第20話 【閑話】頭文字B




――ウチにはブラコンの妹がいる。





「お兄ちゃん!これを見て下さい!」




ドアが蹴り飛ばされるように開き、興奮に昂ぶる声が飛び込んできた。




「なんだよ明日香…」

「いいからコレを見てください!」




ぱんぱんに膨らんだランドセル。しっかりと校則を遵守した制服。

艶やかな黒髪を二つ結びのツインテールにした気詰まりな優等生――声の主は小学四年へ進級したウチの妹、長瀬明日香だ。




「ようやく手に入れたんです!これでもうお兄ちゃんには負けません!」

「お前、それって…」




茶の間でくつろぐ兄に、ゲームソフトを紋所のように見せつけて笑う明日香。手にしているのは今人気のカートレーシングゲーム。先日、兄妹で対戦して(明日香が)ボコボコにされた因縁のブツである。




「フフフ…! お兄ちゃん!いざ勝負ですっ!」




ブラコン の いもうと が しょうぶ を しかけてきた!




「できることを ふやして リソウのオヨメサンに ちかづきます!」

「なんなのその話し方……でもいいぜ、軽くもんでやんよ」

「ええっ!? お、お胸をですか…!?でもでもっ私まだ大きくないですよ…?」

「負けた方がハンバークの下ごしらえ担当な、玉ねぎみじん切り(スルー)」

「それは了解しました!ですが、私は勝った方のご褒美も決めたいです!」

「別にいいけど…勝てんぜ?お前は」




挑発の意味を込めて、渾身のドヤ顔を向ける。しかし明日香は激昂するのではなく悔しそうに眉を潜めて




「もしかするとお兄ちゃんに勝てないかもしれませんが――私にも意地があります!今日こそは勝ってみせます!」

「…ふぅん。そこまで言うなら頑張れな」

「はい!熱くなります!熱い血燃やしてきます!」

「…ま、ゲームの経験値的に勝てるとは思えんけどな」

「それはお兄ちゃんが『ゲームは一日三分三十秒』とかいって私に練習する機会をくれないからじゃないですか!」

「だってお前ムダに強くなろうとすんだもん。ムダに」

「だから私は今日までイメージトレーニングを欠かしませんでした!」

「そういうとこやぞ」




ウチの妹は兄である俺と比べて遥かに優秀だ。何もかも兄の俺よりうまく出来る。ゲームくらい圧勝させてくれたっていいじゃないか。



長瀬明日香は穏やかな美貌と性格で勉学、スポーツ、家事までもそつなくこなすパーフェクト妹。当然のように頻繁に男どもから告白される美人妹なのだが、明日香は未だに一度も告白を受け入れたことはない。




その理由は――




「お兄ちゃん、もし私が勝ったら――私とデートして下さい!」

「えー」




ウチの妹はとんでもないブラコンなのだ。




「そんな『またかよ』みたいな顔で言わないで下さい!さすがに傷つきます!」

「だって、その条件はもう何度目だよ。懲りないねぇキミも…」

「私はお兄ちゃんとデートするまでは退きません!媚びません!省みません!」

「歴史を直視しろよ」

「私が華麗に勝利するシーンをお兄ちゃんが直視して下さい!」

「ことゲームに関しては一度も勝ったことないクセに……えらい強気だな」

「ふふん、だって私の『朱甲羅』は必ず命中するんですから!」

「へー」




どやっさと膨らみかけの胸を張り自慢する妹。『朱甲羅』は100%命中するゲーム内のお邪魔アイテムだ。初歩中の初歩知識である。




「私のトゲ甲羅も絶対に当たるんです!」

「ふぅん」

「雷を使うと私以外のマシンは小さくなります!」

「はぁ…、その程度の理解でよく俺に勝てるとか…」

「フッ!バカにしていられるのも今のうちです!我に秘策アリ!ですから!」

「あーはいはい」

「私が勝ったらイチャラブ濃密デートして貰いますからね!!」

「しれっと要求を上乗せするなよ」




ツッコミは華麗にスルーしつつ、明日香はゲームを起動させる。液晶画面にドット絵とタイトルが表示され、ピコピコ音をリビングに響かせる。




「『マニオカート』…このゲームもどんどん面白くなるよなぁ」

「フフ…、ですがお兄ちゃんにとっては面白くないゲームになるでしょうね」

「なんでだよ」

「それは、今日ここで、私に、完膚なきまでに叩きのめされるからです!!」

「…カチンときたぞ。なら、手加減抜きでボコってやるからな」

「フフン!返り討ちにして泣かして膝枕でよしよししてあげます!んふふふ!」

「ふん、ぬかせ。玉ねぎで涙目になるのはそっちだぞ」




挑発するように口端を歪める明日香。差し出されるコントローラーを握りながら俺と妹は火花を散らした。




「勝負は下りコース一本勝負です!いいですね?」

「当たり前だ。走り屋は下りが早くなければ走り屋とは言えないからな」

「真の走り屋とは何か、お兄ちゃんに見せてあげます!」




お互いに挑発を鼻で笑いながら、コントローラーで手早くキャラクターを選択肢。ステージはランダムに設定、そのままテレビ画面に視線を固定する。語るべきことはもうなかった。





3



2



1




GO!!!





