第7章 薬草大好評発売中 ~飽和そして崩壊~
第24話 ここが世界の中心だ
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畜生め……だ。俺は疲れた体をソファーにうずめる。少し無理をし過ぎた、もう魔力がかすかすだ。
北九州に駐留する国連軍、その末端幹部のポジションに至るまでに、限界を超えた洗脳魔法を行使し過ぎた。
幾らこの世界の住人が、魔法耐性なんて上等なものを持っちゃいない、盆暗ぞろいの低能だとしても、それでもやはり、精神系の魔法にはある程度は抵抗を示すって事だ。
俺は消耗しきった魔力を補充するために、マナポーションをがぶ飲みする。こいつはヤクザをやっていた時分に、他には内緒で製品化にこぎ着けたもの。マナ回復作用を持つ薬草の変異種で作成したものだ。
もっとも魔力なんて上等な品を持ち得ていないこの世界の住人には、唯の栄養ドリンクに代わりあるまい。
それにしても自分の能力の低さに嫌気がさす。ルーナ程の魔力があればもっと簡単に事は進んでいただろう。だが、魔法使いとして奴に劣る俺は、わが身を削りながら進んでいくしかない。
俺が使える洗脳魔法は極々表層的、それもごく短期間だけ作用するものだ。それでも高々一月程度の工作で、ここまでは何とか上手くいった。
どこの馬の骨とも知らない元ヤクザが、国連軍の個室を得られたのは俺の魔法の力だけではない。いろんな利害関係があり、もう一歩を踏み出せなかった連中の最後の一歩を押しただけだ。
西側諸国と東側諸国。疑心暗鬼にまみれた奴らが、この狭い北九州で一堂に会する。そんな事、どうやったって上手くいくはずがない。
だがそれこそが俺の狙い。
俺が求めるのは更なる混乱、戦乱こそが王を生むのだ。そこには世界の違いなんてありはしない。
いや、東西の垣根を越えた国連軍を結成できたのは、俺の魔法の力だけではない。何時の世でも、何処の世界でも、王とは最強の兵を欲していると言う事だ。
俺は部屋の片隅に立つ男に視線を向ける。
「…………」
その男は黙して語らず、只々観葉植物の様に突っ立っている。
「くくく。貴方は役に立っていますよ蓮屋さん。貴方は正に人類の変革者だ」
蓮屋、あのトレントへと変異した下等な原住民だ。俺はあの時蓮屋の頭を駒切にしたが、元々トレントには頭部など在りはしない。首を落としたからと言って何になるのだ。
あの時、早乙女さんは俺が蓮屋を退治したと思っているだろう。だが、俺は蓮屋のコアを持ち出し、蘇生魔法を施したのだ。
蘇生魔法は無事成功し、奴は命を取り戻した。念入りに契約を刻み付けた上でだ。
こうして奴は元人間のトレントから、蘇生したトレントへとの転機を迎えた。俺が元居た世界では人間からトレントへ転帰する事などはあり得なかったので、多少の不安はあったが、結果良ければ何とやらだ。
俺が世界に売り込んだのは、
その為には不俱戴天の仇とも手を取る程に。
だが、肝心な部分はあかしちゃいない。いや、正確にはこの世界の住人には真似が出来ない、これを生み出すには魔法の力が必要だからだ。
あの魔女が得意とし、俺たちを勇者として縛り付けた契約魔法が。
王だ、俺はこの世界の王になる、その為にはどんなことだってやってやる。
<人民解放軍>
『
『まさかな、100%の信頼なぞ出来る筈がない。だが、あの商品は魅力的だ』
ここは、八幡西区、かつては折尾と言われていた街だ。国連軍が北九州を分割駐留する際に、板櫃川を境に、西を中露が、東を欧米が駐留する取り決めとなったのだ。
正直な所、北九州の西側にはそれほどうまみは無い、外部への出入り口である洞海湾の湾口を奴らに抑えられている上、かつての都市の中心部や空港は東側に存在しているからだ。
しかし、『多少の泥は飲んでも、この連合軍には何としても参加しておくべきだ』と言う。劉将軍の猛烈なプッシュで、上層部が納得させられた。
確かに彼の言う事は分からないでもない。この商品はそれだけの光を放っている。
