第12話 崩壊の音

<梅雨前の皿倉山にて>


 皿倉山。北九州を代表とする名山であり、権現山、帆柱山、花尾山など共に帆柱連山を形成し、北九州国定公園の一部をなしている。また皿倉山の頂上まではケーブルカーが設置されており、そこからの夜景は北九州の名物ともなっている。


 その山の一部で、ある異変が生じていた。いや、その兆候は少し前から現れていた、局所的に立ち枯れている木々が散見された。

 始めはごく数本、突発的なものだろうと楽観視されていたが、その勢いは止まることを知らず、本格的な調査が組まれた。

 調査隊が発見したのは大量発生したオオゾウムシやコウモリガなどの杉を好む害虫だった。他にもアリやススメバチも大量発生しており第一回の調査隊はほうほうの体で逃げ出した。


 人工林であるスギ林に何らかの病気が出たのか? いやそれとも害虫の大量発生が先か? 様々な意見が出たが、応急処置として、立ち入り制限とヘリでの薬剤散布が行われた。

 季節は梅雨に差し掛かっていた、昨今の急増するゲリラ豪雨の影響を危険視した自治体は、土砂災害に関するロードマップの刷新をとり急いだ。木々は山の表土を押さえつける杭でもある。それが腐っていれば、外部からの刺激で一気に表層崩壊する恐れがある。

 山の傷みは広がっていく、その原因究明よりも、その為に発生する恐れがある表層崩壊・土石流等の対策が急がされた。梅雨は直ぐそこまで迫っていた。


 豪雨が襲った。事前の努力により人的被害は最小限に抑えられた。だが、物的被害は甚大だった。枯れ木に表面土壌を保持する力はなく、多量の倒木と土砂が崩れ落ち住宅街にも大きな被害が出た。


<早乙女>


「ふーん、北九州きたきゅーで土石流ってか―――って崩れたのあの洞窟があった山じゃねぇのか!?」

「はっ!? ちょっと見せてください!」


 慌てた速水が急いで俺のパソコンをのぞき込んできた、その途中プレートを入れ立ての右手をぶつけて悶絶している。


「遊んでないで、これ見ろ!」

「くぁ…………って…………」


 速水が食い入るように画面を見る。


「社長、これもっとわかりやすい地図ありませんか」

「ちょっとまって――」

「社長、速水さんありました! これ見てください!」


 騒ぎを聞いていた若いのが目当ての地図を探し出す。


「……ああ、確かにここっすね、けど場所が違います。俺らが行ったのはこっち側で、崩れたのは山の反対側、河内貯水池の方です」

「……じゃぁあの洞窟がどうこうって話じゃねぇんだな?」

「……そうですね」


 はぁ、とそこらから安堵のため息が漏れる。


「よーし、そんじゃ引っ越しの準備始めるぞー」


 あの日より1週間、かつて蓮屋だった何かの亡骸を回収し、地下室のクリーニング及び事後処理を済ませた後、この工場はたたみ本土の新工場へ移動することになった。アレについては現在調査中。なぜああなっちまったかはさっぱり分からないが、アレがどういう状態だったかは判明した。


 きれいに火葬されたアレの残骸を分析した結果、アレは体の内と外に草が絡みついて出来ていたということが分かった。何がなんだかよく分からんが……まぁ分かることは無いのかもしれない。

 それが分かるようになるということは、同じような化け物がポンポン出て来て、その法則なりなんなりが判明するということだ。特殊な奴が特殊な状況で特殊なことになっちまった特殊なケースと考えるほうがいい。じゃなけりゃ……この世は地獄になっちまう。


<土砂災害後の皿倉山周辺にて>


 土砂災害が発生してより数か月、皿倉山の奥に存在する河内貯水池から板櫃川いたびつがわ上流にかけて、広い範囲でヨモギに似た野草の繁茂が見られるようになった。その外見はヨモギに酷似していたが、ヨモギ特有の爽やかな香りはなく甘く粘りつくような香りだった。そのことを不快に思う住人から、自治体に苦情が寄せられ、市町村は対応に迫られた。

