第24話 兄の勇者の起き上がり





「――以上、『妹ハーレム』第四話でございました。如何でしたか、ご主人さま」




全身を包む温かく、柔らかな感触。微かに香る、ほんのりと甘い匂い。朝、目覚めた瞬間に問いかけられた。




「……今、なにか言ったか?」

「このセリフ量で聞こえなかったとかどんだけですか!お兄ちゃん!」




すっとぼけてみれば、右側から明日香に怒られる。

目覚めれば左手にセリア、右手に明日香と『両手に花』状態で添い寝されていた。おかしい、昨夜は一人で寝たはずなんだが――




「…ふふ、本の読み聞かせっていつ以来かしら? またやりたいわ」




頭上から囁かれる穏やかな声。髪を撫でる優しい指先。声の主は和風美女、秋穂さん。そして同時に理解する。この柔らかく温かい枕は剥き出しの太腿だということに。




「あの、皆さん……なぜ、ここに…?」

「これはバイノーラル読み聞かせによる睡眠学習です!」

「は…?」

「妹による極上耳リフレです!ハイレゾASMRです!」

「え…?」

「近すぎて最早本物!VR長瀬明日香です!」

「ちょっと何言ってるか分かんないです」




右側から明日香が説明してくれるが理解不能だ。自分本意な説明をまくし立てる明日香は頬を腕にすりつけ、満面のデレ顔で腕枕を楽しんでいる。当たり前だが、自分から腕枕をした覚えはない。起きたら女まみれとかどこのハーレム王だ。




「カギかけてたのにどうやって入ったんだ」

「? 破壊しましたけど…?」




さも当然のように答える銀髪ロリ妹。左側では似たような幸せ顔でセリアが腕を抱き枕化していた。セリアの部屋は『時空歪曲魔法』とやらで押入れの向こうに設けられていたはずだ。




「俺、全然気づかなかったけど…魔法で…?」

「いえ、この槍でえいっと」




何処からか出現させた槍をブン、と振ってみせるセリア。力強い風が頬を掠める。




「ご主人さまとわたくしたちを阻むものは――」

「どんな硬く厚い壁も!」

「打ち貫くのみ…よ♡」




なに、この人たち、怖い…。


前に潜入された時からぶっといチェーンかけてたのに…無駄に息を合わせてきて恐怖しかない。ウチにはサイコパスしか居ないのか。




「どうされましたか、ご主人さま。そんな呆然として…わたくし、また何かやっちゃいました…?」




なんだろう、軽くムカつくんだが。これは煽ってるんじゃないよな…?




「それよりどうでしたか!お兄ちゃん!お待ちかねの第四話をお送りしましたけど」

「お待ちかねって…まったく待ってないんだが」

「照れてないで感想をぜひぜひお願いします!作者の励みになりますので!」

「作者ってお前だろ…?」



はあはあと熱い息を吐いている明日香がグイグイ迫ってくる。



「小さな声援が大きな励ましになるんです!作家は夜な夜な一人ぼっちで孤独に作業してるんですから!せめて声援を送ってあげてください!」

「だから作者はお前だろ…!?」




ちょっと瞳を潤ませながら必死な明日香。右からの圧が半端ないが援護もない。

三人揃って夜襲ならぬ朝駆けを仕掛けてきたようだが、個々に動いてチームワークは皆無だった。


なぜか必死な明日香を放置したままセリアは腕を抱きしめて猫のようにごろごろと甘えているし、秋穂さんは延々と頭を撫でて甘やかしてくれている。それぞれが思い思いに快楽を貪っている。温かいし柔らかいし女の子の良い匂いがするし気持ちいいんだが――完全に囚われの身だ。




「さあお兄ちゃん!何か感想を言ってください!SNSに公開してください!メモ帳に長文書いてスクショ4枚張ってもいいです!」

「俺を熱烈なファンにするなよ。不本意だが、その話には前から思ってたことがある」

「おお!お兄ちゃん初の感想ですね!なんですか?!」

「なあ、その話に出てくる『お兄ちゃん』のどこが良いんだよ。セクハラばっかして良いことないだろ……ってどうしたよ、おい」




笑顔のまま凍りついたように固まっている明日香。と、程なくして




「お兄ちゃんすこすこランキング!だぁああいっ!はっぴょーう!!!」




弾けたように叫ばれて耳キーンってなった。




「第三位――『素直じゃないお兄ちゃんの時々見せるテレ顔が最高に好き!尊い!食べちゃいたい!』」




唐突に恥ずかしすぎるランキングが発表されてしまった。テンション高い明日香の叫びに呼応して秋穂さんが




「第二位――『いつの間にかブリーフからトランクス、そしてボクサーブリーフへ遷移しちゃったところが好き!悠人くんも下着に興味があると知ってドキドキしちゃう!好き!かあいい!』」

「もういいです、勘弁してください!」




秋穂さんの叫びを受けて左からセリアが




「第一位――『ご主人さまの全てが大大大好き!好き!大好き!好き好き好き好き!』」

「もういいと言ってるだろ?!」




三位一体の攻撃がどうにも止まらない。チームワーク皆無かと思いきや変なところで抜群とかサイコパスか!