だが、この程度の実験は自国でも十分に出来るはず。アメリカに借りを作ってまで参加するその意味が、黄には今一理解が出来なかった。
劉将軍は党代表とも太いつながりを持つ人民解放軍の重鎮だ。また、政治的な意味だけでは無く軍事的にも非常に優れた実績を持つ人物だ。そんな彼が判断ミスを犯すなどは思えないが、なにかきな臭い所ではある。
「郷田か……」
諜報部の調べでは、奴は元々この国の違法組織の幹部だったそうだ。そして、その組織はPXを発見した組織でもあると言う。
『この世界でだれよりも、この商品の事について熟知しております』
それが、郷田とか言う奴のセールストークだ。奴は自信たっぷりにそう話した。
胡散臭い、あの目は腹に一物抱えている者の目だ。我らを踏み台にして何かをなそうと企んでいる瞳だ。
元ヤクザ一匹に何とかできるような人民解放軍ではないが、それでも扱う品物は異次元の植物だ。
自分が監視の目を光らせなければならない。黄は決意を固くした。
<合衆国陸軍>
「まさか、ウチの祖父が焼き払った地に、こうして赴任することになるとはねぇ」
「自分は沖縄に赴任してた時に、遊びに来た覚えがありますよ。福岡に行ったついでに寄ったんですけどね。焼うどんは中々の美味でした」
小倉北区の中心地。駅に隣接する最上級のホテルの中に、合衆国陸軍の臨時オフィスは存在した。
スイートルームを改造した執務室に座るのは、駐留軍を任せられたアンドリュー将軍。祖父の代から3代わたって合衆国の為に銃を握る、生粋の軍人だ。
「それにしても、共産党の奴らの動きは妙ですな」
「ああ、尖閣諸島と言う重大なカードを切ってまで、この連合軍に参加したがるとは思わなかったぞ」
中国は連合軍に参加するための手土産として、尖閣諸島の領有権を放棄するとの裏約束を出してきた。
米国からしてみれば、放棄も何も元々あそこは日本が実効支配している場所、そんなもの改めて言われるまでも無いし、また所詮は口約束なので、何時破られるか分からない品物だった。
とは言え、約束は約束だ。この実験が終わるまでは、共産党が大人しくしておいてくれるだろう、程度の希望を抱いても罰は当たらないだろう。
米国の利益の為に、何とかこの実験を独占したかったが、現在の日本政府は中国共産党の傀儡政権とも言える状態だ。
自国の爆撃を頼んできたガッツのある前政権とは話が違う。
北九州の一等地を確保できたとは言え、川一つ挟めば敵の領地と言うのは軍を預かる身としては、何ともぞっとしない話だ。
準備期間が僅か一月足らずの即席の連合軍。何が起こってもおかしくはないと言える。
「将軍。今回の表向きの任務は、あくまで北九州の復興支援ですよ、そこはお忘れなく」
眉間のしわを深めるアンドリューに、参謀であるスコットが肩をすくめる。
「そうだな、スコット。これは、本来とても簡単な任務であったはずなんだ、それが何故こうもややこしくなったのやら」
更地をちゃっちゃと整備して、そこにPXの工場を建てるだけ。インフラは整っているし、政府に反発するゲリラが存在すると言う訳でもない。凄く凄く簡単な任務であるはずなのだ。
だが、いつの間にか川向うには東側の連中が陣取り、虎視眈々とこちらの動向に目を光らせている。
一体どうしてこんな事になってしまったのか、自分でも白昼夢を見ている様に、所々記憶があやふやだ。
「スコット。君はPXについてどう思う?」
「正に夢の植物でありますね。ただし、悪夢も同時に連れてきましたが」
どんな傷でも瞬時に治す、夢の植物。それがあれば、外傷から人類は解き放たれる。しかし、その副作用が問題だ、見るもおぞましい異形のモンスター、人間をあのような生物に変化させてしまう植物など、果たして人類に制御できる品物なのか。
アンドリューは窓の向うに視線を向ける。
確かにこの街にテロリストは存在しない。その代り、異形と化したモンスターは存在するのだ。
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