第16話 ■■■

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「いいか、王命は絶対だ」


 それは魂に刻まれた呪いの言葉。

 時と場所、いや世界さえも越えたって、その言葉は僕の中にじっと残り続ける。




「ほうほう! その子が今回の生贄! おーっと間違い! 勇者様ってわけだね!」


 場違いに明るい女の声が、狭い室内に木霊する。僕の頭上にはうっすらと発光する半透明の女の人が浮かんでいた。


「まっ魔女!?」

「やーやーやーやーその通り! 私が噂の美少女大大大大大魔法使い! 広域爆裂呪文で魔族の群れを焼き払い、呼び出したるは炎の龍で瘴気渦巻く迷いの森を更地にし、時すら凍らす氷結呪文で城ごと氷漬けにする、かつては――――ふぎゃんっ!!」

「黙れ」


 副教主様が錫杖を一振りすると、悲鳴が鳴って室内は静かになった。


「あっはっはー、いやー目覚めの一発ご苦労さん。魂が焼かれる傷みが無いと、君たちが来たって気がしなくなってきたよー。んーーー、でその子が今回の勇者様ってわけだねー。ほう、ほうほうほう、いやー近年まれにみる素質の持ち主じゃないかー。うんうん成るほどうん成るほど」

「あのっ」


 何を聞こうとしたのか、聞きたいことは幾らでもあった。けど僕が問いを発する前に猿轡を咬ませられる。


「ぐ…………」

「あっはっはー、いやー相変わらずだねー君たちは。せっかちで世知辛い、またぞろ、ろくな説明もなしに幼気な子供を無理矢理つれてきたんだねー」


 ぼんやりとしか見えない魔女の顔は、笑っているようにも悲しんでいるようにも見える。


「それでは、祝祷の儀式を始める。兵士諸君は退出を」


 それを聞き、兵士は一例をしたのち部屋を出ていく。室内には副教主様と3人の神父様、台に拘束された僕、そして宙に浮かぶ魔女が残った。僕は涙を滲ませながら、宙に浮かぶ魔女を見つめる。


「まぁ、私にも拒否権は与えられていない、今の私は唯の意思を持つ魔術装置、君が死なない程度に、死なないように力を与えてやることしか出来ないのさ」




「王命は絶対である」


 呪文とともに唱えられたその言葉は、体の一番深いところに根を張った。激痛、猛烈な不快感、魂に絡みつく呪鎖の冷たさが体の芯から熱を奪い、鎖が軋むたびに灼熱の業火となって魂に呪いを刻む、あの猿轡は魔女との会話を禁止することの他に、舌を噛み切らないようにする役割を持っていたらしい。


「その命は教会のために」


 とめどない激痛に必死にもがくが、手足と首の拘束に血がにじむだけだ。もっとも、そんなかすり傷なんかじゃ、芯に刻まれる傷みを紛らわすことなど出来ない。




 いったいどれ程の時間が経っただろうか、何度呪いを植え付けられただろうか。意識はもうろうとし視界もぼやける。取り巻きの顔ぶれは何度か変わったような気がする。よく分からない、何度も気絶と覚醒を繰り返した、僕の体の中には呪いの鎖が隅々まで充満している。

 う…あ…と声にならない声を上げる、口の中の何かが邪魔だ、吐き出す気力はないので舌で押し出す。溢れそうな力に手を握ると、甲高い音がして何かが下に落ちる。

 シャンと澄んだ音がする。


「動くな」


 その一言で、鎖の重さが万倍にもまし、指1つ動かせなくなる。


「眠れ」


 意識が……遠のく……――――。




「調子はどうだ」


 過程を調査すると、部屋から人払いをした副教主は魔女に問いかけた。


「いやー、行ける行ける! あと3倍は詰め込めるよー」

「それほどか」

「うん! それほどだよ! 初代勇者には総合力では遠く及ばないけど、白兵戦に限ればいいとこ行くと思うよー、ってか白兵戦限定だね。この子は魔術に対する適性が全く無い」

