第2章 妹を求めて

第14話 『妹しか存在しない異世界に飛ばされたので妹でハーレムを作りました』体験版





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「んっ……」




茜色に染まる部屋で、少女は悠人を抱きしめると躊躇なく唇を重ねた。目を白黒させる悠斗の前で白くなめらかな肌と亜麻色の髪が落日の陽を浴びて輝いている。




「ん……ちゅ……はぁ…」




唇と唇を重ねるだけの繊細な口づけは、すぐに濃厚なディープキスへと移行する。悠人を抱きしめる細腕はひたすら優しく、それでいて離さないと強く訴えるよう。少女特有の蕾のような唇が悠人の唇を愛でる。




「ん……ちゅるっ♡ちゅる……くちゅ、くちゅ……んんっ♡」




一度こうなってしまうともう歯止めは利かない。少女は悠人の舌を貪り、唾液を絡ませる。胸に伝わってくる素肌の柔らかさと温もりは心地よく、鼻先で揺れる亜麻色の髪にはシャンプーの清潔な香りと少女の甘い体臭とが混じり合っていた。




「ん……ふ、ぁむぅ……んっ♡」




鼻にかかった艶めかしい声が耳朶を擽る。感極まっているのかキスだけで相当感じているようだ。押し付けられる素肌から彼女の身体がどんどん火照っていくのが分かる。




「んむぅ…っ…んんふん…んんんっ!」

「んむっ……あ、ちょ、ちょっと……!」




舌が本格的に絡められた時、悠人の思考は再起動に成功した。




「あん…!逃げるんじゃない。私の想いに応えて口を開けて舌を出せ、兄様、、

「にっ、にいサマ!? き、きみは一体…?」

「唇と舌で触れあっていれば分かる、優しく…確かめてくれ」

「な、何を言って…!?」




悠人の顔をじっと覗き込むように見つめる琥珀色の瞳。少女の白い手脚は今も悠人の身体を絡め取るように抱きしめている。


胸に押し付けられる剥き出しの双丘はいやらしく形を変えて、極上の柔らかさを視覚でも示していた。うっすらと浮いた汗が極上の曲線を伝って落ちてゆく。




「心配はいらない。私を信じろ……ユウト」




困惑しきる限りだが、意志の強そうな瞳は悠人を捉えて離さない。冷たい指が頬を撫で、亜麻色の髪が目の前で弾む。目が眩むような少女の甘い誘惑にぼうっと頭が熱くなってくる。




