第17話 ■■■
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「いいか、王命は絶対だ」
それは胸の奥にしまわれた、過去の残滓。
幾ら拭っても拭いきれない永劫なる呪い。
私を彩る、内なる影。
出立の儀式が謁見の間で行われた。
今代の勇者は僕を含めて3人、其々の長所を合わせれば、初代を上回る事も可能な3人だ。
国王からの激励の言葉を受け城を後にする。現地に付けば旅の友となる仲間が待っているらしい。だが彼らは、地元の貴族の息子や将来を期待された僧侶・魔術師等なので、彼を危険な目にあわせてはならない、万が一の場合は命を賭しても守ることと命を受けている。
もちろん、そうならないように全力を尽くす。勇者は自ら先頭に立ち闇を切り裂くものだ。僕は勇者だ、悪を切り裂く剣であり、闇から皆を守る盾なのだ。
険しい岩山で巨人と戦った。巨人の一撃は盾を砕き腕を砕いた。常人ならかすっただけで体が爆散するであろう一撃もその程度だ、傷ついた体は
見渡す限りの雪原で肉体を持たない冷気の悪魔と戦った。魂を蝕む呪いも祝祷によって弾かれる。
廃城で翼をもち多数の呪文を操る巨大な狒々と戦った。巨人に匹敵する力と、巨人をはるかに上回る速度、そして練られた戦術に基づき放たれる数々の呪文。その全てを置き去りにし全力で突撃、手足を切り飛ばし、頭を落とした。
毒の沼地に潜む多頭の大蛇と戦った。常人なら近づいただけで肺を腐らせる毒も祝祷によって僕には効果が無い。首を切り落としても再生するのであえて丸のみされ、体内から爆散させた。
付き添いを守る必要はなかった。3人で突っ込み3人で戦い3人で倒した。一戦するたびに彼らとの距離は一歩また一歩と開いていった。
火を噴く山の洞窟の奥に住む竜と戦った。付き添いは洞窟には入って来なかった、流れ弾を気にしなくて良くなった。分かる、自分に残された時間が分かる、この戦いが最後になるだろう。何も気にしなくて良くなった、残りの全てを燃やし尽くし敵を打ち滅ぼす、それだけだ。
祝祷をもってしても、この身を焦がす炎の吐息、尾の一撃は先端が霞むほどの速度で放たれ当たればこの身とてちぎれ飛ぶだろう、鱗の硬さ爪の鋭さは言うまでもない。これが最後の戦いで幸いだった、もし最初の相手がこの竜だったら、先に戦った相手と戦える力は残っていなかっただろう。
スペックは全てあちらが上、竜鱗は剣も魔法も弾き飛ばす。盾はとうに溶け、剣も折れた。
頼みの綱の残りの勇者もとうに倒れた、残ったのは僕と巨竜だけ。
ならば、ならば!
「命を燃やす、決めに行くぞ!」
そう言って僕はつい笑ってしまった。勇者の僕は今まで会話なんぞほとんどしなかった。したとしても『はい・いいえ』と答える程度。2人の勇者とも言葉を交わす必要が無かった、なぜなら僕たちは3人で独りだったからだ。
折れた剣を片手に、ブレスを突き切り、爪を掻い潜る、炭化した体は体に刻まれた祝祷により即座に回復されるが、その速度は徐々に落ちてくる。
「勇者の力よ! 俺の命を!」
折れた剣から光があふれ、光の剣となる。俺の力のすべてを剣に凝縮させる。体中から力が抜ける、足が抜けそうになるが気力で支える。ここで躓いてしまったら全て終わりだ、千変万化の攻撃を最小の被弾でもって突き進む
「こ、こ、だァァァァアアアアア!!!!」
最初で最後の有効打、光の剣は竜の胸に突き刺さり、その切っ先は背中まで突き抜けた。
「これで、終わりだ」
残りの力を竜の中心で爆発させる。七孔吻血、か細い鳴き声とともに、全身から爆炎と竜血を噴き出し最強の敵は地に付した。
『おーい、おーい、聞こえてるかーい?』
何処かから、声が、聞こえる……
『はっはっはー、まだなんとか息があるみたいだねー、いやー凄い凄い』
何処かで、聞いた覚えのある、ような……
『はーい、そうだよー、何処かで出会ったおねぇさんだよー、またの名を元凶ともいうねー』
元、凶……
『そう! 元凶にして原因にして加害者にして、そしてこの世界のシステムの一つさ!」
何が……