 

<PX研究チーム>


 その情報は、PX研究チームにも届いた。結果はクロ、検査不能パターンがPXのものと一致し、研究チームはついに念願だった生体サンプルを採取することが出来た。

 宝は希少価値があるからこそ光を増す。なので、PXの駆除は速やかに行われることとなった。


 ヨモギは地下茎が発達し、上部を失っても直ぐに地下茎から再生することが出来る。PXも同様の植生を所有しており、除草剤の散布による駆除が執行された。

 だが、それは失敗に終わった。市販の除草剤ではまったく効果が見られなかった。まぁPX研究チーム内では、それは想定内の結果だった。何しろ細胞構造が既存の植物とは全く異なるのだ、今ある除草剤が効く可能性は低い。


 そうなると物理的に土壌ごと清浄化するしかないのだが、繁茂している範囲はあまりにも広い。予算編成に手間取っている間にPXは驚異的な速度で広がっていく、応急処置として地上部の伐採が試みられたが、そこに問題が立ちはだかった。

 虫、鳥、猫などのそこを根城とする野生動物が狂暴化しPXの群生地に立ち寄る人間に襲い掛かってきた。

 板櫃川は皿倉山を水源とし、関門海峡へと流れる河川だ、それはすなわち北九州の奥地から、市の行政・経済の心臓となる小倉に向かって振り下ろされる刃となる。

 即急なる解決が求められたが……もはや一般職員での対応は不可能だった。


<内閣府PX対策会議>


「自衛隊への出動要請?」

「ええそうです、PXに我々の常識は通じません。戦力の出し惜しみはせず、最初から最大限の火力で対応すべきです」


 臨時議会に招集されたPX対策チームの代表者はそう言った。


「常識が通用しないか、それが多大な予算と時間をかけた結論かね」

「ええ、そうです。我々プロジェクトチームが昼夜を問わず研究に邁進した結果たどり着いた答えは『分からないということが、分かった』と言うことだけです」


 議員の嫌味まじりの質問に、彼は決意を込めた目でそう答えた。


「研究結果の中間報告はこれまで提出してきたとおりです。現代の科学技術では分析不明。先日手に入った生体サンプルについての研究も進めていますが、おそらくは同等の結論が出るでしょう」

「しかし、毒性試験については安全だったのだろう?」

「それは、加工済みサンプル、つまりPXの死体についての試験結果です。我々はPXの生態についても何も分からない、何を栄養源とし、何を排泄し、どう繁殖し、どのような攻撃手段を持つか、我々は何も分かっていない」


 喧喧囂囂の議論の末、ついに、県は自衛隊に出動要請を行った


<陸上自衛隊・小倉駐屯地>


 陸上自衛隊・小倉駐屯地から出発したA-MB-3および機動戦闘車からなる編隊が、板櫃川上流へと走る県道62号線を疾走していた。その上空ではヘリが警戒・援護にあたっている。


「しかし、雑草駆除に俺たちが出動ですか」

「気を抜いているんじゃない、ミーティング寝てやがったのか」

「寝てませんよ、世も末だって意味ですよ」

「あれは酷かった、虎か狼に襲われたって言われた方が納得できますよ」


 ミーティングで見せられた資料の中に1つの動画があった、それはドライブレコーダーの映像で、前の車両から人が下りようとドアを開けた瞬間、草むらに隠れていた何か(のちに猫と判明)数匹が車内に侵入。その後、悲鳴と血飛沫が車の中を染めていき、決死の覚悟で飛び出した後続車両の職員達が自身も傷を負いながら何とか救出した映像だった。


 現在PX生息地域より1km以内は立ち入り制限が行われている、今はまだ河内貯水池から板櫃川上流域にとどまっているが、このまま手をこまねいていては小倉の中心地に浸食されるのも時間の問題だろう。

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