第35話 HERB
<速水>
「駄目だ嬢ちゃん! こっちの道は壊れていやがる!」
「ふええ! でもあっちの道は青い光で一杯です!」
何とか無事に車をゲットできたの良かったが、肝心かなめの道路の方がぐちゃぐちゃだった。考えて見りゃそりゃそうだ。
ポコポコポコポコ温泉の泡みてぇに、スライムどもが道路から湧き上がってくるんだ。無事な道路を探す方が困難だ。
「くそ! こんな事になるんなら戦車でもパクってくれば良かったぜ!」
「ひゃー! ひゃー! 前! 前危ないです!」
「分かってるよ! 嬢ちゃん!」
雑魚どもはバーゲンセールに群がってくるババアみてぇに、うじゃうじゃと湧いて来やがって、ちっとも前に進めやしねぇ。折尾の街をグルグルと回り続けだ。
「くそっ、車じゃ埒が明かねぇな」
「そっ、そんな事、今更言ってどうするってんですか」
確かに嬢ちゃんの言うとおりだが、なんだがすげぇ嫌な予感がプンプンしてきやがる。ここで時間を浪費するのはちーっとやべぇ感じだ。
そんな事を考えつつハンドルを握っていたら、突然すげぇ衝撃が襲ってきて。視界がぐるんと回転した。
「うおおおおお!?」
「きゃーーーー!?」
車は衝撃で二度三度回転する。どうやら上から飛び降りて来た化けもんの直撃を受けちまったみてぇだ。
「くそっ! 無事か嬢ちゃん!」
「はっはいー、なんとかー」
車はもうお釈迦だ、キーを回しても反応しやがらねぇ。
「しょうがねぇ! ここからはマラソンの時間だ!」
「ふええー。もうやだー」
べそかく嬢ちゃんを肩に担いで準備完了。最初っからこうしてればよかったかも知んねぇ。
東の空から爆音が聞こえて来る。なんだ?芦屋の自衛隊から戦闘機でも飛んできたのか?
夜なんで見えやしねぇが、嫌な予感だけはビンビンに感じやがる。
「あっ、あの、速水さん」
肩の上から嬢ちゃんが震える声で喋って来た。
「パニック映画のお約束って、最後のケリは爆弾ですよね」
そんな事は聞きたくなかった。俺は化けもん共を蹴り飛ばしながら、必死で東へと駆け抜けた。
<合衆国陸軍>
「プランDが執行された、プランDが執行された、直ちに所定の行動を行え、直ちに所定の行動を行え」
無線機から雑音交じりの放送が、無人の駐屯地に鳴り響く。いや、無人と言う訳ではない。元人間と言うならば、幾らでも存在していた。
<人民解放軍>
「総員退避せよ、繰り返す、総員退避せよ」
この場所にいるのは、元人間の怪物、生まれ落ちたばかりの怪物、そして物言わぬ体となった人間だけである。
<旧スペースワールド跡地>
銃火の灯りすらなくなったその地にて、2人の男が相対していた。お互い体は満身創痍。一発でも先に入れた方が勝者である。
お互いその事は分かっている、分かっているが故に、お互い動けないでいた。
くそっ、魔力がもう限界だ、打てるなら後一発。ゴードはそう思い、慎重に隙を探す。
この距離ならば彼の独壇場、何とかそれを回避して、攻撃に移る。シージはそう思い、ゴードの動きを観察する。
2人が睨みあっているその時だ、東の空に、死の翼が舞い上がる。
それは丁度二人の上空に達した時、爆槽のふたが開き、熱核兵器がその姿を現した。
爆弾、投下。
重水素の熱核反応を利用したこの兵器の威力は、広島・長崎級原爆の数百倍の爆発エネルギーを有する、人類の最終兵器である。
そして、北九州は光の中に消えていった。
<早乙女>
「セルフ大空襲の次は、セルフ原爆投下か。所詮は政権がかわってもやれるこた変わんなかったな」
俺は新聞をめくりつつ、そうため息を漏らした。
速水の野郎とは音信不通。あの日、中間に行ったきり帰っちゃこねぇ。もしやあの爆発に巻き込まれちまったのかもしれねぇ。
あの日原爆は投下された。第二次大戦中には幸運な事に免れたってのに、今更になって投下されるなんざ皮肉な事だ。
この事に対する非難は世界中で巻き起こっている。だが、何と言っても最も風当たりが強いのは日本だ、世界一の原爆アレルギーの国にして、世界で三度も原爆を落とされちゃ当たり前だ。
元々棚ぼたで、政権を取ったような連中だ、この問題に対応できるような腰はしちゃいないだろう。弱腰政府は、オロオロするばかりで、国連に文句の一つも言えやしねぇ。まぁそりゃそうだ、自分とこのケツもちである中国様も決断の席には座ってるんだ。
