第31話 この出会いは悲劇、それとも……

郷田ゴード


 この世界の戦闘力も捨てたものでは無い。銃器を始め、画一的な戦闘力と言う点に置いては、元の世界を大きく上回っている。


 俺は旧八幡製鉄所に建設された秘密工場から出かけると、右往左往していたそこらの兵隊どもをまとめ上げ、臨時の小隊を築き上げた。

 マナによる無線妨害により、司令部あたまから切り離されちまった手足の、面倒を見てやることにしたのだ。


 この秘密工場は中立地帯。当然、俺が指揮するのも東西連合の烏合の衆だが、危機を前にした人間の団結力と言うのは微笑ましい。奴らは俺を救いの神の様に崇め奉っていた。

 俺が奴らにしたのはほんの些細な事。

 落ち着けばモンスター共を倒せるのだと、数発の銃弾をもって証明しただけだ。


 血反吐を吐きながら、それでも、死ぬに死ねない体でもって戦い抜いて来た俺の戦闘経験の前には、生まれたばかりの、知能を持たないモンスター共の動きなど、手を取る様にまるわかりだ。


 この辺りは念入りに爆撃が行われた場所の一つだが、それでもマナの濃さは他を上回る。秘密工場を始め、様々な薬草工場が建てられているからだろう。

 元の世界を格段に上回るこの世界の密閉技術でも、マナの封じ込めは楽ではないようだ。


 まぁ、元の世界においては、マナを封じ込める等と言う発想自体存在しなかったが。


「―――――!」


 元蓮屋を中心にした、化け物部隊に道を開かせる。

 人型は蓮屋だけ、他は猫や犬を元にした化け物だが、絶好のセールスポイントには変わりない。

 後ろから向かってきた化け物に、慌てて銃口を向ける馬鹿たちを、俺は鎮静魔法でもって落ち着かせる。


「大丈夫です、彼らはモンスターではありません。コントロールされた兵器です」


 そう、兵器だ。俺が王となる為の武器に過ぎない。


 始めは数人の歩兵だったが、次第に俺の軍は膨れ上がり。何時しか戦車部隊を率いる小隊となっていた。


「大丈夫です、大型モンスターは脅威ではありません。落ち着いて私が狙った所を狙ってください」


 戦車の一撃は凄まじいものだった。勇者の剣にも相当するだろう。ストーンゴーレムもどきを、泥人形の様に破壊していく。


 そのうちに俺の視界に奴の姿が映った。


「こんな場所でも勇者気取りか」


 俺は奥歯を噛みしめる。訳の分からない苛立たしさが俺の胸中に渦巻いた。


「撃ってください、狙いは胸の中心です」

「はっ! ……ですが、友軍を巻き込んでしまいますが」


 何が友軍なものか、奴は敵だ、俺の敵だ。


「恐らくは、化け物が同士討ちをしているのでしょう。人間があのモンスターと戦えるわけはありません」

「そっ、そうですね!」


 逡巡は一瞬だった。そうだ、それでいい。お前らは俺の言う通りに従っておけばいいんだ。


 轟音と共に砲弾が打ち出される。AP弾は一直線に飛んでいき、動きの止まったドラゴンの胸に吸い込まれた。


ルーナ


「結局こうなっちゃったわね」


 私は、上空から飛行魔法で一部始終を見下ろしている。銃火の煌めきが、暗い夜の町を染めていく。

 ちまちま一体ずつ相手にしているのは勤勉と言うか何と言うか。まぁ広域殲滅魔法が使えないこの世界の住人では仕方がないだろう。

 彼らは、一体を複数で取り囲み、着実にモンスターを始末していく。

 だが……。


「それにしても凄いマナね」


 夜に溢れたマナの嵐は、彼方の世界の聖地のそれと変わりあるまい。そしてそれはモンスターの活性化にもつながるのだ。

 彼らはとても頑張っている。未知なる脅威に対して、一致団結をなしえている。だが、幾ら倒しても倒しても、モンスターは次から次へと湧いて来る。


 だが、脅威はそれだけではない。


 それまで肩を並べて戦っていた戦友が突然倒れる。マナ酔いだ、元々マナが存在しないこの世界の住人では、このマナ濃度の環境の中で動き続けるのは大層酷なものだろう。


 そして……。


 倒れ伏した何人かは、奇妙な動作で起き上る。


「悪酔いしちゃったわね」


 マナに毒され、正気を失った幾人かが、人としての心身すらも忘れ去る。私たちの世界ではここまで酷いのは見たことが無い。これも耐性が無かった故に起こった悲劇の一つだろう。


「非劇か……」


 私たちがこの世界にやって来た事は、この世界にとって悲劇だったのだろうか。幾重にも折り重なった偶然と選択が、私達をこの世界と引き合わせた。


 私は幸せになりたかった。人並みの、ごく普通の人生を歩んでみたかった。私の望みはただそれだけなのだ。

 勇者として使い潰された前の人生。それに対しての見返りとしては、ほんの些細な事じゃないか。

 だから私は傍観する。

 二つの世界の出会いが、この類まれ無い転機が、最後には良い方に向かいますように。

 眼下で流れる血の祭典を見守りながら、私は自分勝手にそう願った。


真治シージ


 着弾の衝撃に、僕は地面を転がり回る。この世界に来てからいろんなことをやってきたが、流石に戦車の至近弾を食らったのは初めてだ。


 背後、およそ1km先では、戦車の上部ハッチから身を乗り出した、ゴードの姿が見える。

 その悠々とした姿は、1人の戦士でなく、ましてや勇者でもなく。正しく一団を率いる王の様な姿だった。


「これが……君の目指す道なのか」


 戦車の砲身から炎が噴き出す。考えている暇はない、僕は急ぎその場を離れる。

 直後、大地が爆発した。おそらくは榴弾。戦車部隊の一斉射撃だ。


「くっ!」


 鋼鉄の飛礫が、僕の体を蹂躙していく。大地はスポンジの様になり、踏ん張る事など出来やしない。

 本気だ、彼はこの場所で僕を仕留めようとしている。


 だが、このまま黙ってやられる訳にはいかない。僕は勇者だ、僕は僕だ、牙無き人の為の盾となる。平和な世界の為の剣となる。それが僕の生き方だ!


 地面から炎が吹き上がる。砲弾がガス管を直撃したのか? なんにしろこれはチャンスだ。

 僕は宙を舞う瓦礫を足場に、全力の跳躍を行う。


 行くならば――


「前だ!」


 彼は僕の事をモンスターであると風潮しているのだろう。迷いのない砲撃の数々からそれは感じ取れる。

 だが、僕は彼を止めなくてはいけない。この世界はこの世界のままで在らなくてはいけない。


 今更遅いかもしれない。だが、これ以上僕たちの世界をこの世界に持ち込んではいけないんだ。この平和な世界は、それだけで掛け替えのない宝物なんだ。この世界を僕たちの世界の様にしてはいけないんだ!


 勇者は何時だって前を向く者、ここで彼を取り逃したら、いよいよ打つ手が無くなってしまう。

 彼は王として、僕には手の届かない世界に行ってしまう。


「ゴード!」


 砲弾の雨の中をひた走る。


「ゴー――」


 かわし様のない一撃が、僕の眼前に迫る。流石はゴードだ、僕がどう進むのか全て彼にはお見通しだったようだ。


 勇者としての視力が、眼前に迫った砲弾をスローモーションで映し出す。それは劣化ウランで出来た槍。


 こうして僕はAP弾に貫かれた。

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