第13話 緒戦

<陸上自衛隊・PX対策班>


 カンカカンと、密閉された車内に反響音が鳴り響く。その音は時間とともに増加し、やがて会話すら困難になる。


「あーうるせぇ!カラスの分際で、国民の血税に傷つけてんじゃねぇ!」

「やかましい!カラス如きにいくらたかられようが問題はない!」

 

 作戦は単純だ、破壊機救難消防車A-MB-3には消火剤の代わりに航空燃料が満載されている。それを目標に放射した後、起動戦闘車が焼夷弾を砲撃着火する。地下部分の完全な焼却処理が完了できるかはその後の調査次第だが、少なくとも地上部のPXと、そこに巣食う野生生物は焼き払える。


<板櫃川上流付近>


 ヘリの視点ではカラスに集られ黒い塊となった各班は、所定の位置に到達しようとしていた。


『待て! 人だ! 人がいる!』

「なんだって! ちょっと待て、くそ! カラスども邪魔なんだよ!」


 山道の斜面から、よろめきながら立つ人影が現れる。


「くそ! 攻撃中止! 攻撃中止! 要救助者を発見!」

『こちら司令部、了解した。要救助者の収容は可能か』

「ちっ! 救助ったってこのカラスの中じゃ…………」

「…………ねぇ、車長、あいつはなんで攻撃されてないんですか」


 運転手のつぶやきは、騒音に包まれた車内で不思議に響いた。

 助手席の車長がその言葉に振り向いた瞬間、それまでとはケタの違う衝撃と轟音がA-MB-3を襲う。


「がっ!!」

『3号車!3号車!応答しろ!! 今―――』

「――ちくしょう! なんだこいつ! ばけも―――」

『司令部! こちらホーク1! 3号車が襲われている! 違う! アレは要救助者じゃない!』

『3号車! 応答しろ!』

「くそっ! なんて馬鹿力「うわあ! こいつ隙間から「ぎゃあ! 痛え! 「やめろ! 来るな!」


 ソレは要救助者ではなかった、人の形をした何かだった。

 いや擬態を解いた今、人の形ですら保ってはいなかった。


「痛え! 蔦が蔦が!」


 ソレは人の形を真似た植物だった。ファンタジー作品ではトレント等と称させる、樹木のモンスターである。

 ソレは強靭無比な力でもって、ドアを凹ませ、車体を歪ませ、そして出来上がった僅かな隙間に、根を張った、蔦を絡ませた。


 車内は悲鳴で満ちていた。A-MB-3はあくまでも消防車である、カラス程度ならなお知らず、これ程のダメージを受けて行動できるように設計はされていない。

 開いた隙間から入り込む攻撃に、隊員たちは体を縛られ、突き刺された。パニックに陥って銃を乱射しないのは、類まれ無い練度の証明ではあるが、それが事態を打開するとは限らない。


『くそ! このままじゃやられちまう! 司令部! 指示を!』


 上空より一部始終を唯見届けるしかないヘリは無線越しに聞く悲鳴の合唱に、叫び声を上げる。


『機長! 敵の増援です!』


 敵、そう敵だ。今ここに存在している動体反応は全て敵としてみるべきだったのだ。


『畜生!』


 斜面より道路に飛び出してきた新たなる影、それは樹木に埋めこまれそうになった3号車に近づき――


『!?』


 ズバンと一刀のもとにそれを切り裂いた。


『おい! なんだありゃ!』

『わ、分かりません……』


 ズバン、ズバン、ズバン。

 その存在は3号車に取りついた、あるいは取りつきつつある敵を手にした何かで切り裂いていく。


『ありゃ斧か?』


 それは人影だった、眼深にかぶったフードとこれ見よがしなマスクによって人相こそは分からないが、どうやらその人影が手にしているのは、そこらのホームセンターで手に入れられるような両手斧だった。

 その人影は、高々数千円の獲物でもって、怪物退治を行っている様だ。


 そうして、周囲に動くものが無くなった時、その人影は山の斜面に消えていった。




 何者かの救援のおかげで、死者こそは出なかったものの、3号車の乗員は皆重軽傷を負う事になった。

 この一件を機に秘密裏に結成されていたPX研究チームは、PX災害対策本部と看板を書き換え表の存在となった。

 裏でこそこそやるには、話が大きくなりすぎたのである。 


「では、政府はPXの存在を把握していたと言うのですか!」

「責任はどう取られるおつもりですか!」

「政府のエゴにより、今も避難生活を送らざるを得ない被災者にどのような補償をしていくおつもりなのですか!」


 PX災害、後に人類の転機となる事件はこうして表舞台に出ることになった。


<官房長官室>


「ふぅ」


 ここぞとばかりに政府を攻め上げる、断頭台の様な記者会見がようやく終わり、官房長官の椛島かばしまはようやく戻った自室にてため息を吐いた。


 椛島が椅子に腰を下ろした直ぐの事だった。ドアがノックされ声がかかる。


「椛島君、お疲れ様でした」

「ああ総理、これも私の仕事です、お気になさらずに」


 部屋に入って来たのは総理大臣の太田おおただった。彼の顔色も良くないな、椛島は自分の頬に手を当てつつそんな事を考えた。


「まったく、怪獣ゴジラが出た場合のケースは世に溢れているが、植物相手だとどう手を付けていいのやらだね」

「外来生物法を根拠に対策を進めていますが、大きな改正が必要となりますね」


 日本は法治国家である、戦前の様にいざという時の超法規的措置で押し通すわけには行かない。行動にはそれなりの法的根拠が求められる。

 今はPXに対策に対応する法整備を急ピッチで進めている段階だ。


 太田と椛島は軽い冗談を言い合った後押し黙る。そもそもPXが彼らの耳に入ったのは今は無き蓮屋の流出させたサンプルが県から国に行った時点だ。

 その時は、日本が医療分野で大きな躍進を遂げられると言う吉報だった、だが今となっては凶報だったと言う他は無い。


「椛島君。我々は初期対応を誤ったんだろうか」

「いえ総理、あの時にそこまでの想像力を発揮することは困難でありました」


 中間報告の度に送られてくる専門用語の山のレジュメ、その行間を読み解くと『何も分かりません』でしかなかった。

 淡い夢は、濃緑の現実となり、死の影をまき散らす。現在の被害は北九州のごく一部で収まっているが、敵は繁殖力の強い植物だ、これからどのように広がっていくか、机上の空論では測れない恐ろしさがある。


「ともかく我々の使命は国民の生命財産を守る事だ、それだけを考えていかなければならない」


 太田は決意を込めた瞳で、自分自身に言い聞かせるようにそう言った。

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