ケツもちに裏切られるなんざ良くある話だが、ここまで見事に裏切られるもの滅多にない話だろう。
更地になった北九州が、復興途中で再度更地になっちまった、しかも今度は前よりも念入りに。
腑抜けの日本政府に、再度の国連軍駐留を跳ねのけられるようなガッツはねぇだろう。と言うか一応建前上は、国連軍の駐留は解かれちゃいない。
放射能の危険性が無くなったころに、おっかなびっくりお邪魔することになるだろう。
「けど、あの薬草が原爆如きでどうにかなるものかねぇ?」
確かに原爆は人類の最高傑作、これ以上ない兵器だ。だが相手の常識の無さも群を抜いている、まさしく異次元の常識外れだ。
葉は消し炭になり、根は吹き飛んだとしても、それでも嫌な予感だけはしっかりと根付いて離れねぇ。
「まったく、これから世界はどうなっていくのかねぇ?」
俺はそう呟いて、タバコに火をつけたその時だ。
「うーっす、只今戻りましたー」
「っておめえ速水! 生きて居やがったのか!」
「なんすか、酷いっすね社長」
いきなり間抜け面を晒してきたのは速水の野郎だ。奴は服なのか布きれなのかよく分からねぇモノを身に着けたままで、いけしゃあしゃあとそんな事を言いやがった。
「まっ、まぁ、生きてたんならそれでいい。そんで? おめぇは今まで何してやがったんだ?
後……その嬢ちゃんは何もんだ?」
速水の野郎の背後には、ハムスターみたいにキョロキョロと忙しなく目を泳がせる嬢ちゃんが居る。
「あー、まぁ話は長くなるんですか……」
そう言って速水が語ったのはこうだった。
くだらない諍いごとで、人民解放軍に連れられて折尾の街は行ったはいいが、化け物騒ぎに巻き込まれちまって右往左往。その後なんとか脱出に成功するも、空から原爆が落ちて来た。
これで一貫の終わりと覚悟を決めるも、嬢ちゃんから不思議な光が溢れて来て、よく分かんないが無事生還。
国連軍の検問から必死の覚悟で逃れ逃れの大脱出。親兄弟との連絡のつかない嬢ちゃんと、取りあえずはウチの事務所にやって来た。
俺は嬢ちゃんに視線を向ける。彼女は何故かペコペコと俺に頭を下げて来た。
「はぁ、よく分からんがまぁいいや」
こいつの言う事は今一要領を得ないが、まぁ今の北九州に常識は通用しない、そんな非常識な世界で有った事だ、俺に分からない事の10や20あった所で驚くには値しないだろう。
「兎に角はお疲れさんだ」
俺はそう言って速水の野郎にタバコを投げ渡した。
蓮屋が見つけてきた薬草、それから始まった人生の転機はとんでもないところに終着点を見つけた。
だが、人生はこれからも続いていく。人生の転機ってやつはあくまでも中継点だ、上がる下るは置いといて、そいつが終着点ってわけじゃない。
これからも、俺たちはくだらない人生を歩いていくんだろう。
「多少は、刺激的な人生になるかもしれねぇがな」
<藤田>
私と大原さんは、何とか無事に米軍に救出され、今は沖縄の米軍基地に移送されている。
とは言え地元である北九州が、核の炎に包まれる様を眺めるのは、何とも言えない気分だった。
「大原さんはこれからどうするんですか」
「これからも研究を続けますよ、私にはとてもあれが最後だとは思えない」
まぁそうだろう。大原さんの予感が正しければ、あの青い結晶はあらゆるエネルギーを糧にする、それは原子力の力も同じだろう。
「そうですね、私もそれには同意見です」
それに、大原さんの様なPXの第一人者、とてもじゃないが米軍が手放そうとは思わないだろう。
PXによって狂わされた私たち、いや世界が迎えた転機。それは今後の世界をどんな風に変えていくんだろう。
研究者としても人間としても、中途半端な私には想像の着かない話だ。
まぁ、そんなことを考えるのは政治家の仕事だ。
私は大原さんの隣に座ってこう言った。
「研究者は研究者らしく、大人しく顕微鏡でも眺めてましょうか」
<旧スペースワールド跡地>
大きくえぐれた大地に私は独り立っていた。
あの時の爆発で全てが消えてしまった。シージとゴード、2人の魂はもうここにはない。私を知る者はこの世界には誰も居なくなってしまった。
これから世界はどうなるのだろう。私はただの傍観者だ、彼らの様に積極的に世界のシステムに介入しようなんて気は更々ない。