この子、、、もきっと、それを望んでいるはずだ。だから――」

「あ、明日香!」




唐突なキスから我に返った悠人は少女を放置して妹へ駆け寄る。大切な妹は先程まで苦しんでいたのがウソのように安らかな寝息を立てていた。




「明日香、無事だったか…良かった」

「心配はいらないと言ったろ。こうして私も転移に成功したからな」

「成功って… 一体、君は――」

明日香この子を伝って、ようやく兄様に会うことが出来た。もう一度繋がることができた……こんなに嬉しいことはない。」




涙に声を震わせる少女に再び背中からぎゅっと抱き締められる。




「あ、あの…」

「まったく…、世話のかかる兄様だ。心配、したんだぞ…」

「だから、兄様って……」




何が何だか、さっぱり分からない。


そもそも悠人には明日香以外の妹は居ない。だが、不思議なことに少女が全くの他人とも思えない。




「君は…、誰なんだ?」

「ふふ、当ててみせろ。ここまで手間取らせたんだ、私からは教えてやらないぞ」

「いや、ゼンゼン分からないないんですけど…」

「本当に私が分からないのか…?ユウト、、、




見知らぬ少女に耳元で名を呼ばれ、悠人はますます怪訝な表情になる。状況に対して理解がまるで追いつかない。




「どうして俺の名前を知って?」

「どうしてって……当たり前だろ。私はその子――明日香でもあるんだから」

「き、君が明日香?!」




少女のあまりに突拍子もない発言に悠人は動揺を抑えきれなかった。平静ならば受け流してしまう現実味のない言葉。しかし、これまでの状況を顧みると一概に否定できない。




「君は確かに明日香から出てきたように見えたけど、でも明日香はこうして寝てるわけだし……」

「この間、風呂場で幼い明日香に好き放題しただろう?あの年増と一緒に。あれは私だ」

「あ、あれは夢じゃなかったのか!?」

「? 当たり前だ。夢のワケがないだろ」

「マジか……あれが……」

「あの時はまだ転移も未完で身体も万全じゃなかったが――」

「あれが……あれが…事実……俺はなんてことを……」

「? 何を落ち込んでるんだ。あんなに気持ちいいのは久しぶりだったぞ。特に石鹸のぬるぬるを利用してお尻の――」

「もういい!詳細をっ!詳細を語らないでくれ!」

「? 兄様がそう言うなら止めておく」

「……終わった……」




己の醜態に目の前が真っ暗になり、がっくり項垂れる悠人。少女は不思議そうな顔で、気落ちする悠人の頭をぽんぽんと撫でる。




「とにかく、兄様がそうしてくれたおかげで、、、、、、、、、、、こうして上手くあちらと繋がったんだ。そう落ち込むことはないぞ」

「落ち込むだろ……、落ち込むだろ……」

「この子は私と存在を殆ど同じくする、私のゲートだ。兄様の風呂場での調教のおかげでリンクが整ったワケだぞ。むしろ良くヤッてくれた」

「ヤる……調教……なんてことだ……なんてことだ……」

「ロリエフの技術など半信半疑だったが、うまくいって良かった。うむうむ」

「俺って…俺って……ううぅ…!」

「元気を出せ兄様!男児としてはちょっと荒々しいくらいが頼もしいんだぞ!」

「荒々しい……俺は二人に何を……ナニを……!」

「それに完璧に転移するには最後のひと押しが必要だったんだ、あの年増がやらかしてくれて好都合だったんだ。兄様が気に病む必要はない!」

「あの、さっきから何の話を……?」




『ゲート』だの『転移』だのと会話に挟まれる単語の意味がさっぱり分からない。ブラコン妹のアレなノリが挟まれてもちんぷんかんぷんだ。




「だから説明してるだろう?明日香の身体は向こう側と此方側をつなぐゲートだ。この子を通って私が出てこれたんだ」

「はあ…」

「兄様の鬼畜調教のおかげで、私とリンクが成功したんだ。だから今此処に居る」

「………つまり、どういうことだってばよ?」





悠人は『鬼畜調教』という言葉を敢えて無視した。精神的に立ち直っていないが少女の言葉が気になる。




「ふむ…、ありきたりに言えば、私は別の世界から召喚されたのだ。」

「召喚獣的な?」

「ケモノではないぞ。失礼だな」




怒った少女にかぷり、と背後から耳を甘噛される。痛い。




「とにかく、私は明日香であって、明日香でない。しかし兄様の妹であることは間違いないぞ」

「ふーん…」

「深く深く繋がった、身も心も繋がった魂の兄妹。それが私達と兄様だ。以上で分かったか?」

「はあ…」




分かったような分からんような。




「ふむ。では、私の名前を――」

「…悪いけど、そんな冗談みたいな話も風呂場の話だって信じられない。君は明日香と打ち合わせてどこかに隠れてただけじゃないのか?」

「兄様……、――ふ、ふふっ」

「……なんだよ」

「いや、すまない。ふふっ、ふふふっ!」




少女は悠人の言葉に優しく微笑みかけながら言葉を続ける。




「兄様は『人から聞いた話はともかく、自分が見たものは信じる』と言っていたがな……やっぱり、信じるのは難しいらしい」




誂うように笑う少女に悠人は二の句が継げられない。確かに少女の言ったとおり、悠人はオカルトやファンタジーなどの空想は信じない。同じセリフを妹の明日香にも言ったことがある。




「打ち合わせ通りにやったんだがな…。一体、どう言葉を尽くせば信じられるのか、質量を伴った影だとでもいえば分かりやすいか…?」




抱きついていた悠人の背中から離れ、一人思案にふける少女。今も裸のままの少女は豊満な胸を持ち上げるように腕を組んでいる。思わず振り向いて見てしまった悠人は、あまりに扇情的な光景にすぐに背を向ける。




