第25話 街の転機あるいは変革

<早乙女>


「なんですって? 郷田が国連軍に?」


 組の幹部に呼び出されて、そこで聞かされた話はこうだった。

 奴は国を売った売国奴。薬草のデータを手土産に、まんまと国連軍に入り込んだ。今回の占領政策に一枚も二枚も噛んでいるらしい。


 英語で書かれた文書には郷田の奴が隅っこに映っている写真があった。なんでも奴は特別アドバイザーとして、隔離された北九州の中を、大手を振って歩き回っているらしい。


 奴がそんな離れ業をしてくれたおかげで、引っ越したばかりの本家の周りを、人民解放軍だか米軍だかの諜報員がウロウロしていてしょうがないそうだ。


 まったく、組を辞めて何をするのかと思えば、奴は組どころか国すら辞めちまったって訳だ。

 なにかデカイ事を成し遂げる奴だとは思っていたが、こうまで突飛な行動に出るとは思いも付かなかった。


「とは言えオジキ、俺にそんな事を言われてもしょうがありませんぜ」


 若林わかばやしのオジキが睨みを付けてくるが、今は第二次大戦後の混乱期じゃあるまいし、俺みたいな木端ヤクザが国連軍にどうこうできる筈がない。嵐が過ぎるまでじっと頭を下げている事が最上だろう。


 まぁ若林のオジキは、郷田の奴に出世レースで追い抜かれた身、色々と思う事はあるんだろうが、俺に八つ当たりされてもいい迷惑でしかない。


 本家も縄張りも、今回の爆撃で更地になっちまった。薬草の販売は北九州の外で今でも細々と続けている。だがそれも長くはない、もう直ぐしたら国連印の正規品が出回ってくるはずだ。

 これ以外の生きる術は知らないが、このままじゃ強制的にゲームオーバーになっちまいそうだ。

あの薬草を見つけ出した時は、人生の転機が訪れたと思ったものだ。

それはそれで間違いじゃなかった、一時期はあぶく銭に浮かれまわった。だが、まさかこんな落ちが待っているとは思わなかった。やはり人生ってのは甘くない。

 これから先、速水たちをどうやって食わせて行こうか、俺はそんな事を思いつつ、本家を後にしたのだった。


<古賀>


 北九州に国連軍がやってきて数か月が過ぎた。世界は様々な問題に目を瞑り、そこに向かってまい進している。


 私は何とか次の就職先を見つけることが出来た、復興支援の為に湯水の様にお金が流れ込んでくる会社、即ち建設業だ。私は轟製薬の時と同じく事務員として採用してもらった。


 更地になった北九州は、生まれ変わってもやっぱり製造業の街だった。ただし今度は重工業じゃなくて、製薬の街として生まれ変わる。

 製薬、即ち、薬草PXの街だ。


「へー、古賀ちゃんはPXの第一報を届けた会社に勤めてたんだ」

「あはははー、今となっては瓦礫の下ですけどねー」


 未だに立ち入り制限がなされているので、会社の跡地がどうなっているのかは、分からない。建築ラッシュは物凄い勢いで進んでいるので、新しい建物が建っているかもしれないし、いないかもしれない。

 少なくとも、今と昔では、北九州はガラリと変わってしまっている。


「そう言えば、怪物って今はどうなんですか?」


 事務職として、会社の椅子に座りっぱなしの私では、北九州の内部の様子はさっぱり分からない。

 私はドライバーの方にそう尋ねてみる。


「銃や火炎放射器を持った兵士がウロウロしているからね、少なくとも俺は誰かが怪物に襲われたなんて話は聞いたことないな」


 それは一安心。これ以上あの植物の被害者が出るのは真っ平だ。一応第一報を伝えてしまった身としては、あの植物に無関心ではいられない。


「最も、俺らも深部まではいけないけどね、途中で軍のトラックとバトンタッチだ」


 PX汚染が最もひどかった板櫃川周囲から洞海湾に向かって建てられたPX工場群。東西の国連軍が管理するその周囲には特に厳重な警戒網が貼られている。

 厳重なのは勿論、外からだけではない、PXの汚染を広げないように、厳重な管理体制が築かれているとの、国連軍の広報だ。


 世界の力を結集すれば、未知の植物PXだって制御できる。私たちは呑気にそう思っていた。


<PX研究チーム>


 かつては内閣直属の研究班だったPX研究チームは、政権交代の結果、国連軍の指揮下に入っていた。

 

 それは正しく占領政策だった。ため込んだ膨大なデータは接収され、一方的な搾取が行われた。


 不満を持つものは大勢いた、だが『君の国では制御できなかったのだ』と言われれば、返す言葉は存在しなかった。


「大原さん、そんなに根詰めてもしょうがないよ、もっと気楽に行こう」


 元轟製薬の藤田は、ディスプレイに表示された検査結果を食い入るように見る大原に、そう言葉を掛ける。


「もう少しです、もう少しで、何かを掴めそうなんです」


 藤田は、淹れて来たコーヒーを大原の机に置き、ディスプレイを覗き込む。そこには飽きるほど見た、今まで通りのデータが並んでいるだけだった。


「そうかねぇ、僕には変わり映えしないデータに思えるけど」


 藤田が此処に残っているのは、単に生活の為と言うのが半分、最先端の研究に携われる為と言うのが半分だ。

 だが、大原は違う。エリート研究員として挫折知らずの人生を送ってきた彼は、『自分をここまで苦しめるPXの正体を探り出す』と言う純粋なその想いだけでこの椅子にしがみ付いていた。研究成果は全て上に吸い上げられ、自分には何も残らなかったとしても関係ない。彼にとってPXの解明こそが全てだった。


 彼はあらゆる検査を行った、新たな検査手法も生み出した。だが何も分からない。PXの生体が手に入った事で、幾つかの有効成分を抽出出来たものの、それが何なのかはさっぱりと分からなかった。


「それにしても何なんだろうね、この結晶は」


 藤田はディスプレイの一つに映し出された青い結晶を見て頭を傾げる。

 それは、大原がPXの変異種から抽出に成功した物質だ。このPXは特殊で、回復能力を持たない外れの品種だった。


 大原は、この変異種と通常種の相違を調べている最中だった。


「藤田さん、聞いた事はありますか」


 大原はディスプレイから目を離さずにそう聞いた。


「何がだい、大原さん」

「軍は、怪物への変異を人為的に行おうとしているって言う噂を」

「……それは、まぁ」


 藤田も聞いた事はある、PXの群生地に現れたあの怪物たち。野生動物や昆虫、果ては人間までもが怪物へと変異してしまい、北九州を焦土と化した原因となったモノ達だ。

 PX研究チームにもその遺体は運ばれ、剖検は行われた。

 確かにアレを制御できれば、世界はとんでもない事になるだろう。

 悪夢のようなとんでもない世界に。


「その鍵が、これにある気がするんです」


 大原はポツリとそう呟いた。彼の瞳には青い結晶が無垢なる輝きを浮かべていた。

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