第5章 それは世界の裏側で ~勇者の誕生~

第15話 ■■■

 異世界よりもたらされた薬草は、こちらの世界に福音と異変をもたらした。


 どんな傷でもたちどころに治してしまうという福音。


 それの放つ香気に長く接していると、異形の物へと変化してしまうという異変。


 これは、薬草を巡り、に絡み合う物語である。


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「いいか、王命は絶対だ」


 ふと頭の片隅に、そんなセリフが蘇った。

 これは捨て去った、いや、置いて来た過去の記憶。

 今は無き、遥か彼方の過去の記憶だ。




「いいか、王命は絶対だ」


 俺を連れに来た兵士はそう言った。

 両親は泣いていた、村長は申し訳なさそうに俺を見ていた。

 俺は、どんな顔をしていただろう。




 この国には勇者と言う伝統がある。

 国難に向かい、勇気と名誉を胸に、無双の剣と深遠なる知恵でそれを打ち破り、民衆に平和と希望をもたらすもの。

 そして俺はその勇者に選ばれた。




 山間の小さな村、これと言った名物はなく、どこにでもある貧しい村だ。俺の家は農家で朝から晩まで畑仕事をして暮らす。俺は物心ついた時からずっとその手伝いをしてきた、これからも、ずっとそうして暮らすのだろうとぼんやりと思っていた。


 ある日のことだ、前触れもなく、ピカピカに輝く鎧を身にまとった兵士の一団がやってきた。村に役人がやってくるのは税の取立人ぐらいだ。

 村は色めきだった、大人連中が不安げに迎え入れたので、俺達ガキ連中もはしゃぎ回るのは、はばかられ。綺麗な鎧姿を、憧れの目で見ながら物陰から隠れるようにそれを眺めていた。


 無理難題を言ってくるかも知らないが、あくまで大人の世界の話ごと、多少のしわ寄せが回ってくるかもしれないが、頑張っていけばそのうち慣れもするだろう。そう思っていた俺の名が隊長らしき人から呼ばれた時は、あまりに予想外のことに、その名が俺のことだと気が付くまでしばらく時間が掛かった。

 猛烈な不安感が俺を襲ったが、周囲の視線が俺に集まり、それを兵士に見つけられてしまった俺は、大人しく隊長の所へ向かった。


「精霊の祝福はお前を指し示した。喜べ、お前は勇者に選ばれた」




 長い旅だった、俺は馬車に乗せられ、山を越え、町を過ぎ、川を渡り、城へ連れてこられた。俺を連れに来た兵士たちとは会話はなかった、それどころかほとんど目も合わせてくれなかった。


 城に入った俺はきれいな服に着せ替えさせられ、王様のもとへ連れられた。俺はただオドオドするばかりで、何があったのかよく覚えていない。王様の顔がよく見えるほど近づけた訳じゃないし、直接声をかけてもらうこともなかった。ただ言われた通りに隊長の後を歩き、隊長の真似をして平伏し、隊長の後をついて退出しただけだ。


 まぁここまでは普通の待遇だったのかもしれない、いや平凡な村人だった俺が馬車に乗せてもらい、王様と謁見できたのは、かなり特殊な待遇だろう、優遇されたと言っていいかもしれない。ただ何を聞いても『お前は勇者だから』の一言で済まされ続けてきた俺には不安と戸惑いしかなかった。




 王様との謁見が終わった俺は、そのまま教会へと連れてこられた。教主様とは祭壇を挟んで話が出来る程度の距離だった。まぁその祭壇の規模が、村近くの町にある小さな教会とはケタが違う出来だっただけだ。

 そこで俺はこの国に伝わる勇者の伝説と言うのを教えられる。


 初代の国王、伝説にうたわれる勇者は、世界を暗黒に包もうとした悪の大魔王を打ち滅ぼし自国へ凱旋を果たしたが、のちに生じた自分の力が原因となった政治的混乱を憂い出奔。そして、かつて魔王城であったこの城で一から始めようと決意。瘴気で汚染された城を清め、剣をクワに持ち替え大地を耕した。独りで始めた国作りはやがて魔王との戦いで住処を失った人々が集まり、豊かで実りある国が誕生した。

