第33話 精霊の加護
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やはり、こちらの兵器は味気ないものだな。
剣で切り結ぶものでは無し、魔法を打ち合うものでも無し、指先ひとつ、ボタン一つでけりが付くと言うのは、殺す実感が湧き辛いものだ。
ともあれ、AP弾は奴に直撃した。如何に勇者の肉体をもってしても、今の一撃を食らっては骨も残っていないだろう。
時間にしては短い時間だった。向こうの世界において奴と一緒に旅をしていたのは一年にも満たない時間だ。こちらに来てから過ごした時間の方がよほど長い。
まぁいい、これで一つの清算が終わった。
お前は死ね、俺は生きる。俺は生きて王になる。お前は勇者として死んで行け。
「次です! 次の目標に行きましょう! 我々がこの世界を救うのです!」
俺は俺の兵士たちに号令を飛ばす。感傷は終わりだ、俺は止まらない、止まるわけには行かない。
キュルキュルと履帯が回る音がする。さて、次はどこに行こうか、ここは中間の中立地帯とは言え、合衆国陸軍のキャンプの方がほど近い。一先ずはそちらに行って、混乱を纏めるか。
俺は、兵士たちに転身の指示を出す、そうして奴に背を向けたその時だった。
「!?」
俺の背後に強烈なマナの収束を感じる。それは、まるでこの世界にあるマナの全てが集まって来たかのような感覚だった。
「なっ、何が起こっている!?」
いや、違う! 俺は、俺は知っている! これは、この感覚は!
「精霊の加護、この世界にも生きていると言うのか!」
周囲を歪める如きマナの収束。それが収まった時、確かに砕け散ったはずの
<何時かの場所、何処かの世界>
この世界はマナによって支配されている。
薄暗い地下室で、1人の女性が宙に浮かんでいた。その女性は半透明の体を泳がせ、人前ではめったに見せない真面目な顔をしていた。
行きとし生けるもの、いやそれ以外のモノ達に至るまで、全てはマナによって支配されている。
私がその結論に至ったのは何時頃だろう。最早記憶の彼方に過ぎ去った、色あせた思い出だ。
この世界はマナによって支配されている。
中でも最もマナと親和性が高いのは……勇者と魔王だ。
マナには光の性質と闇の性質を持つものが有る。それらは惹かれあい反発し合う。憎み合うも愛し合う様な、切っては切れない関係だ。一方の力が高まれば、もう一方の力も高まる、鏡合せの存在だ。
魔王が生きている間は、勇者は決して倒れない。
それが世界の理、それが世界のシステムだ。
「だから僕は君たちをマナの無い世界に飛ばした……」
マナの無い世界は彼らにとって生きずらいものだろう。今まで当然の様にあった空気が存在しないようなものだ。窒息してしまうかもしれない、絶望してしまうかもしれない。
だけど、だけども、それでも僕は彼らに自由を望む。マナの支配から解き放たれた、自由な空気を吸ってほしいとそう望む。
その結果がどういうふうになるかは、今の僕には想像できない。もしかしたらとんでもない悲劇が待ち受けているのかもしれない、とんでもない惨劇が待ち受けているのかもしれない。
だけど……。
だけどね……。
君たちは可愛い僕の子供なんだ、それでも生きていて欲しかったんだ。
これが僕の最後の我儘、最後の願いだ、自由に、自由に生きて欲しい。
彼女の祈りは何処までも純粋なものだった。
だが、彼女たちの世界はマナによって支配されていた。
意思も、覚悟も、信念も、思考力と言うものを何一つ持ちえていない、只々生きているだけの存在に。
それは、根幹の問題だ、概念的な問題だ、世界の理的な問題だ、物理法則に縛られて生きる事を忌み嫌う様な問題だ。
あるいは……彼女は智過ぎただけなのかもしれない。
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何度も、何度も何度も、味わってきた懐かしくも暖かい感触に包まれる。精霊の加護、その加護はこの世界でも生きていた。
AP弾に貫かれ、爆散したはずの僕の体は元に戻る。
「そうか……僕の体はマナによって編まれているのか」
こちらの世界にやってきて、僕は様々な知識を得た。それは僕たちの世界では、決して知りうることの出来なかった知識だ。勇者として行動していた時は、魔物の倒し方以外は知る必要が無かった、けどこちらの世界に来てからは、様々な事を勉強した。
例えば極大の世界。夜空に見える星々は、それ自体がこの星よりも大きなものが数えきれないほどに存在し、無限に広がり続けている。
例えば極小の世界。この世界は原子によって編まれている。僕の体も分解してみれば、目には見えない原子の集合体だ。それらは惹かれあい弾かれあい、一つの形を作り出す。
マナとはそう言うものなんだろう。僕たちはそう言う存在なんだろう。全てはそう言うものなんだろう。
悲観する必要なんてない、憤る必要も無い、ただ有りのままを、在るがままに受け入れればいいだけの話なんだ。
見える、
彼は狼狽していた、死んだはずの僕がこうして生き返って来たのだから。
僕はその様子を見て、頬が緩むのを感じた。
僕たちの世界ではこんな事はしょっちゅうだった、何度も死んで何度も生き返った。彼の蘇生魔法で生き返った事も数知れずだ。
「世界が変わったって、運命からは逃れられない、いや逃げ惑う必要はないんだ。
勇者とは突き進むもの、運命を傍らに置き。どこまでも進み続ければいいんだ。
ゴード、君の意思は尊重しよう。だが僕はやっぱり勇者なんだ、だから
分かる、そう分かったんだ。
今の彼は闇のオーラに包まれている。やはり勇者の対極には魔王が存在する物なのだ。
駆ける、彼を目がけて一直線に駆け抜ける。
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「ふ、ざ、け、る、なぁあああああ!
貴様ら! 敵は背後だ! まだ奴は死んじゃいない!」
俺は攻撃命令を出す。轟音と共に、幾つもの砲弾が打ち出される。奴は確かに死んだはずだ、その様子はこの目で確かに確認した。
「貴様は! まだあの世界に縛られているのか!」
あの掃き溜めの様な世界、俺たちを使い捨ての道具として、酷使した世界に!
「死ね! 今ここで死ねば、人間として死ねるのだ!」
体の良い勇者じゃなく、魔王を倒した怪物でもなく、ごく普通の人間として死ねるのだ。
だが、砲弾は奴の体をすり抜ける。見間違いじゃない、奴はただ真っ直ぐにこちらに向かって駆け続けているだけだ。
「くっ、物理攻撃は通じないのか!?」
モンスターの中には、そう言ったものも多くいる。奴はそう言ったものに成り下がってしまったのか?
「もういい、無駄だ! 貴様らは手を出すな! 俺が決着をつける!」
俺はそう言うと戦車から飛び出した。
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