第7話 ブラコンとライバル②
――昼休み
「ねえ、どうしたの? 早く行きましょ」
「あの…どうしても行くのでありますか?」
「もちろん……ってなに、その口調?」
「緊張しているであります」
「はぁ…、妹さんにはご挨拶しておきたいんだから、しっかりしてよね」
やれやれと肩を落とすつかさ。一方、悠人は神妙な表情だ。
「いやいや、ご挨拶ってそんな大げさな…」
「……長瀬くんって鈍いのね。男のコって感じ」
「? なんだよそれ」
「分かんない人には分かんないわ、一年生ってこっちでしょ?」
「あ、ああ…」
長瀬悠人と八神つかさの両名は学園廊下を歩いていた。今朝方申し込まれたように、悠人の妹である長瀬明日香に会うためである。
「ん? その手荷物は?」
「コレ? 気にしないで。女の子が手ぶらだなんて、はしたないじゃない」
「そうなの?」
「そうなの」
転校生はクール過ぎて取り付く島もない。つかさは飄々とした足取りで廊下を進んでゆく、窓から舞い込む風が金色の髪をさらりと撫でてゆく。
絹糸を想像させる細い髪を「邪魔しないで」と躾けるみたいに耳にかける。細い指は人形のように整っていて、手の甲には青い血管がうっすら透けて見える。
美人ってこういうところまで綺麗にできてるんだな――と横目で眺めていれば、
「…ふーん、一年生って別校舎なのね。」
緊張とはかけ離れた、平和なつぶやき。
緊張するこちらに対して、つかさは先程から全くの自然体だ。悠人も変に意識している自分が馬鹿らしくなるが、告白(?)してきた美女と二人っきりでリラックスできるはずもなかった。
意味もなく首を掻き、窓の外へと視線を彷徨わせたりして、
「この学校って、結構大きいのね。前の学校より広いみたい」
「…」
「ねぇ、こっちの校舎より向こうはキレイじゃない?」
「……」
「ねぇ、聞いてる?」
ぽんぽん
「えっ? あ、はい!?」
「…ちゃんと聞いてた? 案内役でしょ?」
「き、聞いてましたとも!」
じとーっと怪訝に睨みながら顔を寄せてくる。つかさパイセンって距離感近すぎないか!?
「…ま、いいけど。こっちの校舎ってキレイだよね?」
「あ、ああ…別校舎のほうが増設で新しかったりするんだ」
「ふーん、そうなんだ。A組って頭良さそうな人多かったけど、特進クラスとかなの?」
「そうだよ、医学部狙いとか多いらしい」
「やっぱり。見た感じそうだよね、長瀬くんよりずっと頭良さそうだったし」
「つかさパイセンは隙きあらば毒吐きますよね…」
「ゴメンね、イジメてほしいのかなって思って」
「M男認定をくらっていた…だ、と……?」
「そんなことないよ――あ、ここから一年生ね」
つかさの雑なフォローを受けつつ、悠人は新校舎へ続く道に足を踏み入れる。
転校生に案内を頼まれた悠人だが、先導するのはつかさである。出会ったときと同じく悠人が引っ張られる側であり、若干戸惑っているのもあの時と同じだ。主導権はスカートをひらひら揺らす彼女側にある。
(正直、つかさが何考えてるのか全然分からん…)
ちらりと隣を盗み見れば、視線を引き剥がすのが難しいほど。美しい、白い顔。
「転校したとこがイイとこで良かった、ラッキーだよね」
ネコのようにしなやかな身が楽しげに揺れている。優雅で、孤高で、気まぐれで、彼女は野良猫じゃなくシャム猫だ。細くて、綺麗で、手に入らない外国の猫――
「下級生のクラスって、なんだか緊張しちゃうね」
「知り合い居ないとそうでしょうとも。っていうか、転校生なら学校自体が緊張するんじゃ?」
「ウチのクラスはもう慣れたよ? 奈々子とか亜美ちゃんとか仲良くなったし」
