第11話 Fire
<PX研究チーム>
都庁某会議室、ここでは10回目のPX研究プロジェクトチームの実務者協議が行われていた。まぁ回数は増えたものの研究の進歩にはほとんど変化は見られない。そんな中で変わった事と言えば警視庁からの参加者が増えたことだ。
それと言うのも昨今裏社会からPXを原材料としていると思われる薬品が出回っているからだ。押収された薬物はプロジェクトチームに回され解析が行われ、エラーの出現パターンからPXの可能性が極めて高いと判断された。警視庁担当者の報告では薬品は全国的に販売されているものの、販売経路はいまだ不明で、供給源の判明にはまだ時間がかかるということだ。
だが、研究に行き詰っていた参加者には天よりもたらされた蜘蛛の糸の様なものだった。販売経路が解明すれば喉から手が出るほど欲している生体サンプルが入手できる。現有しているサンプルの分析はやりつくしたと言っていい。
現在は今までの科学技術とは別の分析方法を零から考えると言う石器時代に戻ったアプローチすら開始しているところだ。現代の理論が通用しない植物を相手にするよりも、現実のヤクザなりマフィアなりを相手にする方が楽ではないだろうが大いに勝機はあるだろう。もっとも販売主に現代の理論が通用しなかった場合お手上げであるが。
<速水>
「ちっ……」
プランFを実行して3時間ほど、地下室へ続く隠し階段の前でパイプ椅子に腰かけ社長たちを待つ。右手はテーピングでガチガチに固め、氷水に突っ込む。手の甲の骨がいってやがるがこれでしばらく持つだろう。
最初の30分ほどは衝撃音が遠く聞こえていたっが今は静かなものだ。その静寂を壊すローター音が工場の外から聞こえてきた。
「おう! 問題ねぇか!」
「へい! 大丈夫です!」
しばらくして玄関の方が騒がしくなってきた、騎兵隊の登場だ。
「おう、待たせたな速水」
「おせーっすよ、社長――」
呼び声に振り返ると社長と郷田の旦那そして、なんかゴツイのが4人ほど。状況説明しながら観察するが、一言でいうと筋肉モリモリのマッチョマンの変態×4だ、しかも拳銃は最後の武器だとばかりに、バーナー、チェーンソー、火炎放射器、身の丈はあるライフルと訳の分かんねぇ重装備を暑苦しい体にゴチャゴチャと飾り付けている。取りあえずの得物として工具棚にあったバールを手元に置いていたのだが、子供のおもちゃにしか見えねぇ。
「お疲れ様でした、速水さん。ここからは我々が引き継ぎます」
社長に説明が終わったタイミングで、隣にいた郷田の旦那が切り出してきた。完全武装の護衛……戦闘員? とは別に旦那自体はスーツのままだ、得物と言えば手に持った白鞘の長ドス、拳銃も仕込んでるかもしれねぇが。愉快な4人組と比べれば常識的なもんだ。
「郷田の旦那、自分はここでお役御免ですか? できりゃ奴の面拝みに行きたいんですがね」
「速水さんの健闘は拝見しました、おかげでアレの能力もある程度把握できました。これは十二分な成果です、右手も万全ではないですし、ここでお待ちください」
「あー、まぁそう言うこった。お前ならそう言ってくると思ってたがな、下は運動会出来るような広い場所じゃねぇ、今回は休んでろ」
そう言われるのは薄々分かっちゃいたが……。まぁ、しょうがねぇ社長と旦那の二人で来るようなら俺が先陣を切ろうと考えてたが、あのゴツイの達がいれば十分だろう、戦力的にも面積的にも。
<早乙女>
ヘリでいくと聞かされどんなもんが出てくるのか、ガキみたいにワクワクしちまった。2人でいくなんて言ってたもんで、郷田に『お前運転できるのか』と聞いたら、『ライセンスは持っていますが、今回は他の用事があるので専門家に任せます』とのことだ。俺の下にいた時も行動力は人一倍だったが、こいつは何を目指してるんだと呆れちまった。
ヘリは想像してたより大きなものだった、ドクターヘリとしてもつかわれている、民間機では中型の奴だそうだ。室内は本来広く快適だったが、先に乗っていた同乗者が、人並み以上にそこを圧迫していた。
郷田が操縦手の2人とキャビンの4人を紹介した。
6人は片言の日本語で自己紹介をしてくれた。何でも元PMCだかの戦争屋で郷田にスカウトされたそうだ。どう考えてもヤクザのSPには過剰戦力だと思うが、郷田が言うには、ヤクの取引で海外の面倒なとこに行くこともあるので、現地のガイドと毎回一から信頼関係を構築する手間を省くための事だ。
<早乙女>
地下室に降りると、まずは2人が先行して中に入り機材の設置を始めた。監視カメラの映像からいきなりドアを破るのは危険と判断し、壁の窓から作業を開始した。バーナーであけた穴にスコープを挿入し内部の様子を確認する。部屋中黒焦げの煤だらけだが、空調が働いているおかげか煙はそれほどではない。