「? どうかしたか兄様」

「ま、まぁ気になることは色々あるんだけど、とりあえず服を着てクダサイマセンカ?」




瞼に焼き付いてしまった少女の姿に、悠人は思わず声を上ずらせる。なんだかんだと意味不明な説明を聞いたが、この場に裸の少女が居ることは嘘ではないのだ。




「服? そんなものは持ってないぞ」

「持ってない!?」

「ああ、不純物があると此方に来られなかったかもしれないからな」

「……ソウデスカ。では明日香の…妹の服でいいので、お願いします。そっちのタンスに入ってますので」




妹と裸の少女と自分。今更ながらに非現実的な空間に居ると悟り、悠人に精神的余裕はない。しかし、少女はやけに堂々とした声で




「服なんて、これから必要なくなるだろう…――あ、前に教えてくれた”フェチ”というやつか?」

「ふぇ、フェチ? とにかくその、何でも良いので服を――」

「断る。」

「な、なぜですか!?」

「さっきから兄様が私を見ないからな。私はこうして苦労して此方に来たんだぞ?一体どれだけ時間がかかったと思ってるんだ。少しは労ってくれていいだろうに」




むにゅっ




裸の少女は再び悠人の背中にしがみついた。メロンのように豊かな膨らみが押し付けられ、悠人の背中に柔らかさと熱を伝える。『乙女の柔肌』という単語が悠人の脳裏を一瞬よぎった。




「っ! 身に覚えがないです!と、とにかく服を着て下さい!」

「嫌だ」

「お願いですから!あと離れて下さい!」

「断固拒否する」



むにっ



「ひえええええええええ!!」

「なんだその悲鳴は…。当ててるんだぞ?兄様はこうされるのが好きだったろう」

「人違い!人違いです!」

「まったく、仕方ないヤツだな。あれだ、脱がせたいというワケだろう?」

「そうです!そうです!なんでもいいですけど服を!」

「…まったく、相変わらずエッチな兄様だ。初めてで難しいが、やってみよう」




全裸で現れた女の子に『エッチ』と罵られる。ようやく話が伝わって安堵した一方、腑に落ちない悠人の前で少女の身体が閃光に包まれ――次の瞬間、少女は白の騎士服を纏っていた。




「上手くいったか。やっぱり一番最初はこの騎士服だ、懐かしい…」




ふふふっ、と楽しそうに笑う少女が何を言っているのか、やはり悠人にはさっぱり分からない。怒涛の非日常過ぎる展開に脳が、思考がついていかない。




「どうだ、似合うか?兄様も懐かしいだろう」

「え…、あ、はい」




女騎士の花のような笑顔にとりあえず、頷いておく。


少女の格好は一見するとただのコスプレのようだが、服の素材と仕上げが『本物』の迫力を持っていた。寸分の狂いもなく少女の身体にフィットしている白い騎士服は誇りと魂を感じさせる仕立てである。凛とした雰囲気の彼女によく似合っていた。