「スクールカースト上位のギャルズと仲良くなるとか…つかささんパネェっす」
整った顔立ち。高い身長にスカートから伸びる脚はしなやかで、モデルと見紛うスレンダーなルックス。透き通るような美しさは今日も涼やかかつ華やかで、しかし感情は読みにくい。
(つかさと明日香…顔を合わせたらどうなるんだろうか…)
悠人は妹の明日香と押しかけ転校生つかさの両名の性格を考慮しつつ、今後のための脳内シミュレーションを開始。リスクを減らすために未来を想像することは大切だ。
(まず、つかさも明日香もある程度冷静だったとして…こんな感じだろう)
パターン:1 ブラコン妹は料理上手
「はじめまして、明日香ちゃん。お兄さんのカノジョです」
先程と同じく、簡潔かつ唐突な自己紹介。つかさは手を差し伸べて軽く微笑んでみせる。
「えっ…、お兄ちゃんの彼女さん、ですか…?」
「ええ。私、八神つかさ。よろしくね」
「――ホントですか? お兄ちゃん」
「え、ああ、まぁ…、たぶん?」
「なによソレ、私はキミのカノジョでしょ?」
「あ、あははは…ゴメンゴメン」
「えっ…えっ…?」
対して明日香はまん丸の目をぱちぱちさせて面食らっている。事実を飲み込むのに時間がかかっているようで、握手に応じながらつかさと兄を交互に見つめる。
「もう、妹さんの前だからって照れてるの?」
「いや、そういうワケじゃ――」
「ゆうくんってば、シャイなのね」
「…そういうことをストレートに言うなってのに」
「フフ…お兄ちゃんの照れ顔、フフ…いつの間に彼女なんて――」
全てを察した明日香の瞳から光が失われ、代わりにギラリと凶器が光る。
「これからもよろしくね、明日香ちゃん」
「ええ、よろ――死んじゃええええええっっ!!!!!」
ざくー
【
「いやいや、ウチの妹に限ってそんな…ハッ!これはTVとかでよく見るダメ親のコメントでは!?そんなバカな!?ない!いくら明日香でもここまではしないはずだ!」
「? さっきから何言ってるの?」
悠人は白い横顔を見ながら再び思案する、つかさならば有り得るかもしれない。初対面での全力疾走、転校やクラスでの交際宣言。つかさはこちらが思うよりも
(コイツってばびっくり箱みたいなヤツだからな、しかも冷たいとこあるし…こんな感じか)
パターン:2 クールビューティーな彼女の闇
「こんにちは、貴方が明日香ちゃん?」
「はじめまして! 長瀬明日香です」
「私は八神つかさ、ヨロシクね」
爽やかな挨拶をかわす二人の美少女。柔らかい笑みを浮かべているが、しかしつかさの微笑みはどこか白々しい。
「つかさは俺の同級生で、今日転校してきたんだ」
「そうなんですか!お兄ちゃんの同級生の方なんですね!兄がお世話になってます。」
「…そう、貴方みたいな純粋で可愛いらしい子が…」
「?」
笑顔の明日香に対しつかさは悲しげに目を伏せ、薄い唇を噛みしめる。大丈夫ですか、と心配げな明日香に囁くように耳へ唇を近づけて
「貴方とお兄さんは仲が良いの…?」
「ええ、仲はとびっきりイイと思います!」
「そう……。残念だわ」
「えっ…?」
「貴方のお兄さんね…」
「お兄ちゃんがどうかしましたか?」
「私を…っ!私を…っ!辱めたの!死んじゃええええっ!」
ぐさー
【
「いやいや、待て待て!なんでこんな物騒な想像ばっかだよ!もうちょっと穏やかなヤツ想像しろよ俺!」
「? 独り言多いのね、長瀬くんって」
妹のヤンデレ推しが災いしたのか、それともここ最近の疲労が原因か。悠人はどうしてもポジティブな未来が想像できなかった。
