第20話 二人の決闘
「行くぞゴード!」
「こいやシージ!」
月明かりの下、2人だけの戦いが始まった。
2人は同時に叫び、同時に踏み込んだ。かつての世界で
同時に踏み込んだものの、先手を取ったのはゴードだった。お互いフルスペックの状態でもゴードの方が素早さでは軍配が上がる。それに加えて、今の彼は十全の状態だった。それは魔力が十全と言うだけではない。予め能力上昇の魔法をかけていたのだ。
スパパンと閃光の様なジャブがシージの顔面に突き刺さる。先手を取られ、のけぞった所に、本命のストレート。
だが、これを読んでいたシージは体をそらして、フックを放つ。
轟音と共に弧を描いて振るわれる右腕。しかし、ゴードはそれをしゃがんで脇腹に肘を叩き込む。続いて顎に掌底を突き上げ、その手を後頭部に絡ませ、引き下げると共に、鳩尾に膝蹴り、側頭部に手刀、脳天に鉄槌。留まること無き、連続攻撃の嵐がシージを巻き込んだ。
だが、勇者の肉体は倒れない。
シージはゴードの攻撃を無視して、ゴードの体を締め上げんと、両腕を挟み込む。
そしてゴードの素早さはその上を行った。ゴードはそれを素早く察知、するりと腕の名から逃れて距離を取る。
「ったく、相変わらず馬鹿みてぇな頑丈さだな」
「…………」
怒涛の連撃を食らいつつも、シージには大したダメージは残っていない。彼のタフネスを改めて痛感したゴードはため息を吐きつつも、構えを取った。
「まったく、何時まで経っても男の子は元気よね」
まるでダンスを踊る様に、クルクルと回る二人を眺める影があった。そう、この世界に飛ばされた勇者は彼らだけではない。残る一人の勇者、最大火力を誇る魔法特化型の
彼女の、彼方の世界での名はルーナ、こちらの世界での名は本城彩と言った。
戦況は相変わらず一方的なものだった。素手でのじゃれ合いでは決着が付かないと判断したゴードは攻撃魔法を織り交ぜてながら責め立てる。
火炎や氷激、雷撃やかまいたち、彼の持ちうるあらゆるカードでもって一方的に攻め立てる。
だが、だが!
「なんでテメェは倒れねぇ!」
体中から血を流し、だがしっかりと、両のその足で立っていた。
「強い、やっぱり強いよゴードは。だけど……だけど、この程度では僕は殺せない」
シージは口から流れる血を拭いながらそう言った。
「ちっいいいいい!」
勇者は最強の存在だ、魔法素養を持たない代わりに、最強の肉体を持って生まれたシージ。その頑強さは彼が最後まで戦い抜いたことが物語っている。
(ちっ、調子に乗って長引かせ過ぎたか。魔力が心もとなくなってきた)
ゴードは密かにそう思いつつも、それを悟られぬ様に決して攻撃の手は緩めない。
だが、その事は読まれているだろう。お互い誰よりも見知った仲だ。こっちの魔力の残り具合程度、あっちにはとうにお見通しだろう。
高速移動の連続攻撃の際に、一瞬の隙をつき、マナポーションを服用する。
(これが最後の一本か、畜生、俺じゃ奴に勝てないってのか!)
ゴードは半端な存在だった。体術と魔法、両方に通じる彼は、逆に言えばどっちつかずの半端な存在である。
剣技ではシージに勝てず、魔法ではルーナに勝てない。それは彼にとって大きなコンプレックスとなっていた。
そう、コンプレックスだ。
彼は彼方の世界での勇者としての旅の間、ずっとコンプレックスを感じていた、感じることが出来ていたのだ。
身も心も、魂の髄まで魔女の刻印に汚染され、自由意志など殆ど無かったシージに比べ、彼はそう言った面でも中途半端な存在だった。
「辛いね、ゴード」
飛行魔法を使い上空より2人の戦いを見守るルーナはそう呟く。
肉体的にも精神的にも、最も
よって、ルーナにはゴードの苦難がよく分かる。
「けど少しやり過ぎよ、こんな暗闇の中で、そんなにピカピカ光らせてちゃ、大目立ちだわ」
ルーナはそう笑うと、一つの魔法を行使した。眼下で戦う2人の体が、光の膜に包まれる。
「「なっ、これは」」
気づいた時にはもう遅い。上空にて2人の戦いを覗き見る存在に2人がやっと気が付いた時には。
「今日はここまで、騎兵隊の到着よ」
ルーナがパチンと指を鳴らす。光の膜に包まれた2人は別々の方向へと飛び去った。
それと交互する様に、闇夜の中にヘリのローター音が響いて来る。
2人の戦いは暗闇の中で、大きく目立った。その調査の為に自衛隊のヘリが派遣されていた。
今はまだ早い。今2人の様な異分子が表に出てしまっては、全ての元凶として槍玉に上がってしまう。
そう思ったルーナは、転移魔法を使い、2人を監視の目から遠ざけたのだ。
「とは言え、現行犯逮捕を免れただけなのよね」
ルーナはそう言い天を見上げる。目視では分からないが、そこには無数の監視衛星がある事だろう。
「あんまりこっちの世界を舐めちゃだめよ2人とも」
夜空に浮かんだルーナの姿は、その一言を残して掻き消えた。
<陸上自衛隊、偵察ヘリ>
「今何か飛んで行かなかったか?」
「さっ、さぁ自分は確認しておりません」
機長の
それも無理はないと、藤宮は思う。今の北九州は異界なのだ。災害救助と言う名の実戦は、良くも悪くも幾度となくこなしてきた。
だがこれは、別の意味での実践だ。
「おい、何だこりゃ」
ヘリのサーチライトが、目標地点を照らし出す。そこには戦いの後が刻まれていた。地面は削れ、抉られ、砕け散っていた。真新しい焦げ跡や、凍り付いた後すらある。
「これもPXの仕業なんでしょうか」
新庄は、その生々しい戦闘後を見て、キョロキョロと視線をさまよわせる。上空を飛ぶ鋼鉄の箱とは言え油断はできない、そんな気持ちで一杯だった。
PXによって、異形化したものの中には、炎を吐く生物すら確認されている。何があってもおかしくはない。機長である椛島は熟練のパイロットだ、だがそれもこちらの世界の常識の上での話。異界と化した現在の北九州でその常識は通用しない。
「さてな、サーモバリックの大盤振る舞いをした後に、そんな愉快な生き残りが居るとの報告は上がっちゃいないが」
爆撃機を保有していない日本は、自国の爆撃を米軍に依頼した。B-1Bが通過した後の北九州は、草木の一本も残っていない更地になっていた筈だ。その後何度も行われた偵察では、そんな報告は出て来ていない。
日本の要請にアメリカがすんなりと答えたのは、アメリカが既にPXを入手しているからだとの噂がある。
まぁそれはそうだろう、こんなとびっきりの品物を日本だけで独占できる筈がない。なんせPXはそこらの道端に生えていたんだ。
「兎に角我々の任務は偵察だ、起こった事をありのままに報告する、それだけを考えろ」
藤宮はそう言うと操縦桿を握り直した。
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