私たちをこの世界に転移させた彼女。私たちを勇者とし、最後に救った彼女。彼女は世界のシステムに戦いを挑み、そして敗れ、最後にはシステムの一部として取り込まれた。
彼女は後悔しているのだろうか、肉体・精神ともに消え去り、魂だけの存在となった。最後に自分の所までやって来れたのは、彼女の一部が世界と同化している証拠だろう。
彼女にとっての人生の転機は敗北で終わった、けれど彼女に奪われ、彼女に救われた、彼女の子共の一人である私は願う。
どうか彼女の最後が安らかなものでありますように。
カラリと瓦礫が崩れる音がする。その音に振り向くと、そこには炭のかけらが一つ。
「あら、貴方は生き残ったのね」
彼は確か、ゴードのペットだった子だ、名前は……忘れてしまった。
「全く、彼は余程あなたを頑丈に作ったのね」
私はついつい微笑んだ。誰も信頼できない彼にとって、この子は唯一心を許せるよりどころだったのかもしれない。
「まぁいいわ。今住んでいる所はペット可の物件だから一緒に来る?」
私はそう言って、その一片の炭を手に取った。
目の前に広がる焦土には、薬草の影は形も無い。だが世界は転機を迎えた。それは大気に香るマナの残り香が教えてくれる。
今回は人類の勝利に終わった。だが、世界中に拡散した薬草は何処かでその芽を芽吹かせるだろう。
人類の欲望が、何でも治せる魔法の薬と言う欲求に勝てる筈がないのだ。
「さて、そろそろお暇しようかしら」
私は転移魔法を作動させる。
私達が消え去った後には、無人の荒野が広がっているだけだ。
<何時かの場所、何処かの世界>
『シージ、シージ』
優しく語りかけて来る声が聞こえる。
『シージ、シージ』
それは聞き覚えのある声、忘れちゃいけない声だ。
「あ……あ……」
『おはよう、シージ。目を覚ましたかい?』
「あ……あ……」
『はっはっはー。ああシージ、死んでしまうとは情けない!』
目の前で演技過剰に悲しむのは、
「ここは……?」
『ありゃ、無反応かい? まぁいいや。ここは……そうだね、どこでもなくどこでもある、そんなあやふやな場所さ』
そこは上下左右の感覚がない不思議な場所だった、ここが死後の世界と言うものなのだろうか。
何時も死んだときには意識が無いので分からない。まぁ死んだときに意識があると言うのはおかしな話だが。
『よく頑張ったねシージ。お疲れ様』
彼女はそう言ってほほ笑んだ。
『そしてごめんねシージ。僕は君たちをさらなる過酷な運命に押しやってしまった』
そんなことは無い。あの世界での日々は僕にとっては宝物だ、終わりは確かに、悲痛なものだったのかもしれないけれど。あの楽しかった日々は偽りじゃない。
『そうかい、そう言ってもらえれば幸いだ
けど、向こうの世界にとっちゃとんでもないことしちゃったな』
彼女はそう言いながら頭をポリポリと掻いた。
「貴方は、全てを知っているんですか?」
『そうだよ、僕は何でも知っているー……だったら良かったんだけどね。
いや、まさかマナが次元を超える力を持っているとは知らなかった』
彼女はそう言う。だが考えてみればそれも当然な事だったのかもしれない。彼女の力を借りたとは言え、僕と言う存在が次元の壁を超えることが出来たのだ。彼らが単独で次元の壁を超える事があっても不思議ではない。
「となると、今回のことは僕たちが原因なのかな」
『いや、君は責任を感じる必要はない。全ては僕の責任さ。
とは言っても、肉体の無い僕では返せるものなんてありはしないけどね』
知った事かーと彼女はやけになってから笑いをする。
「ところで、ゴードはどうなったんですか?」
僕の友達、僕の兄弟、僕の宿敵。様々な宿命で繋がれた僕の半身は。
『ああ、彼もこっちに来ているよ』
僕は彼女の微笑みに頷き、光刺す方向へと歩を進めた。
薬草が紡ぐ、二つの世界の物語、一たび回り始めた歯車は止まることなく時代の物語を紡いで行くことだろう。
その出会いは、偶然がもたらしたものだった、不幸な出来事が数多くあった。幾つもの血が流れた、幾つもの涙が流れた。
だけど、最初の祈りは純粋なものだった。彼女の祈りが、僕たちの望みが、幸せな明日を築いて行ってほしい。
僕は最後にそう祈った。
HERB 完結
HERB まさひろ @masahiro2017
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