第14話 決断
<PX対策会議>
「なっ!総理本気ですか!」
PX対策会議で出された結論に、居並ぶ議員は驚きの声を上げた。
「ああ本気だ。戦力の逐次投入は愚の骨頂、戦争に疎い私でもその程度は抑えてある」
混乱する議員とは逆に、オブザーバーとして参加した旧PX研究チームの面々は、苦渋の表情を浮かべつつも、その提案に頷いた。
「しかし、総理……自国の領土を焼き払うなど……」
総理大臣の出した結論はこうだ、地上での焼却処理が無理ならば、天からの火で焼き尽くす。
即ち――爆撃であった。
<航空自衛隊・芦屋基地>
「以上だ、ブリーフィングを終了する」
航空自衛隊・芦屋基地。北九州の直ぐ隣にあるその基地に、白羽の矢は立った。
「ちきしょう、マジですか!」
「喚くな
若狭が喚くのも無理はない、彼のパートナーである
とは言え自分としても北九州は庭と同様。そんなところを燃やし尽くせと言う命令には忸怩たる思いがある。
現在北九州は隔離されている。
小倉北区、小倉南区、戸畑区、八幡西区、八幡南区全域に避難命令が若松区、門司区に避難勧告が出されており、数十万の避難民が発生した。その経済的被害は天文学的なものだろう。
無人の野となった街中を徘徊するのは……化け物だ。
それは依然確認された樹木人間だけではない。大型犬サイズのネズミや、ハゲタカサイズのカラス、外皮が鉄並の硬度で出来た超大型昆虫等も確認されている。
そう、もはや北九州は異界と化した。そこに生きるのは異形の生物、そして植物だ。
異形の植物を糧に、異形の生物が闊歩する、その混沌を浄化しろと言うのが今回の命令だった。
政府はあらゆる非難を無視して、その作戦を決定した。
求められるのは広範囲の火力、だが自衛隊は爆撃機を保有していない。なりふり構わない政府は在日米軍に依頼をした、戦略爆撃機の派遣である。
協議は難航するかと思われたが、意外にもそれはあっさりと同意された。官邸はそれが意味するものを知りつつも、合衆国に感謝の意を返した。
そして、第二次大戦以来、数十年ぶりに、北九州の上空を爆撃機が舞う事になった。
「畜生、何だって俺が」
「ぶつくさ言うな若狭、わが国は爆撃機を保有していない、F-2でちまちまやっていては埒があかん」
大空を舞うB-1B、その支援として芦屋基地から飛び立ったF15が巨大な爆撃機の周囲を護衛飛行していた。
「まったく、どうせなら俺たちにやらせてくれればいいのに」
「そりゃまぁな。介錯を他人にやらせるのは俺も本意じゃないさ」
護衛飛行とは言え、敵飛行体や対空弾幕などは在りもしない気楽なものである。この任務の主目的は戦闘、いや蹂躙に参加したと言う理由作りだ。
「くそ」
若狭は口惜しさを滲ませる。だが、大きな流れの中で一個人の嘆きなど砂粒よりも小さかった。
爆弾倉の口が開き、そこから浄化の槌が振るわれる。
<?>
誰も居ない、いや、居てはいけない筈の場所にその男は居た。
着ているのはこの場にそぐわない最高級のスーツ。そんな恰好で皿倉山の林の中に男は居た。
「たかが――――や―――――の討伐にあんな大げさなもの動かさなくてもいいのによ」
聞きなれない単語を交え、その男は爆撃予定の中心地にて天を見上げてそう呟いた。
轟音と火炎の雨が降り注ぐ。
だが不思議な事に、その男の周囲に影響は見られなかった。
「くー、流石はサーモバリック、――――のブレスにだって引けを取らねぇぜ」
男は天に手を捧げそう呟く、よく見ると男の周囲には透明な膜の様なものが覆っていた。
「まぁ、これだけやっても所詮は時間稼ぎ。―――は既にこの世界に根付いている。今更全ては手遅れって事だ。
そう……世界は既に転機を迎えている」
ひゃは、と男の口から笑みが漏れる。
ひゃは、ひゃは、と、地獄の業火の中で男はただ笑い続けていた。
<早乙女>
「ふーん、解散総選挙だってよ。まぁ北九州を火の海にしちまったんじゃ、何らかのけじめをつけなきゃならんからねぇ」
セルフ北九州大空襲などと揶揄された爆撃作戦から一月、事態が取りあえず一息入れられるタイミングで、総理は衆議院解散を宣言した、野党・マスコミの壮絶なパッシングによく一月耐えたと言った感もある。
「まぁ俺はあの対応はありだと思いますがね、あんなくそヤバいモノ叩けるうちに全力で叩いちまわねぇと」
速水は訳知り顔でそううなずく。まぁ俺も同意見だが、算盤係はたまったものじゃないだろう。安全宣言はいまだ出ず、避難民帰宅の目途はたっちゃいないし、地価や株価は大下り、それどころか湾岸の工場は木端微塵と来たものだ。
ついでに焼け跡から出た多数の焼死体の身元は判明している方が少ないと言う。
「……けじめと言えば、郷田さんはどうなったんですか?」
「ああ、10億で手打ちだったってよ」
この騒動で薬草、世間的にはPXは周知のものとなった。これだけ危険性がアピールされたんだ、これからの締め付けは今までの比じゃなくなるだろう。とは言え出資した分はもう回収しているし、今回の騒ぎには郷田の非はない。
だが、奴は今度のことでけじめを取ってヤクザを引退した。まぁ何か思うことがあったのだろう。親分の沙汰が出た次の日に、現金で10億揃えて盃を返したそうだ。まぁ奴ほどのやり手ならどこへ行こうがうまくやっていくだろう。
「それにしてもこれで終わったんですかね?」
「はっ馬鹿言うな、終わったわけがねぇ」
薬草の危険性は十分にアピールできた。だがそれを補って余りうる有用性を持っている。それを知った人間がそうやすやすと手放せるわけがない。おそらく今回の騒動で相当数の薬草が世界にばらまかれたろう。そしてバカってのは自分たちならそれを管理できるなど思い上がる。まぁそのバカの中には当然俺達も含まれちゃいるが……。
ともかく今後、国内外のどこかで必ずあの草は猛威を振るうだろう。その時、今回の様に運よく初期に処理できればいいが、もし後手後手になった場合……。
人類、いや地球に転機ってやつが訪れるだろう。
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