「フッ…!!どうですか!『スタートダッシュ』です!」

「…。」




スタート直後、明日香の選んだキャラクター『ノロノロ』が特出する。出遅れる俺のマシン。スタート直後のダッシュはゲームに慣れたら誰もが使うテクニックの一つだ。




(へぇ…、明日香も言うだけはあるじゃんか)




目の前を走る明日香のマシンを追い駆ける。俺の選んだキャラクターは重量級キャラクター『クッタ』。加速が悪いが、しかし最高速度は明日香のマシンより上だ。




「ココはコーナーの多いコースです!そちらは最高速が上かもしれませんが、アイテムで巻き返しも可能!コーナリングに優れる『ノロノロ』には勝てませんよ!」




ドヤる妹の言う通り、『クッタ』は直線でのスピードがウリのキャラクター。一方で『ノロノロ』は曲がりくねったコーナーでの加速に強く、このコースとは相性がよかった。




(やるじゃないか明日香…直線では差をつけられるが、コーナーの立ち上がりで互角に…)




二台のマシンは最高速度を維持したまま、連続するコーナーへ突っ込んでいく。俺は明日香の持っている妨害アイテム『朱甲羅』を当てられないよう警戒し、ギリギリをついていく。




「コーナーでちぎるのが本当の走り屋です!直線が速いだけのお兄ちゃんには負けません!」




挑発し続ける明日香に対し、無言で画面を見つめたままコントローラーを操作する。



ヘアピンだらけの難しいコースを二台のマシンは線の上をなぞるように滑ってゆく。初心者では暗い奈落へ真っ逆さまのコーナーをトップスピードで抜けてゆく――




(前よりスキがなくなってる……ずいぶん上手くなったな……そういうとこやぞ)



「フフッ!あと一周!私の勝ちです!お兄ちゃんのキスは貰いました!」




明日香は途中で入手した全能力値アップアイテム『スター』を温存していた。あくまでもテクニックで勝つつもりらしく、使う気はないらしい。




(…こっちも妨害なしで抜かないと、勝ちを認めないだろうな…このブラコン…)




「この勝負は貰いました!お兄ちゃんは薄い本で夜の予習をして下さい!…きゃっ♡」




(仕掛けるポイントは………この先の五連続ヘアピンカーブ!)




二台のマシンが全開でコーナーへ突っ込んでゆく、完璧な下りのブレーキングドリフトで右のヘアピンを抜け、次のヘアピンに突入し――




「!!? そんな!そっちは壁ですよ!?何考えてるんですか!?」




『クッタ』がオーバースピードで壁へ突っ込んでいゆく。明らかに愚策と言える展開は誰が見ても自暴自棄な行為にしか見えなかった。




しかし、




「!! まさか!!お兄ちゃん!!?」


「そのまさかだ!」




ブロックの壁に向けて『朱甲羅』を発射。猛スピードで射出された甲羅はそのまま壁を砕き、ゴールとマシンは空間を経て一直線に繋がる。




「なん……ですって……ッ!?」




猛スピードで跳ね返ってきた甲羅を踏み越え大ジャンプ。コースの半分以上をショートカットし、『クッタ』はゴールテープを切った。






****



**



*





「こんばんは♪ あら、明日香ちゃんは料理中?」

「あ、お久しぶりです…秋穂姉さん……」

「うん? 明日香ちゃん泣いてるの…?」

「ええ、玉ねぎが、目に染みまして……ぐすっ」

「そう?」




それにしてはやけに目が赤い気もするが、秋穂はそれ以上は訊かないことにした。




「あ、秋穂さん…お久しぶりです」

「悠人くん……。ねえ、なにか良い事でもあった?」

「…え。いえ、別に大したことはありませんよ」

「そう…。ねぇ悠人くん、おねショタって知ってるかしら?」

「? なんですかそれ」




なぜなら秋穂にとっては悠人がメインでの来訪であり、ブラコン妹にはあまり興味はないのである。




「ふふ…じゃあ、向こうで教えてあげるわね…♡」

「あ、やっぱいいです」

「まあまあ、遠慮しないで♡」

「スタデイするです」




妖しく笑う秋穂に身の危険を察知し、くるりと反転、自室へと向かう。こうして悠人は危機回避能力を鍛えられるのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る