 今でもその勇者の精神は引き継がれ、国難の際には勇者が先陣を切ってその解決にあたっている。


 教主様の説明を受けて、俺に何を求められているのかは分かった。だが、俺はただの農家の息子だ、クワの使い方は知っているが剣など握ったこともない。

 そのことを教主様に伝えると、教主様は穏やかな声でこう言った。


「勇者の力は、君の中に眠っている。我々にはその力を引き出す術がある」


 なんでも、この国の全ての民に勇者の自愛は引き継がれており、出生時に行われる教会の洗礼で、その者に勇者の力がどの程度眠っているか調べることが出来るそうだ。

 俺の中には際立って強力な勇者の力が眠っており、逆にそのことが近々国を襲うであろう国難の兆しを示していた、と言うことだ。


 教主様の説明に力づけられた俺は勇者となる、いや勇者であることを受け入れた。


 俺はその後、副教主様と3人の神父様の先導で兵士に挟まれたまま教会の奥へ奥へと進む。鍵のかかった部屋の中に入った俺たちは、その部屋の奥にある奇妙な壁の目の前に立つ。副教主様が錫杖をささげ何か呪文を唱えると、その壁は重い音を立て独りでに開いた。


 そこまで来て、ようやく俺は猛烈な不安感に襲われた。壁の奥は大きな真っ黒な穴が開いている、副教主様の錫杖の先端が呪文によって光を灯すがその光が届く範囲はたかが知れている。足を止めた俺を後ろに付いた兵士が先へ先へと促す。

 穴の周囲に頼りなく付けられた螺旋階段を、壁から手を離さないように慎重に降りる。足元はフラフラしていて、石壁の冷たく湿った感触だけがよりどころだった。『進め』『止まるな』と何度も言われながら長く暗くかび臭い螺旋階段をひたすらに降りる、降りる、降りる。




 ようやく最下層に到達した、緊張と疲れで足が震える、いやこの震えはそれだけじゃない。最下層に降りた俺の目の前にある異様な扉、その扉から放たれる何とも言えない力にビビっているためだ。


「この扉を開く前に注意がある」


 今までずっと黙っていた副教主様が重い口を開いた。


「この先には魔女がいる」

「魔女……ですか」

「そうだ、肉体はとうに滅び、魂だけの存在となった魔女がこの部屋に封印されている」

「封印……」

「心臓は我ら教会が厳重に管理しており、我らに逆らうことは決してない。だが、奴はしゃべり好きで、お前に様々な甘言妄言をかけてくるだろうが――――すべて無視しろ。生前の記憶の残滓が無意味な言葉を並び立てているだけに過ぎん。お前が行うことは聖台に横たわり儀式が終わるまで耐えることだけだ」

「ちょっと、待ってください! 魔女って何なんですか! 耐えるって何をされるんですか!」

「質問は受け付けない、お前が行うことは、聖台に横たわり儀式を受ける、ただそれだけだ」


 俺の左右にいた兵士が両脇を抱え込む、金属鎧が腕に食い込み傷みが走る。どうにか逃げようともがくも兵士たちはびくともしない。

 ここに至って、ようやく俺は騙されたことに気が付いた。いや、村を出る時の両親の涙を見た時に、もう村には戻れないと言うことは感づいていた、そこから必死に目をそらしていただけだ。だが、もともと俺には選択しなどなかった。王様や教主様、国が作った大きな流れに、唯の農家のガキが逆らう力も術も何一つなかった。


 せめてもの抵抗にと俺が無駄な努力を繰り返している間に、扉は怪しい光を放ち、一際重い音を立て左右に開いていった。


「やめてっ! ちょっと! なんなんで」


 俺の叫びなど全く意に返さず、兵士は部屋中央の台に俺を拘束する。室内は至るところに魔法陣が刻まれておりそれが薄暗い灯りを放射していた。

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