第27話 怪物化のプロトコル

<古賀>


 仕事場が出来れば、繁華街が出来上がる。北九州の復興特需を狙い、今や大勢の住人で溢れかえった中間の街で、私は速水さんと再会した。いや、助けられた。


「やっ、止めてください、止めて、プリーズ」


 仕事終わりの私をどこかに連れて行こうと、酔っぱらった人民解放軍の兵隊さんたちは強引に私の手を取った。彼らは相当出来上がっていて、私の言う事なんて全然聞いてくれない。


 その時だった。


「んだこら、邪魔だテメェら」


 兵隊の1人が突然吹っ飛んだ、聞き覚えのある声に私が視線を向けると、そこにはとても不機嫌な顔をした金髪の坊主頭。そう、速水さんが居たのだった。


「――――!!」


 仲間が吹き飛ばされたのを見て、兵隊さんたちが威嚇の声を上げる。北九州の西側は彼らの縄張りだ、その声に引きつけられるようにぞろぞろと兵隊さんたちが寄ってくる。


「んだテメェら、喧嘩うってのか? いいぜ、ご機嫌じゃねぇか!」


 ニヤリととびっきりの笑顔を浮かべた速水さんは凄かった。並み居る兵隊を取っては千切り取っては千切りの大活躍、八面六臂のバーサーカーだ。

「逃げましょう速水さん」と言う私の声すら届かない。

 しかしそこは多勢に無勢、十数人を地面に横たわらせたところで、彼の手が後ろに回った。


 そう言う訳で、今は仲良く二人で手錠に繋がれ連行中だ。


「くそだら! 離しやがれ!」

「はっ速水さん、彼らは中国人です、日本語は通じませんよ」

「あーごらふざけんな! 日本に来るなら日本語を勉強してからにしやがれ!」


 喚き散らす速水さんを運転席から金網越しにニヤニヤと見ながら囚人護送車は西へ進む。



「ここはそんなに変わってないんですね」


 北九州に入る為の検問をいくつか潜った後の光景は、見覚えのあるかつてのものだった。手入れがされていない多くの建物は、多少なりとも傷みが目立つが大部分では変わりない。

 まぁそれはそうだ、北九州の辺縁部は爆撃の被害にはあっちゃいない。

 ここには人民解放軍の軍隊が駐留している。軍隊の事はよく分からないけど、私たちは何処に連行されて行くんだろう。映画で見たMPとかいうやつなんだろうか?

 軍隊の裁判って何をされるんだろう。普通の裁判所にも縁のない人生を送ってきた身には、裁判所デビューが軍の裁判所だなんて気が重い。


 国道3号線から199号線に入り坂道を下る。ゆっくりとしたカーブを曲がり、しばらく坂道を登ったらトンネルに入る。

 そして、トンネルを抜けたら折尾の街だ。

 橙色のランプがともる、トンネルの下りで、私は青い光を見た気がした。


<人民解放軍>


 何たる失態だ。郷田に注意を割きすぎて、足元をすくわれてしまった。大原と言う研究者をまんまと米国に拉致されてしまった。

 日本政府を通じて、その事に関して米軍に抗議をしてもなしのつぶて、当たり前だ、私が米軍の立場でもそうするだろう。


「失態だな黄大佐」

「はっ、申し訳ございません劉将軍」

「何の成果もあげていない所とは言え、少々油断が過ぎたと言うことろか」


 PX研究チーム等と銘打っているものの、今まで「分かりません」しか、言って来なかった部署である。鶏肋と思い放置し過ぎた。


「どうしますか、劉将軍。奴の身柄を奪取しますか」

「いや、流石にそれは戦争となる。幸い今までの研究データはこちらの手にもあるのだろう、続きは我々の手で進めればよい」


 大原の研究内容については、奴のパソコンに仕込んだバックドアにより、委細漏らさず入手している。

 これは大原のパソコンだけではない、我々の手の届く全ての機器に仕込んである。

 ……まぁそれは、西側連中も同じことをやっているだろうが。


「それで、肝心の研究内容とはどういうことなのだ」

「はっ、怪物化のプロトコルを発見したと言う内容でございます」

「怪物化のプロトコル?そんなものは既に分かっている事じゃないか」

「いえ将軍。大原は怪物化の元になる物質の抽出に成功したのです」


「ほう」と将軍は座席を揺らす。


「これは郷田のプロトコルよりも数倍も洗練されたものです。奴が行っているものは、薬草が栽培されている個室に長期間封じ込めると言う方法ですが、大原の物は有効成分を抽出したためにごく短期間で怪物化が可能です」

「短期間とは?」

「まだ実験の最中ですが、投与量によっては時間単位での怪物化が可能だと」

「それは素晴らしい」


 将軍はそう言って頬を緩ませる。


 例の青い結晶を抽出できるタイプのPXについて報告があったのは随分前の話だ。薬効成分がない外れのタイプだとは聞かされているが、何の役に立つか分からないので一応選別は済ませ、本拠地である折尾において西側諸国には極秘で育成中だ。

 本来PXの栽培はPX汚染がひどかった板櫃川流域のみと言う協定だが、実際はそんなことどこの陣営も守っていないだろう。

 もはや北九州全てが巨大な実験場なのだ。


「郷田が隠しているせいで制御方法はまだ不明だが、未制御なら未制御で使い様はある」

「左様です将軍」


 敵地の最奥でその物質をばらまけばいい、それで終わり、新たなる貧者の核兵器の誕生だ。


「それにしても綺麗な青だ、皮肉な事だとは思わんかね」

「……左様です将軍」


 蒼天の如き青い結晶。だが、その抽出方法は主要国家国連軍に広まってしまったと思っていい。

 青い結晶が血の未来を広げていく、私はその様な光景を幻視してしまった。


<速水>


「ねぇ速水さん。何か青い光が見えませんか?」

「ん? どこだ嬢ちゃん?」


 トンネルの中はオレンジ一色。青い光なんてありはしねぇ。


「さっき頭でも打ったんじゃねぇか?」

「いっいえ、私は隅っこで隠れてましたし」


 嬢ちゃんはカチャカチャと手錠を鳴らしながらそう言った。頭を打ったのでなきゃ何だろう? 何かの病気か?


 しっかし全くついてねぇ、めっぽう暇になって繁華街をぶらついていたらこの様だ。死んだ奴にとやかく言っても仕方がねぇが、これも全部蓮屋の所為だ。あの野郎があんなうさんくせぇ草を見つけ出さなかったら、全てが順調に進んでいた……。

 まぁ順調に腐っていっていただけか、良くも悪くも、あの草は俺の人生に転機をもたらした、いや俺の人生だけではない。北九州きたきゅーの、そして人類の転機をもたらした。


 俺がそんなことを思っている時だった。


 車はトンネルを抜け折尾の街に入って行った。


 青く輝く折尾の街に。

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