第34話 決着

<旧スペースワールド跡地>


 かつては一つの装置ゆうしゃだった2人が、瓦礫の街で激突した。

 片方はこの世界でも勇者として、片方はこの世界では魔王として。


「あああああ!」

「おおおおお!」


 勇者シージの体はマナで編まれたこの世界の法則には縛られない体だ。マナを纏っていない攻撃は無効となり、牽制代わりに放たれた魔王ゴードの銃弾は、シージの体をすり抜ける。


 だが、そんな事は百も承知、ゴードは銃声とマズルフラッシュを隠れ蓑に、補助呪文を重ねていく。


 筋力増加、防御力増加、体力増加、魔法攻撃力増加、魔法攻撃範囲拡大、知覚強化、思考力強化、彼の持ち得る全ての補助呪文でもって、自らの能力を底上げする。

 ステータス上ではゴードの圧勝。

 ジージを圧倒する速度と力でもって、一方的に猛攻を計る。


 拳が、肘が、膝が、シージの体に突き刺さる。

 炎が纏わり、稲妻が身を焼き、氷槍に貫かれ、かまいたちに切り裂かれる。


 だが、それでは以前の再現、数か月前に行われた決闘の再現だ。何発の拳も、何十発の呪文も、どれもシージの芯には届かない。皮を割き、肉を切り刻もうとも、シージの魂をへし折る事は出来なかった。


「貴様、化け物か!」

「何とでも言え! 君は! いや僕たちは! この世界に居ちゃいけないんだ!」

「死ぬなら勝手に独りで消えろ! 俺はこの世界で王になるんだ!」

「それが君の目指す自由と言うのなら! 僕は僕の自由でもって、君の野望を撃ち滅ぼす!」


 2人の戦いは、この世界の住人にとって全く未知なるものだった。高速移動をし続ける2人の影は目にもおえず、飛び交う炎や稲妻は、夢幻の色彩を彩っていた。


「ファンタジー」


 観衆の誰かが、呟いた。

 2人が何故戦っているのか、何故あんな風に戦えるのか、彼らの常識では分かるはずもない。

 だが、ここは既に非常識の空間だ、モンスターが闊歩する異世界だ。


「やはり、郷田は人間じゃない!」

「そうだ! 奴らは化け物だったんだ!」

「殺せ! さもなきゃ俺たちが殺される!」


 2人の異次元の戦いを、観衆たちは銃火を持って歓迎した。


「くっ……邪魔を……するな!」


 ゴードの殺気が観衆たちに向けられる。


「―――――!」


 それに反応したのは、彼の手駒の試験体たちだ、彼はゴードの契約魔法によって、魂でゴードとリンクを行っている。


 試験体1号、元蓮屋が雄たけびをあげながら、国連軍の戦車目がけて突進する。続いて犬型や猫型の試験体が歩兵たちに襲い掛かった。


「待て! そいつらは俺の野望の大事な駒だ! 生かせ! 殺すな!」


 異変を察知したゴードがそう命令を発するも、既に戦端は開かれてしまった。試験体たちは自衛本能に従って、国連軍との戦闘を継続する。

 元蓮屋は、シージの特別品だ。長い時間をかけて強化を続けられてきた彼は、人間サイズでありながら、ドラゴンに比する戦闘力を有している。

 その一撃は強力無比、戦車の複合装甲すら貫いた。


 阿鼻叫喚の地獄絵図、国連軍の有する装備では、元蓮屋に傷一つ付けられない。


「くそ! 死ね! 死ねってんだ!」


 だが、その他の試作品は、劣化品だ。ライフル弾が急所に当たれば倒すことはできる。

 ……当たればの話だが。


「くそっ! 馬鹿どもめ!」

「隙を見せたなゴード!」


 ゴードが背後に気を取られたその時だ、シージの渾身の突きが、ゴードの体を直撃した。


「がぁ!」

「落ちろ!」


 この千載一遇のチャンスを、彼は見逃さなかった。彼の突きがゴードの腹に突き刺さる。それは防護障壁を破壊して、ゴードの体に直撃した。


 シージは勇者だ、ちっぽけな勇者だ、敵の方がスペックでは勝る事など常の事。それでも最後に勝利して来たのは彼だった。

 それは、彼が誰よりも勇者の魂を持っていたからだ。誰よりも、諦めると言う事を知らなかったからだ。


「あああああ!」


 その一撃を皮切りに、今度はシージが猛攻を果たす。

 彼が振るうのは徒手空拳。己の拳を勇者の剣に置き換えて、骨の髄まで染み込んだ連撃を叩きこむ。


「がああああ!」


 2人の間に閃光が輝く。このままでは危険だと、ゴードが自爆覚悟の爆炎を放ったのだ。

 その炎と熱風は2人の距離を引き離す。そして満身創痍の2人は距離を開けて相対した。


<国連安保理緊急会議>


「では、事態の収拾はつくのかね?」

「現場は混乱の極みにあります。予定されたケースの中では最悪の物です」


 予定されたケース、そう、この事態は予定されたケースだった。緊急に開かれたテレビ電話会議で、居並ぶ各国の首脳が苦悩の表情を浮かべていた。


「どういう事なんですか。安全を保障すると言うから、国連軍の駐留を認めたんですが……」


 小声で抗議の声を上げる日本政府の言葉などは、実際に軍を派遣している各国には届かない。既に大勢の犠牲は出てしまっているのだ、ここから如何に犠牲を重ねずに済むかと言うのが問題だった。


「脱出の状況はどうなっている」

「予定の30%ほどです。ですが、無事な指揮系統が残っている隊は脱出を終えました」


 最新の情報によれば、敵は空気感染すら行っている可能性が示唆されている。ここで手をこまねくのは人類にとっての大きな脅威となってしまう。


「皆さん、お聞きの通りです、事態は最悪の状況に至ってしまいました」


 合衆国大統領は重くそう呟いた。


「では」

「ええ、残念ですが計画通りに行うほかありません」


 他国の首脳も苦虫を噛み潰したような顔をして頷いた。


「計画、計画とは一体?」

鷲元わしもと首相、このケースは日本国だけでの問題では無くなりました。残念ながら貴国の上空を再度B-1Bが飛ぶことになると言う事です」

「そんな、それでは……」

「誠に残念です、我々だって心苦しい。あの下には我々の同胞が数多く存在しているかもしれないのです」

「猶予は、猶予はないのですか」

「連絡の取れる部隊の避難は、もう直ぐに完了いたします」


 それが世界の選択だった。かくして再度漆黒の翼は北九州の上空を舞う事になる。だが、今度の狙いは板櫃川流域だけではない。化け物化が疑われる全ての範囲が選択されていた。

 それはすなわち北九州全域。そして、その様な広範囲を壊滅できる兵器を、人類は持ち得てしまっていた。

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