「そうだろう、私も懐かしい。この装備で兄様と駆け抜けたあの日が――」




――ただ、その笑顔は本当に嬉しそうで、そしてどこか切なさも孕んでいる気がした。




「それで、他に注文はないのか?兄様」

「いや、もう何がなんだか……とりあえず服はそれでいいです」

「フッ…、私の名前は思い出したか?」

「思い出すも何も、知らないんですが…」

「では教えてやらん」

「………。」

「まだ何を疑っているんだ?風呂場でもあちら側でも、あんなに私のことを滅茶苦茶にしたクセに…」




凛とした女騎士は薄く微笑みながら悠人を見つめている。涼し気な目元に浮かぶ好戦的な雰囲気は獲物をいたぶる女豹のようだ。




「君はその……、俺と会ったことが?」

「私は兄様の妹だ。此処ではない、別の世界のな…」




出だしからいきなり躓いてしまった。意味が分からない、理解不能。




「家にはどこから、どうやって入ってきたの?」

「この少女を通じて此方に来たと言ったろ。何度も何度も実験して、漸く来ることが出来たんだ……あのエフには感謝せねばな」

「は、はぁ…」




やれやれと肩を落としながら答える女騎士さん。やっぱり意味が分からない。




「えーっと、君は明日香……じゃないよね?明日香だとか言ってけど違うよね?本人は今も寝てるし」

「私の名はアスカではない!何度も何度も同じ間違いをして……っ!いい加減に名前を覚えろ、兄様!」

「は、はぁ…、すみません」

「もし今度間違えたら、私が兄様を縛るからな!」




何故か怒られてしまった。『縛る』を含めて意味が分からない。




「あの…すみませんが、もう少し詳しく自己紹介をしていただけませんか?」

「まったく、お互いのホクロの数まで知り尽くしているのに…今更だろう」

「………。そこをなんとか、お願いします」

「やれやれ、欲しがりな兄様だ。仕方ないな」




女騎士のセリフがいちいちスケベなオッサンみたいだが、悠人は流すことにした。このあたりの問答は妹の明日香で慣れている。




「やれやれ、こうまで鈍いなら仕方がない。これを読めば、きっと私が分かるだろう」




そう言って女騎士は明日香の机から一冊のノートを手に取る。優等生妹、明日香の赤いノート。それはあの問題作が書かれたノートで…




「それでは、聞くが良い。『妹しか存在しない異世界に飛ばされたので妹でハーレムを作りました』――第二話」

「…続編……だ、と…っ!」





*****



***



**



*





異世界転生した長瀬悠人は、女騎士アスナに城へと連行された。だだっ広い玉座の間で跪かされる。そこは白い城壁、白い大理石、全てが白で統一された空間だ。




「今から女王陛下がお会いになる。大人しく待っていろ」

「明日香……」

「いいか、陛下に近づくなよ?触ろうとするなよ?私にもだぞ?触ったら許さないからな」

「明日香……」

「私はアスナだと言っただろう!話は聞いているんだろうな?!」

「明日香……」

「貴様…っ!口の聞き方を――んにゅぅーっ!はぁんっ♡しまったぁ!触ってしまったぁああああああんっ♡」




女騎士が絶頂にその身を震わせた時、玉座の間に美しい鐘の音が響き渡る。跪く悠人の目の前に一筋の光が降り注ぎ




「ご苦労でした騎士、アスナ――ついに見つけたようですね」




現れたのは、白い女だった。


月明かりを映したような長い銀色の髪、宝石のように煌めく紫青の瞳。女性として豊か過ぎる身体を露出の激しい白のドレスが受け止めている。全身が白い輝きで満ちた、白い女。



一目で高貴な者だと分かるが、視覚的な衝撃は男ならば誰でも思考停止に陥る程だ。悠人はそのまま呆然と見惚れてしまっていた。




「この邂逅を歓迎するべきか、せざるべきか……ともあれ、名前くらいは名乗っておきましょう。私は白の女王、アリシア=スターチエル=カーミアと申します」




薄い唇を綻ばせるアリシアに悠人は知らず息を呑む。美しい白の女王が放つ濃厚な色香はまさに魔性、そう表現するのが相応しい。




「異界の戦士よ、そなたは………アスナ、どうしました?」

「はひはひはふ……もうらめぇ…っ♡」

「――アスナ?」

「んにゅ……、んにゅぅっ…♡おにいちゃぁん…っ♡」

「…アスナ、目を覚ましなさい」




女王の言葉と共に、アヘ顔で伸びている女騎士の身体が白い光に包まれた。優しい輝きの中で幸せそうに理性を失った表情がゆっくりと元の凛々しいものへと戻ってゆく――




「――はっ!」

「大丈夫ですか、アスナ」

「こっ、これは陛下!申し訳ございませんっ!」




女王に向けて慌てて頭を下げるアスナ。地に頭をつくほど平身低頭しつつも、隣で跪く悠人は針で刺すように睨まれる。敬愛する女王陛下の前で失態を晒してしまい女騎士は大変に怒っているようだ。



アスナは跪いたまま、よく通る声で進言する。



「この男こそ、我々が長年探していた者かと!見てくれは怪しい不審者ですが、強大なお兄ちゃん力といい、ケタ違いの保有スキルといい、装備している凶悪過ぎるモノといい――間違いありません!」