『朝起きた時、布団に可愛い女の子が潜り込んでいてくれたら』など男なら誰もが妄想するシチュエーションが具現化してるというのに、現実は厳しかった。




「あのさ、それより離してくれない?」

「イヤです!断固拒否です!お兄ちゃんはそろそろ自分が一部の女子には異様にモテるという事実を認めるべきです!」

「一部の女子って、それってお前とか妹の事だろ…?」

「妹とお兄ちゃんが仲良くて何がいけないんですか!家族愛を否定する気ですか!」

「急に真面目にとるなよ不真面目だぞ…」




目をキラキラと輝かせているセリアも秋穂さんもインモラル過ぎる。明日香も完全にストッパーが外れてるし、どうしてこうなった。




「いいじゃないですか!私とデートしたりイチャコラして子どもいっぱい作って少子化対策してください!」

「あのなぁ、妹とそんなことが出来るかっての」

「そうね、お母さんなら出来ちゃうってことよね♪」

「誰もそんなこと言ってませんけど…?!」

「なるほど。つまり『えちえちな事をしたら、その女をもう妹とは見ない』ということですね」

「……君たちって全員屁理屈機能でも搭載してるの?」




能力だけはバカ高い三人に口で勝てる気がしない。にしても女の子に起こされる朝っていうのはこんなにも甘くないものなのか。ゲーセンで半グレ集団に絡まれたような緊張感がある。




「オニイチャンさぁ…、ベッドで女三人侍らせてハーレムしないってどういうことすか」

「え?」

「じゃあなんすか、妹がいくらお兄ちゃん好きでもハーレムしないってことすか」

「急に何を言っているの…?」




なんで俺が怒られてるの…? 起きたばかりなのにこの仕打ちヒドくない?




「観念してくださいまし、ご主人さま。これも愛ゆえに、です」

「これが愛…だ、と…?」

「わたくしたちの世界では、ご主人さまは50億分の花婿なのです。平等に愛してくださいまし」

「粉々じゃないか…」



骨も残らないぞ。



「悠人くん、私に――ママァに乗りなさい」

「は…?」

「家族補完計画よ。お互いに躰の凹凸を補って完成させるの」

「何を言ってるんですか急に…?」

「ナニを言ってるのよ」




狂気に満ちた物語の音読と膝枕というシチュエーションに秋穂さんまでおかしくなっていた。頼れる大人の表情は消え失せ、今や母性本能全開で声も瞳も蕩けきっている。この狭いベッドは最早無法地帯だった。




「ご主人さま、大丈夫です。天井のシミを数えているうちに終わります」

「お兄ちゃんのはじめて、貰います!」

「それはそれはとても気持ちいいことなのよ…?」




とろっとろの表情で迫るサイコパス三人衆。妖しい色香にドキリとするが、どうみてもこれは貞操のピンチ。いきなりクライマックスだ。明日香の悩ましく柔らかい感触とセリアの高い体温に包まれてこっちは身動きが取れない。




(まずい――! だがしかし!ここがベッドならば…!)




逃げられないなら逃げなければいい。迫る明日香を抱き寄せて艷やかな黒髪を撫で梳く。




「さあ!明日香!大人しくしろよ?」

「…んんっ!?」




妹の髪を優しく優しく撫でてやる。指に絡まりもしない黒髪はシャンプーの清潔な香りがした。




「わわわ!?お兄ちゃんが!お兄ちゃんが私の頭を撫でてくれるなんて!?」




その後は頭から頬を伝って顎をごろごろと擽るように。明日香は気持ちよさそうに目をつぶっている。




「んふふふ…♪ 気持ちいいです…♪」



なでなで ごろごろ




「( ˘ω˘)スヤァ」




よし、寝た。


ウチの妹はこうすると簡単に寝落ちするのだ。ぐずる明日香(幼女)をこの手でどれだけ寝かしつけてきたと思う。ベッドの上で妹の意識を奪うのは容易いのだ(※健全な意味で)




「やりますね、ご主人さま…しかし実妹は妹四天王の中で最弱…( ˘ω˘)スヤァ」




なんだか悪い顔でぶつぶつ言ってたセリアも同様の手管ですぐに寝てしまった。妹同士撫でられるのに弱いらしい。




「フフ…ここがベッドであることを逆手に取り、明日香とセリアちゃんを寝かしつけてしまうなんて……流石ね、悠人くん」




綺麗な髪をかきあげ、不敵に微笑う美女。

ストッパーの壊れたブラコン妹ズは微睡みの淵へ葬ったものの、しかし残った難敵…秋穂さんをどうこう出来る技は持っていない。ならば、残る手は一つしかない。




「邪魔な二人が寝てくれたなら好都合よ。寝てる妹の横で寝取り~私が先に好きだったのに~を実行に移させてもらうわ!」

「秋穂さん、折角ですからデートしませんか?」

「ふふふ…悠人くん…さあ、脱ぎ脱ぎしましょうね――え?」



目をぱちぱちしてキョトン顔の和風美女。



「二人っきりで買い物に行きましょう」

「二人っきり……デート…?」

「ええ、そうです。」




軽く放心状態だった秋穂さんだが、誠意を込めた説得に



「悠人くんとふたりっきりで……腕を組んで……若妻……おしどり夫婦……」



両目に宿る理解の色。

秋穂さんはすっかり元の『ちょっと危ないお姉さん』顔になって




「ええ、今すぐ行きましょう!二人が起きないうちに!」




なんとかピンチを乗り切れたようだった。

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ブラコンは犯罪ですか?いいえ、合法ですよ? 春画屋 @ju-den

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