「……ふむ」

「おやー、期待外れって顔だねー、けど本当に凄いんだよこの子は、おそらくドラゴンクラスでも檜の棒で戦えるさ。

 で、君たちはそれほどの逸材を使い捨ての道具として扱うのかい?」

「無論。否、尚更だ。一国の軍事力に匹敵する個など後腐れなく使い捨てなければならない」

「まぁねぇ、君の立場ならそう言うしかないだろうねぇ」

「私個人の考えではない、これは人類の種としての総意だ」

「はっはー、うん勿論よく知ってるよ! この身の奥底、もはや陽炎のように儚くなった魂にも、その記憶はしっかりと刻まれている。人間は弱く、脆く、強いものだ。希望にすがり、力を崇め、平和を愛する。私たちの様に逸脱してしまったものには狭く遠い世界だ」

「…………」

「この小さな小さな小さな国は、大きな大きな大きな力を持っている。そしてその力は世界中から監視され、制限され、十重二十重の鎖で雁字搦めになっている。その子だけじゃない、この国自体が有事の掃除道具だ」

「…………」

「はっはっはー、いやーーーもう、個人的にはこんな窮屈な世界、灰も残さず焼き払ってしまいたいねぇ」

「ならばなぜそうしない。貴様がここに封印され数百年、策を練る時間は十二分にあったはずだ」

「おっ!! めっずらしく話にのってくれたねー!! おねぇさん聞き分けのいい子は大好きだよー! で、気が変わらない内に答えちゃうけど――――答えは簡単! 面倒くさくなったから!!!」

「ほう」

「はじめは多分義憤に燃えて色々考えてた!

 ……と思うよ、もうぼんやりとしか思い出せないけど。

 けど、いつの日か悟った、いや諦めたんだ、私が自爆覚悟でこの国を、この勇者の血肉で作られたこの国を更地にしたとしても、それはしょせん一時の空白が出来るだけ。

 この国が無くなり、世界から勇者の剣が失われ、世に暗黒が満ち溢れたとしても、いずれどこかに勇者は現れる―――そう言うシステムがこの世界を支配してるんだ。

 私は―――そこにたどり着いてしまった。

 だからもう諦めた、私の精神はその真理に触れた時壊れてしまった、本当に今の私に残っているのは魂だけだ、それが霧散せずに残っているのは皮肉なことにこの結界のおかげだね。

 私が、今こうしてぺちゃくちゃ喋ってるのも、魂に焼き付いた精神の影をリピートしているに過ぎない、私は本当にとっくの昔に終わっているんだ」


「…………」

「んーなんだい? 安心したかい? それとも絶望したかい? まぁどちらにしろ、今の私は過去の残滓により言葉を紡いでいるように見えるだけの魔術装置。

 今を変えたいなら、変えようとあがくなら、自分たちで何とかするんだね、私に出来ることは力の開放ただそれだけだよ」

「……作業を続けろ」


 副教主は部屋を後にし、その代わりに部屋から出されていた監視の神父達が入れ替わる。

 今代の勇者、その最後の1人が地下に入り7日の時が過ぎた後、儀式は完了した。




「今回はなかなか優秀なようだな。それで、稼働はいつになる?」

「通常の倍の祝祷が込められましたので、休息に7日、調整は余裕を持たせて10日となります」

「ふむ、北方のラーム、ドルガ、エクソよりの催促が連日のように届いている。だが、其方が言うのならそれが最速なのであろう」

「はっ」

「幸か不幸か、勇者を製造できるのはわが国だけだ。稼働日は三国に伝えて何処を優先するのかは当事者通しで話し合ってもらおう」

 国王はため息をつきながら執務室の机に書類を置いた。




 僕は、誰だ……

 俺は……

 私は……

 そう、僕は勇者だ、勇者は戦わなければならない、勇者は力持たぬ民の代わりに、破邪なる刃を持って……

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