「なるほど、そうですか…。貴方がそこまで言うのであれば、本物、、なのでしょうね」

「は、はいっ!」

「ところでアスナ、その男はなぜ裸なのです?――随分と立派なモノをお持ちですが」

「し、失礼しました!」




女騎士の失態パート2。ついに涙目になったアスナは悠人を親の敵のように睨みながら指にはめた銀のリングに触れる。




「いいか、動くなよ…動いたら切り落とすからな…!」




何もない空間からマントが現れ、不思議そうに見つめる悠人に決して触れないようにそれを羽織らせた。




「――そなた、名は何というのですか?」




失態続きで最早泣きそうな女騎士を眺めながら、女王はゆっくりと問いかける。天上人からの問いかけに気圧されることなく、悠人はその口を開いた。




「明日香…」

「…『ナガセ・ユウト』殿ですか。やはり、貴方がそう、、なのですね…」

「明日香…」

「ええ、そうです。此処は貴方が住んでいた世界とは異なる世界――貴方は此方へと召喚されたのです」

「明日香…」

「混乱するのも当然でしょう。しかし申し訳ないですが、元の世界に帰れるかは私には分かりません。そして、その方法も今や失われています」




視線を落とすユウトにアリシアも申し訳さなそうに目を伏せる。




「此方では現在、戦争中なのです。もしかしたら、貴方が此方に召喚されたのはそれが原因なのかもしれませんが――」

「ですが陛下!その戦争もこの男がいれば終わります!」




女王の言葉を興奮気味に遮って、アスナが立ち上がる。それは不敬な行為であったがアリシアは咎めない。戦争によりアスナは既にたくさんの仲間を失っている。国を治める者として、アリシアは責任を痛感していた。




「この男の力を使えば、たとえ万の兵が攻めてきても打ち破れます!コイツの力を使うべきです!」

「…アスナ、この戦争は私達の問題です。異界の戦士に解決を頼るというのは筋が違います」

「ですが!このままでは…!」

それでも、、、、です。自国の問題を、力があるからといってユウト殿に無責任に背負わせるわけにはいきません。」

「しかし!アリシア様!」

「そのような事をしてしまえば、たとえ国を守れたとしても国家の威信を失ってしまいます。」




女王の固い覚悟を前に、アスナは息を詰まらせる。重い緊張が漂う玉座の間で、唯一理由の分からないユウトは首を傾げる。




「申し訳ありませんが、ユウト殿。元の世界へ戻る方法は私達が全力で探しますので、今は此方に留まっては頂けませんか。」

「明日香…」

「いえ、しかし……」

「明日香…」

「理由を、ですか――しかし、貴方には此方の事情は関係がないはずでしょう」

「明日香…」

「――分かりました。そこまで仰るのであれば、この世界について、そして争いについて少しだけお教え致します」




悠人の力強い言葉にアリシアはそっと目を伏せる。自身の決意は変わらないが、異界の戦士であるユウトが身を護るためには多少の情報は必須であると判断した。




「この世界には五人の女王が居ます。私達はこの世界を安定させるために存在しているのですが――その一人、黒の女王が反旗を翻したのです。」




当時を思い出し、悲しげにまつげを震わせる白の女王・アリシア。アスナもぐっと拳を握り、唇を噛みしてている。




「『お兄ちゃんが居ないこの世界など、もう必要ない。壊れてしまえ』――黒の女王、ナガセ=アスカはそう宣言して我々の国へ兵を向けました。彼女の力は強大で、あっと言う間に緑の国を責め滅ぼし、緑の女王アイリスも今は捕らえられていると聞きます。そして、行く先の街を滅ぼし、戦力を増やしながらもうすぐこの国へ――そうなれば、私達に勝ち目はありません」




大きな窓から覗く青空を見ながら、アリシアはそっと息をつく。平和な時間は長くは続かない。たとえ黒の女王の軍を退けたとしても世界の崩壊は近いのだ。




「この世界には『お兄ちゃん』は存在していません。男も居らず、しかし、妹だけは存在している歪な世界なのです。我々はそれでも生きている以上、世界を守っていきたかったのですが…――黒の女王は純粋ですから、耐えられなかったのでしょう」

「明日香…」

「ええ、貴方の言う通りです。黒の女王は貴方の知っている妹かもしれません。崩壊しかけているこの世界に貴方が迷い込んだのも偶然ではないのでしょう」

「明日香…」

「そういうことだ。つまり、貴様は呼ばれたのだ。極めて近く、限りなく遠い世界からな」

「…………。」

「んほっ♡んあっ♡んにゅうううっっっ♡♡ ――っ!ななっ、なんれ触ったんだぁっ!」

「明日香…」

「ど、『ドヤ顔がなんかムカついたから』だと!?巫山戯るな!二度とするんじゃない!」




真っ赤な顔で怒るぷんすかとアスナ。拳を振り上げるが、しかし殴るわけにはいかずに地団駄を踏んでいる。緊張した空気の中、敬愛する女王陛下に二度もアヘ顔を晒してしまって顔から火が出るほどに恥ずかしかった。