監視カメラで確認された網の目の様に張り巡らされた、根だか茎だかも全て炭化している。だが、問題はドアをすっぽりと覆いかぶさる黒い柱だ。それの表面はすっかりと焦げているものの、巨大な木やアリ塚のように見える。
ひとまず動体反応なしと言うことで、窓の半分をさらに焼き切る。こんな経験は奴らも初めてと見え、作業は手馴れているものの慎重に事を進めている。
窓の取り外しが終わると、熱気と焦げ臭さが流れ込んでくる。隊員の一人が郷田に目くばせを交わした後、そこから身を乗り出しサブマシンガン(SMG)の照準を黒い柱に向ける、映画でおなじみMP5Kだ、軽快な連射音が終わると素早く奥に引き、回転ドアの様に待機していたもう一人が交代する。
その男がSMGを構えた頃には、さっきの男は既にマガジンの交換を終えバックアップに入っていた。なんか早すぎてよくわからんが、やっぱりヤクザが所有する戦力としては過剰だと思う。
「それでは、ノックはしたのでお邪魔しましょう。居留守ではないとよいのですが」
「郷田、お前さん楽しんでないか?」
「まぁ多少は、たまには想定外のことが起こってくれた方が張り合いがあります」
「そんなもんかねぇ、俺はもう歳だから何事も順調が好みだよ」
郷田は少し口角を緩ませて支持を出す。窓が全て焼き切られ、バックアップを一人残し残り全員で内部に侵入した。もちろん俺は最後に入った。
<早乙女>
黒い柱を前に戦闘員3人が扇方に囲む、その後ろに郷田、さらに後ろに俺、と言う布陣を展開する。
「Fire」
ドン、だかボンだか、先ほどのSMGがおもちゃのような音が、手でふさいだ耳の奥の鼓膜を振るわせる。3人のうちの1人がぶっ放したのは、バレットM82対物ライフル、こいつも映画でおなじみだが、確かkm先の目標を狙撃するための銃で、間違っても4~5m先の対象にぶっ放すものじゃないと思う。
だが、その破壊力は絶大で、発射煙が晴れた先には真ん中にどでかい穴の開いた黒い柱があった。もちろんその後ろの壁にもデカイひび割れが刻まれている、地下なので流れ弾なんか気にしなくていいが。
「Not yet,two others later! ―― 早乙女さん!あと2発行きます!」
「りょーかい!」
キンキンなる耳をより強くふさぎながらそう叫ぶ。銃声、と言うか爆音2発、さっき開いた穴の上下に追加で二つ穴が開く。
「Warning!」
追加で二発、連続で叩き込んだせいで視界は極めて不明瞭。換気はまだ動いているので直ぐに晴れるのは分かっちゃいるが、ゆっくりできる気分じゃない。だが、俺以外の連中はこんなこと慣れっことばかりに、油断なく銃の照準を合わせ続ける。
ミシリと、嫌な音がする。そして一呼吸、パラパラと黒い柱の表面にひびが入り始める、その速度はドンドン加速してゆき――――柱は砂山となった。
<早乙女>
俺はその様子を、目を細めながら、茫然と眺め続ける。いつの間にか2・3歩距離を開いていた前衛の3人はモヤが薄まるに合わせてじりじりと距離を詰めていく。
「Fire」
タタタンと軽い音、さっきまでのに比べればカスタネットみたいに聞こえるSMGの音が響く。砂山からほこりが舞う、いや違う、ほこりじゃねぇ、宙を舞ってるのは枯葉の破片だった。
「Ok boss, it’s clear」
郷田が迷いなく前に進むのについていく。砂山の中、枯葉のクズの中にミイラみたいに萎れた人間の手足が散在していた。
皆で黙ってそれを見下ろす、いったいこいつに何があったのか、どうやったら人間がこんなおかしなことになるのか。隊員の1人が手斧に持ち替え砂山を漁る。手足の破片がころころと転がり出てく―――
「上だッ!」
反応など出来なかった、精々びくりと体をこわばらせる程度だ。直後、ドサリと真っ二つになった人間の頭らしきものが砂山の上に落ちてきた。片方の頭からは枝のようなものが伸びており、ギシギシと弱々しく動いている。
「蓮屋さん、お疲れ様でした」
見るも止まらずとは正にこの事。俺が確認できたのはキンと涼しげな音を響かせ長ドスを鞘に納める所だ。
郷田は二等分になったソレを更に六等分にした後、部下に事後処理を命じた。
そしてなんてことないように涼しい顔をしてこっちに振り返り。
「お手数かけましたね早乙女さん、ひとまずこれで終いです」
と汗一つかいてない顔でそう言った。
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