第3章 薬草を売り出そう ~そしてそれは浮かび上がる~

第7話 奇跡の草には旅をさせろ

<古賀>


「じゃあ今日は藤田さん県庁にいってるんですか」

「ああそうだ」


 私があの傷薬を持ち込んで以来ドタバタしていた社内が少し落ち着いたので、何らかの結論が出たのだろうと恐る恐る聞いてみると、課長は幾分スッキリした様子でそう言った。


「君に伝えるのが遅れてすまなかったね。室長と主任は、今日は保健所に出張だ、そこで市と県の担当者と会議予定する予定になっている」

「……いや、なんだか済みませんでした、余計な仕事増やしちゃって」

「ははは、まぁここの所忙しかったのは事実だけどね、けどこれは古賀さんのミスってわけじゃないよ。役所の方でも噂は流れてたみたいでね、ようやく現物が手に入ったってよろこんでたってよ」

「お役に立てた? なら光栄ですが……」

「まぁ、会議が終わってどんな風になるかは想像がつくけどね……。まぁ、どこよりも早く第一報を届けられたのはお手柄だよ。それが凶事ならなおさらね」

「……やっぱり、凶事なんですよね」

「あぁ、凶事と言うのは言い過ぎだった。だが、とても難しい案件と言うことは確かだ」


 私は無言でうなずいた。


「もしもあの薬の分析が成功し製品化できたとしたら、それこそ地球規模での医療の大革命だ。だがその為に超えるべきハードルは正に異次元レベルと来ている。宝の山を目の前にしながら、現代の常識の通じないトラップが山の如し……しんどいだろうねぇ」

 

 ごめんなさいと藤田さんに心の中で謝る。こんど飲み会があったら精一杯お酌をしよう。


「あぁ、大事なことを1つ忘れてた」

「はい? なんですか?」

「あの薬を売っていた人、薬事法がらみで警察が捜査するかもしれないから、古賀さんにも話を聞きにくることになるかもって」

「ひょぇ!」


 警察の名前に奇妙な声を上げてしまった私を、彩さんがけらけらと笑いかける。


「大丈夫よ恵子ちゃん。貴方に後ろめたいことは無いんだから」

「そっそれはそうですが」


 彩さんとは違い、私は立派な小市民だ、警察の聞き取り調査と言われてどっしり構えられるほど神経は太くはない。


<立花>


『中間報告です』と彼から渡された資料には例の男、蓮屋の詳細なデータが記されていた。

 だが重要なのは蓮屋の過去ではない、奴が今何をやっているかだ。いや極論すればそれすら些細な情報、我々が求めているのは例の植物のありかだった。


「それで、響さん、例の植物については何か分かりましたか?」

「いえ残念ながら」


 そう言って彼は口を濁す。だがそれは無理も無い話だ、此の世に存在しない筈の植物、それも顕微鏡サイズに細分化されたモノを頼りに、それの正体を探るのは。


「では、やはり蓮屋なる男の足取りを探るのが近道と言う所でしょうか」

「はい、僕もそう判断し、彼についてより詳細な調査を始めました」


 響は机に目を落としたままそう話を続ける。


「幸いな事に、貴社から渡された事前情報のおかげで調査はスムーズに行きました」


 彼はそう言って資料をめくる。


「此処です、僕の伝手で色々と探った所、彼は園山組の関連組織と行動を共にしている様です」


 広域指定暴力団園山組。日本で、否、世界でも有数な非合法暴力組織だ。法改正以前には表の組織に広く影響を与えていたが、改正後の現在では深い所で影響を与えている組織だ。


「響さん。つまりは、例の植物は暴力団が出所だと?」

「断定はできません。いやむしろ彼が園山組に売り込んだ可能性の方が高いと思われます」


 彼は資料を捲りながらそう説明をする。

 蓮屋が見つけた? 奴は一山いくらのごくつぶしだ、それがあんな摩訶不思議な植物を見つけ出した?