「ユウト殿、貴方が元の世界へ戻る方法は我々が探します。ですから、今は我々に任せて安全な場所に避難をしてください。」


「ユウト!共に戦ってくれ!このままでは私達は全滅してしまう!私はもう仲間を失いたくないんだ!」




女王の静かな声、アスナの悲痛な叫びを聞く前に。ユウトの覚悟は既に決まっていた。




ユウトの戦いが、今、ここから始まる――





*****



***



**



*





「――ということだ、分かったか?」

「何も分からんよ。バカか」




ドヤ顔の女騎士に、つい本気でツッコんでしまった。




「んなっ!?なんだと!兄様、今私にバカと言ったか!?」

「妹のトチ狂ってお友達にでもなりにいった本を読んで、一体何のつもりだっての!」

「この話は私達と兄様の冒険の物語だぞ!事実なんだぞ!感動して泣いちゃうんだぞ!」

「妹がこんなモン二話も書いてただなんて、俺は目眩がしてくるわ!精神構造を疑うわ!」

「聞き捨てならないぞ兄様!感動を記録に残したいと、苦労して皆で思念波を送ったんだ!仲間皆で協力してやっとこうして日の目を――」

「ボッシュ――――――トッ!!」

「兄様!?」




ポスッとゴミはゴミ箱へ。美しい放物線を描き、明日香の妄想作品はあえなく廃刊となった。ご愛読ありがとうございました!長瀬先生の次回作にご期待下さい!




「なっ、なんてことをするんだ!いくら兄様だからって許さないぞ!」

「兄だからこそ、家族だからこそ妹の汚点は隠させてもらいます。正気じゃありませんよ、こんなの!」

「こら…っ!よこせ兄様!まだまだ続きがあるんだぞ!」

「ふん!」

「お、おのれっ!こら!よこせと言うに!」

「断る!フンフンフンフンフン!!!」

「くっ…!こちらでは普通の一般人のくせに!なんてすばしっこいんだ!」




美貌の女騎士が必死でゴミ箱を漁ろうとするも、悠人は鉄壁のディフェンスでこれを防ぐ。長瀬悠人は長年のブラコン妹との攻防でディフェンスには定評があった。




「察しの悪い兄様の為にこうして面倒な説明までしてるのに!こらっ!いい加減よこせ!」

「断る!!」

「それに私の名前は思い出したのか!?その為に読んだんだぞ!」

「『私がさっきの女騎士、アスナだ!』とか言いたいんだろ?」

「そうか。なんだ、分かってたのか」

「まぁな。ココまでされたら誰でも分かるだろ」

「そうかそうか、鈍い兄様でも私のことが―――って隙きあり!」

「ところがギッチョン!」




すばやく伸ばした手を払い除け、悠人はゴミ箱を死守。アスナの攻め方は明日香によく似ているので読みやすい。油断させようとしても目の動きで行動が読めてしまう。




「俺はこのゴミ箱だけは死守させてもらうぞ!!」

「くッ…!なんで兄様は私には意地悪ばかりするんだ!酷いぞ!兄様のいけず!」




いけずて。明日香以外にそんなこと言うやつ初めてみた。




「私がこうして具現化できている時間も長くないんだぞ!説明にどれだけ時間を取らせるんだ!」

「そんなものは知らん。早くお家に帰りなさい。職質されたら『今日はハロウインだと思った』とでも答えるんだぞ」

「ハロ…?私は帰らないぞ!それに、このままだと明日香は大変なことになるんだ!いいのか?!」

「なんだよ大変なことって……。こんなモンを書いてることが既に大変なことだと思うけど」

「明日香の為を思うなら、私に協力するんだ。兄様」

「なんだよ…?」




アスナの真剣な言葉に悠人は首を傾げる。彼女に対する疑惑は薄れたものの言動も行動も不可解なのは変わりない。




「明日香はこのまま成長すると、この国初の女性総理大臣になってしまうんだ」

「…………え?」




唐突な言葉に悠人は息を呑んだ。幼い頃に聞いた明日香の将来の夢は『お兄ちゃんのお嫁さん』と『内閣総理大臣』だったからである。そしてその夢は今も変わっていないはずで、




