軽やかに絶望するような言葉で納得しているが、クラスの男どもは満足そうに頷いている。アホのガイなぞ親指を立ててGJサインを送っている。お前らホントにそれでいいのか?結構ヒドイこと言われてると思うんだが。
「俺様が主人公なら『ぐにおくん』みたいな不良を倒していくゲーム展開を希望っす!」
「ふむ、あのゲームは名作だったな。続けろ」
教師の許可に勢いに乗った筋肉男は妄想を加速させる。クラス全員の注目を浴びながらキメ顔でシャドーボクシングまで披露しつつ、
「まぁ俺様はマッスルガイですから、敵を筋肉でバッタバッタと倒していくわけですよ!」
「ふむ、横スクロールでな」
「そこで襲ってくるアホ悠人やキザ冬夜をぼっこぼこにしてですね!」
「ふむふむ」
「それを生放送してですね! ユーチューブに動画をアップしてですね!」
「ふむふむ」
「その結果、トップユーチューバーになるわけです!そして女子にチヤホヤされてですね」
「うん?」
「『きゃーっ!ガイさんカッコイイ!』『筋肉マジ触りたい!』って言われちゃうわけです! いやぁ、困っちゃいますね!」
「なるほど」
「最終的にはヤンキーにさらわれた金髪巨乳欧州美女を助けてベッドインで!いい考えですよね先生!」
「せやな、即物的で大変よろしい」
「やったぜ! ついに俺様の時代が来たぜ!」
「しかしお前はクラスに女子諸君がいるのを考えるといいぞ」
「サイテー!」「きんもー!マジありえないから!」女子全員から激しいブーイングが飛ぶ。ギャル系女子は手元にあった使用済みリップまでぶん投げる。
「俺は雑魚キャラかよ脳筋!膝の皿砕くぞ!」「二度と僕に絡んでくるなムサ男!」と俺も冬夜も当然ながらブーイングに乗っかる。マッスルガイが膝から崩れ落ちても、俺たちは!ソレを!やめない!
「まあ愛すべきバカは置いておいてだ、八神の席は窓側の最後列だ。その隣に長瀬も移動しろ」
「は? 俺も!?」
「当たり前だ。転校生が窓側の一番後ろなのはお約束だろうが」
「誰との約束ですか!?」
「この世界を支配する大いなる力だ。それとな長瀬、授業中に八神にからかわれてドキドキするなよ? 流石の俺も消しゴムのやつはグッときたが」
「なんの話!?」
「…先生、窓側だと日射しが暑いので交代してもいいですか」
「ああ、構わんぞ」
「お前は他に気にするところないのん!?」
「…お前は止めて」
「ごめんなさいでした!つかさ様!」
ギロリと目が光った気がした。
そのままシャム猫は路地を横切るように優雅に歩みだし、机の間を渡ってゆく。つかさのしなやかな身体が目の前をスタスタと通り過ぎてゆく。捻った胴の薄さも細い腰も、つかさは本当にネコのよう、光の中に幻の尻尾まで見えるよう。
「おい長瀬、八神に見惚れてないでさっさと席を移動しろ。物語が始まらんだろ」
「マジの話だったんですか!?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
男気教師に睨まれてマジで本気100%だと知り、大急ぎで教科書を鞄に放り込む。もちろん男どもの冷たい視線と舌打ちを受け取りながら。
「なぁ、ホントになんでココに…?」
「言ったでしょ、キミのことが気になったからって。何度も言わせないでよ」
んなもん、信じられるかっての!
新たな隣人にコソコソ問いかけるが、つかさの真意は掴めない。ウソは言ってないが、どうも本心も言っていない気もする。
「ねぇ、ねぇ、長瀬の彼女ってホント? マジなやつ?」
「うん、マジなやつ」
「ウッソ~!マジ信じらんな~い!」
俺だって信じられないっつーの。でもそんな驚かれるとムカッとするのはなぜだろうな。
隣席のギャルと話す横顔は驚くほど華やかで、こんな美人の彼氏ならば自慢になってイイかも、と思ってしまっている。
「もっとイケメン掴まえられたのにぃ~もったいなーい!長瀬のどこが良かったの?」
「んー……、全部、かな?」
「ウッソ~! マジ信じらんないんですけど!」
だいぶイイかな!と思ってしまっている。
しかし、美人って行動力や決断力に溢れているのだろうか。秋穂さんも明日香も思い立ったら即行動な気がする(方向性は問題あるが)
(しばらく様子を見るか……いやしかし、美人は男を騙す生き物というしな、気をつけよう)
我ながら童貞丸出しの考えだと思うが、そもそも問いただしたところでつかさは本心で答えないだろう。
なら、この優越感を味わいながらゆっくりやれば良いかもしれない――
「ねえ、妹さんにも挨拶したいんだけどいいかな?」
そう思っていた時期が僕にもありました。
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