 現在我が社では総力を挙げて、例の植物についての分析を進めている。だが結果は芳しくない、ありとあらゆることが規格外、調査不能の未知なる植物だ。

 どこかで偶々新種の植物を見つけ出した、話にすればそれだけの話だが、その影響力は単純なものでは無い。世界の常識を変えるもの、大げさに言えば人類の転機となるべき品物だ。


 この件に関しては薬事法を盾にして県警も動いていると言う話が聞こえて来る。単純に足取りを追うのなら人海戦術に勝るものは無い。

 幾ら百戦錬磨の響真治とは言え、数の暴力には屈するだろう。


 タイムアップになる前に、いっそのこと園山組に殴り込んで、蓮屋の身柄をさらってきてしまえばいいのに。


 私は無責任にもそんな事を考えてしまうが、幾ら著名な名探偵とは言え、そんな事をしていれば命がいくらあっても足りないだろう。

 

 とは言えそれは私も同じこと、本社からは毎日の様に矢のような催促が送られてくる。このままでは私の地位いのちが取られかねない。


「蓮屋がどこで例の植物を入手したか、その糸口はつかめないのですか」


 私は何度も繰り返したセリフを口に乗せる。


「申し訳ございません、現在調査中です」


 響の応えもまた、何度も聞いたセリフだった。


<速水>


「おう、長旅お疲れさん」

「「「「お疲れ様です社長」」」」


 住み慣れた北九州きたきゅーから離れ離れて長崎の訳の分かんねぇ小島までやってきた。目の前にあるのは飾りっ気のない四角い建物、まぁパッと見は普通の工場ってところだ。

 社長と本家の郷田とかいうスカシタ格好の若頭補佐に適当に工場内を案内してもらう。

 ここは以前、木材加工工場とかなんとかだったという話だ。だがそれは表向きの話、裏……と言うかこの工場には地下がある。男の子ならだれでも目を輝かせて憧れる、地下秘密基地って訳だクソったれ。

 以前本家ちょっかい出してきたどっかの組をつぶした時、ついでに接収したのはいいが、原材料の仕入れルートも潰れた事などから塩漬け状態になっていたそうだ。それを改修して上では工場再開、下は例のブツの加工場と言うわけだ。

 まぁ加工場とは言っても今のところはその前段階の実験場といった感じだ。あの愉快な世界で育ってたのが全うな世界でちゃんと育つのか色々試したりなんたりするらしい。


 こうして島流しの憂き目にあっても、俺らのシノギは基本的に大して変わらない。電話をかけて親子のきずなを確かめる仕事や、スポーツ観戦をよりエキサイティングにする仕事だ。

 とは言え、この狭い島内で営業するわけにもいかないので、島外に営業電話をかけるのが俺たちの仕事。集金は例の若頭補佐の所に任せると言うことになった。結局早乙女金融が若頭補佐の所に吸収合併されたようなもんだ。

 さらに、若頭補佐の所から経理・事務・研究に人員が回されたので、ダブついた人間は交代で上の工場で周囲へのアリバイ作りに適当に機械を動かす仕事が追加された。特に俺は集金業務が主だったので木くず紛れになる時間が多くなった。もちろんあのバカは地下に缶詰、あんな訳分からねぇブツと1日中地下で過ごすなんざ正気を疑うが、あれが人間のバカの下限でこれ以下に下がりようがないと言うことなんだろう。


<蓮屋>


「えっ、指名手配ですか!?」

「えぁ、場合によってはそう言う方向に進みかもしれません。と言うわけで、ほとぼりが冷めるまでの間、蓮屋さんには地下で薬草の育成についての実験に専念していただきます」


 郷田と言う男が言うには、元いた町で俺のことを探っている連中がいるらしい。早乙女金融にも聞き込みが入ったそうだ、まぁ後任の社長は俺が借金を完済しているとしか知らされていないので、その後の探りようなど入れようが無いに違いない。


「我々は、貴方の才能を高く評価しています。この薬草の生育条件が解明され大量生産が可能となれば、その影響は裏社会だけではとても抑えられないでしょう。貴方が人類の救世者として後世に名を残すことも夢ではないでしょう」


 なるほど、さすが若頭補佐と言うだけはある、若いのに多少は頭が回るようだ。まぁヤクザの階級についてよく分からないが、この男の人を見る目は確かなようだ。

 ようやく俺を正当に評価してくれる人物に出会えた事実に、今までの貧乏くじだらけの人生を振り返り心が震える。


 その後も、郷田さんと少し打ち合わせをする。要はこの薬草が生えていた黄金空間を地下実験室で再現すると言うことだ。それならば望むことだ、俺が生まれ変わった場所、今では俺の故郷と言えるあの聖なる世界をこの地に再臨させる。その為の物資は可能な限り融通してくれるという。

 俺は郷田さんと熱く握手を交わした。

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