小首を傾げるつかさも目に入らず、冷や汗をかく悠人は別パターンを想像する。もっと甘く平和で、そして全ての男子が求める展開を――
パターン:3 クールビューティーと激甘妹ハーレム
「明日香ちゃんはじめまして、お兄さんとお付き合いさせていただいています。つかさです」
「え~!お兄ちゃんにまた新しい恋人ができたんですかぁ~?」
「ふふ、ヨロシクね」
「ずるーい! 私のお兄ちゃんなのにぃ!」
「うふふ、ゴメンね。キミのお兄ちゃんに食べられちゃったの♡」
とろけ顔に甘い猫なで声。声の主はクールを破棄してビューティーだけ残ったつかさと3割増しで清純無垢、しかし甘やかし&デレ度はポイント3倍デーの明日香だ。
「恋人を増やすのはいいですけど、私もちゃんとかまって下さいね!お兄ちゃん」
「新しいカノジョだもの。もっともっとお互いの事知らないとね、ゆうくん?」
胸元&太ももが大きく露出した改造制服に身を包む明日香&つかさが腕を抱いてくる。二人ともノーブラなのか、柔らかすぎる胸に両腕を包まれる。
「お兄ちゃん今夜は私の番ですからね!ぜったいですからね!」
「ゆうくぅん……私も寂しいなぁ……三人でしよっか」
制服のボタンを外して、柔らかな身を寄せてくる二人に俺は――
【
「いやいや、こんな都合の良すぎる展開ないっての…うヘヘ」
「今度はイヤらしい顔してるし…、男のコってホント分かんない」
幸せそうなデレ顔の悠人とつかさは程なくして1年A組――長瀬明日香のクラスに辿り着いた。
6
「あ! お兄ちゃん!」
二人が見つけるより先に、悠人は目ざとく発見された。下級生のクラス覗き込んだ瞬間、妹の目は兄をロックオンしていたのだ。長瀬明日香は極度のブラコン妹なのである。
「お兄ちゃんったら私のクラスにのこのこと、妹の清純な匂いに誘われて来たんですね!」
「そんな飛んで火に入る夏の虫的な言い方されてもな、会いに来たのはそうだけど」
「ふふ、相変わらず素直じゃないですねぇ…ンフフ」
「なにわろてんねん」
「ウチのお兄ちゃんはやっぱりツンデレですね!『べっ、別にお前に会いに来わけじゃないんだからなっ!勘違いするなよ!』とか言ってくれて良いですよ」
「そんなテンプレ台詞は言わないけど、コチラのお方がどうしてもお前に会いたかったみたいでさ」
「? どちら様でしょう?」
小首を傾げる明日香に対し、つかさが目を開いて固まっている。なんだろうか、まだ妹のやつは可笑しな発言も行動もしていないはずだが――
「な、長瀬くんの妹さんが…まさか、こんな綺麗な人だったなんて――」
口元に手を当て、ガチで驚いている。震えながら悠人と明日香を交互に見比べて信じらんない、と呟いている。
「長瀬くんなんて恐ろしく地味で平凡で、これといった特徴も何もないのに…」
「なんて失礼な!はっきり言い過ぎだろ!」
「ほ、本当に長瀬くんの妹?」
「はい、今のところは妹です!今のところは」
「今のところ…?」
「今までもこれからも妹だっての!明日香、余計なことを言うんじゃありません!」
未だ驚きから立て直せないつかさ。にこやかに応じる妹、明日香。
人前では空気を読んで暴走控えめの明日香だが、テンションが上がってしまえばボロを出す。当たり前だが明日香が極度のブラコンだということを、つかさは
しかし、何をどう勘違いしたのか。つかさはスッと目を細めて
「………。この人に脅されてるのなら、信用できる偉い人にブタ箱にぶち込んでもらうけど」
「嫌な予感がするのでスマホはしまってね!?」
そこまで信用ならないのか、こちらから隠すように明日香の手を引き「本当の本当に妹?」と何度も確認している。まぁ、確かに似てないとは自分でも思うが兄妹なのは間違いない。