「総理大臣になった明日香は国民の圧倒的な支持の元で法を改正し、兄妹での婚姻を成立させてしまうんだ」

「\(^o^)/」




明日香の高すぎる能力を考えれば、あながち有り得ない未来だと思えない。むしろあのブラコン妹は全力で夢を叶えようとするだろう。妹が夢の先にある野望まで悠人は考えていなかった。




「もしくは、山奥の寒村で独身のまま一人寂しく暮らすことになる。たまに壁に話しかけて過ごすようになってしまうんだ」

「なんという悲惨な二択………!」

「仕方ないだろう。兄様への恋に敗れれば死ぬか尼になるしかない」

「いや、あるだろ!他にもたくさん!」

「ない。私でも他に選ぶ道はないな」




きっぱりと言い切るその表情に気圧されてしまう。話の内容はともかく、彼女の言葉に嘘はないようだった。




「私としても、明日香この子の未来は極端だと思う。だから、それを変える為の手段を伝えに来たんだ」

「なんだ、そんなこと出来るのか?」

「言っておくが、説得などの生ぬるい手段では当然無理だ。明日香のお兄ちゃんへの欲求は無限大だからな。砂漠に水を流しても緑が栄えないように、すぐにお兄ちゃんへの愛が枯渇してしまう。」

「そんな普通じゃない妹をどうしろと…」

「だから、普通ではない方法を使うんだ」




単純すぎる答えだったが、他ならぬ彼女が言うなら反論しようがなかった。悠人の瞼には未だ白い裸体が焼き付いている。




「具体的にはどうやって…?」

「風呂場でやった事と同じことをする。私にな」

「風呂場って…」

「なんだ、忘れたのか?石鹸のぬるぬるを使って幼い明日香の胸や尻で――」

「言わなくていい!詳細は!」




嬉しそうに語ろうとするアスナの口を塞ぐ悠人。自身の悪行についての詳細を知りたくなかった。




「つまり、だ。年増が言っていたように、明日香の心を直接満足させてやれば良いんだ。そうすれば明日香は普通の妹になるだろう。私が愛情を何倍も増幅させて明日香に伝えればな」

「そうなの…?そんなもんなのか?」

「ああ、男だってヌいたらスッキリして冷静になるだろう?それと同じことだ」

「例えがエグい!」




女騎士の説明が身も蓋もなさすぎる!




「明日香の普通の妹化への道、その手助けを私達がしよう。これまでの兄様への恩をここで返させてもらう」

「お、おう…」

「ああ、大船に乗ったつもりで居てくれ。何の心配もいらないぞ」

「ああ、分かった…頼むよ」




アスナの瞳と言動に嘘はないと悠人はみた。こうなれば信じる他はない。




「やっと分かってくれたか兄様!これからも宜しく頼む!」

「あ、ああ…よろしく」

「ああ、兄様…っ!任せてくれ!」




澄んだ大きな瞳を輝かせ、悠人の手を取るアスナ。亜麻色の髪を背中で揺らし、まるで仔犬のしっぽのようだ。




「では早速、始めようか兄様」

「ああ…って、具体的には何を…?」




いそいそと服に手をかけるアスナを不審に思いながら、悠人は声を掛ける。




「子作りだ」

「は?」

「子作りだ」

「ha?(゚д゚)?」




おかしい。耳がイカれたかもしれない。




「私はずっと溜まってたんだ!早く私と子作りセックスしろ!」

「!? なんば言いよるとね!?!?」

「私は兄様とずっとずっとシたかったんだ!自慰だって我慢してたんだ!いいから早くしろ!」

「へ、ヘンタイぃい!!優しい写真ば見らんね!!」

「そんなもの見るかバカ!い、いいから兄様も服を脱げ!」




この脈絡の無さは妹の明日香そのもの。


初っ端から全裸だった少女が、今は恥ずかしそうに頬を赤くしている。一体どこで羞恥心の線引をしているのか。それにこのノリ、この会話のブッ飛び具合、まるで本当に妹と会話しているようだ。




長瀬悠人の知らないうちに、日常は大きく変わろうとしていた――


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