『おっとごめん、話が長くなっちゃうのは私の癖でね。君の時間は残り少ないんだ、話をとっとと進めるとしよう』
話……
『そう、君―――、そう言えば君の名はなんだっけ?』
僕…僕は…勇、者……
『ああそうだ、君は紛れもない勇者だ。けど私が訪ねているのは、君が勇者になる前の名前、両親より授けられた、君の本当の名前だよ』
両親、名前……
『んー、まだ呪いがきついかー、ちょっと待っててねッ!』
暖かい力が体を包む、体の中でギチギチと音を立てる錆びた鎖が、少し緩んだような感覚がする。
『はーぁ疲れた、この力(呪い)はもう君と完全に同一化していて、解放することは出来ないけど。私が全力を出せばほんの少し緩めることは出来る。それで、思い出せたかい?』
思い出す、思い出す、ああ誰かが泣いている、泣いて俺を送り出している。
「……シー……ジ」
顔のない誰かが、俺をそう呼んでいた、誰かが、俺をそう呼んでいた。
『そうか、君の名はシージと言うんだね。それではシージよ君に尋ねよう、君はまだ生きていたいかい?』
シージ、それが俺の名なのか、靄がかかってよく分からないが、その名は胸の奥にするりと潜り込んだ。
「生きたい?」
『ああそうだ、私が君に与える最初で最後の選択肢だ』
「……分からない」
『そうかもしれないね、君は自分の意思とは無関係にこんなところまで連れてこられた。システムは君に自分の意思を持つ事を許さなかった。だけどほんの少しの勇気を出してほしい、君からシージと言う名を奪い、こんなところまで連れてきたその原因が言うセリフじゃないのは百も承知だ。だけど私は言う、私は時間の許す限り君に問う、君はまだ生きていたいかい?』
分からない、考える気力が残っていない、寒くて、暖かい、彼女の言葉には後悔や願いや懺悔、色々なものがこもっている。けれど僕にはもうそれを受け取るだけの魂がない。
少し、ほんの少し、あと少しの力がほしかった。彼女の心からの声に答えるだけの力が。
「……生きたい」
『そうか、それが君の出した答えか。ありがとうシージ、私の問いに答えてくれて』
彼女は自愛に満ちた声で、けど少し申し訳なさそうにそう言った。
『君の消え去りそうな魂は、そこにいる君の友達に分けてもらおう。あっちも消えかけの魂だが、なにせ竜の魂だ、ほんの一欠けらでも人間の魂を補充するには十二分にある。
だが、君にかけられた呪いは、このシステムが支配するこの世界では、もうどうしようもないものだ、このシステムの中では君の命はここで尽き果てることが決定している。このことは、システムの一部に成り下がってしまった私には、反吐が出るほどよく分かる。
だから、君を生かすには、こことは別の世界に旅立ってもらわなくちゃならない』
別の世界……
『そう、寂しいことに、この愛しい愛しい容姿端麗・純情可憐・温厚篤実なお姉さんとはここでおさらばだ』
いや、そこまでは……
『あっはっはっはー、よーし少しは元気が出てきたね! いいことだ!』
『うん、じゃぁ始めるよ。君の新たな人生の門出に祝福を! ここが、此処こそが人生の転機、人生のスタート地点だ!』
体が世界に溶けていく、光の粒子となって消えていく…………
『本当に、本当によく頑張ったねシージ、君は、君たちは私の自慢の子供だ、これからは自由に生きて―――』
<シージ>
生臭い匂いがする、体中に痛みが走る、聞き覚えのない騒音が聞こえる。空気が薄い、あの大蛇と戦った毒の沼地に似ているが、少し違う。息は十分吸えるのに、空気に何かが足りなくて、吸っても吸っても息苦しい。
誰かが僕を見下ろしている、見たことのない服装の禿頭の男だ。その男が僕に何かを言っている、分からない、僕の耳がおかしくなったのか、それとも聞き覚えのない言葉だからか。
「シージ」
僕の名だ、朦朧とした頭に浮かんだ言葉、最後の最後で取り戻した僕自身の名前。あの女、名前も知らないあの女が取り戻してくれた僕の名を口に出したところで僕は気を失った。
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