「つかささん、ご心配ありがとうございます。お兄ちゃんはいつも優しいですよ」
「…ホント? 脅されてない?」
「むしろ私が脅したいくらいで――いえ、なんでもありません」
「明日香さんも嫌な予感がすること言わないでね!?」
しとやかに微笑む優等生。きらきらの光を宿す大きな瞳はひたすらに純粋無垢で、絵に描いたようなお嬢様。今日も明日香は清楚を体現する文句なしの美少女で…――なるほど、つかさが疑うのも無理はない。自分との共通点など目と口と鼻の数くらいだ。
「こんな可愛い子が長瀬くんの妹なんて…信じられない」
「俺も同じことを思ってたんだから、そのヘンで勘弁してください。で、明日香に何か用だったの?」
「あ、そうそう。はい、明日香ちゃんにプレゼント」
「? 私にですか」
「うん、入学のお祝い」
「わあ! ありがとうございます!」
手に持っていた小さな紙袋を渡し、つかさは優しい微笑みを浮かべている。「開けてもいいですか?」と嬉しげに問いかける明日香ににこやかに答えている。
「ハンドクリームですか?」
「うん、私のお気に入り。さらさらして良い感じなの」
「あ、香りもいいですね!」
「ほんと? 気に入ってくれたなら良かった」
二人は出会ったばかりだというのに、まるで十年来の親友のように親しげだ。つかさも敵から子を守る母親のような険も取れて楽しそうだし、妹のやつも先輩だからって緊張してないようだし、あの未来が現実化しなくて本当に良かった……一部は残念だったかもだが。
「わざわざ妹の為にありがとな、それを渡したかったのか」
「どういたしまして。借りは返しておかないと気がすまない主義なの」
「ふーん、義理堅いんだな」
「…ねえ、本当に妹なんだよね?」
つかさが深刻そうに問いかけてくる。明日香との友情が深まったおかげで、疑惑もより深まったらしい――――まぁ、表向きの明日香は純粋で本当に素直で良い子だし、何より美人だしな(※ただしブラコン)
「本当に脅してないのよね? エッチな隠し撮りで脅すとか最低だから」
「俺のことどんな目で見てんの!?どんだけ疑ってるんだよ、マジで妹だっての!」
「ホントなの?明日香ちゃん」
「はい! 私はあくまでも妹ですよ?」
「あくまでも…?」
「明日香さんはもうちょっと言葉を選ぼうね!」
「もう十分選んでるんですけど……ではそうですね、妹と言われれば否定することは難しい、と申しますか」
「………。キミ、明日香ちゃんに何をしたの?」
疑惑、不安、焦燥、負の感情に包まれながらも自信の割合は揺るがない。つかさパイセンが優秀な戦士のように訝しんでいる。下手を打てば長瀬悠人容疑者はポリスメンに…しかし上手く説明できる自信が、ない!妹の狂った性癖なんてどう説明すりゃいいんだっての!
「だー!もうダメだ!明日香!今日は一緒にスーパー寄ろう!買い出し頼まれてたよな!?」
「ええっ!?お兄ちゃんと二人っきりでですか!!もちろんです!(あと結婚して下さい☆)」
「お兄ちゃん、荷物持っちゃうからな!(ずっ
疑いを強めるつかさの前で兄妹は仲良くウインクを交わす。悠人も流石に初対面のつかさに妹の性癖を暴露するわけにもいかない、もはや勢いで乗り切るしかなかった。
「もう、お兄ちゃんのいけず!」「いやいや明日香さんや落ち着いて下さいね、殿中ですよ」と仲睦まじく(?)言い合う兄妹をつかさはいつまでも怪訝な目で見つめていた。
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