HERB

まさひろ

第1章 薬草を採りに行こう ~転機の始まり~

第1話 どうしようもない僕が薬草に下りてきた

 此処は、福岡県北九州市。かつて炭鉱と製鉄で栄え100万都市の栄華に踊った街である。

 だがそれは今や昔の物語。世は全て栄華必衰、街を人に例えてみれば、この街は既に老齢の息に在り、働き盛りの盛り盛りな時期は当の昔に終わっている。

 人生の転機と言うものが有れば、それは製鉄が時代遅れとなったその時期であったのだろう。

 現在では人口減少に歯止めを掛けようと、再度の転機を求めようと躍起になっているものの、都会の灯りは眩しいばかりで人口流出に歯止めを付けるのはちょっとばかり難しいと言う寂しい現状だ。


 そんな街の片隅に、とある男がいた。名前は蓮屋はすやと言う。こらえ性のない男で、なにをやっても長続きせずに気が付けば職を転々とし、現在は日雇労働で何とか糊口を凌いでいた。

 貯金はないが借金は人並み以上に抱えている。その割に酒、タバコ、パチンコには人並み外れて熱心な男である。

 所謂社会不適合者、何処に出しても恥ずかしい、見事なまでの駄目人間である。

 だがある日、そんな男に人生の転機が訪れた。


<蓮屋>


「ちっ、薬草か、ゴミアイテムじゃねーか。あー外れだ外れ」


 蓮屋はそう言って息を切らせつつも足元の石を蹴り飛ばす。彼は、歩きスマホならぬ登山スマホと言う器用な真似を行っていたのだ。

 画面に映っていたのはソーシャルゲームの有料抽選画面、所謂ガチャである。近年はソーシャルゲームの影響で、パチンコなどの賭博人口が下がっている等のデータが存在するが、彼は見事にその両立を行っていた。いや溺れていた。


「はぁー、どっかに人生変わるような出来事がころがってこないかねぇ」


 そろそろ利息の取り立て屋が来る日なので、蓮屋は家を抜け出し山にいた、無駄なあがきとは、物理的な意味で骨身にしみている。痛いのは嫌だ、心底嫌だ。

 だが、彼は目をそらす、耳を塞ぐ、口を塞ぐ、その無駄に無駄な努力を重ねて、問題を先送りにし続けたからこその、この男だ。


「それにしても、山登りなんざ、いつ以来、だか」


 町中での蓮屋の行動範囲なぞ、とっくの昔に把握されている。いつもの様にぶらついていても即座に発見され、あれやこれやと教育された挙句、尻の毛までむしられるのが関の山、というのが何時ものコースだ。

 そんなわけで今日は気分を変えて、普段なら絶対行かないであろう、山登りなどにいそしんでいるというわけだ。


「っと、しょんべん、しょんべん」


 尿意を催した蓮屋は山道を離れ藪の中へ―――


「っあーーーーー!」


 数歩踏み出した瞬間足を滑らせ、暗い森の中へ消えていった。


早乙女さおとめ


「おう、集金終わったか」


 街の片隅にある古ぼけたビルの一室。外観も酷いが内部はそれに輪をかけてすさんでいた。そこはタバコの匂いと罵声が轟く、活気あふれる事務所である。

 社名は早乙女金融、いわゆる闇金。もう少し分かり易く言えば、ヤクザの個人向け金融部門の窓口。


「あー、すんません社長。蓮屋の奴がガラかわしやがったみたいで。明日また行ってきます。

 他は全部回収してきました」

「っち、あのガキどこで遊んでやがんだ?」


 机に置かれた集金バックから取り出した紙幣を確認しながら、社長の早乙女はそう愚痴る。

 親類縁者等、可能な限りのデータは抑えてあるので、本人が無理筋ならそっちから行くことも可能だが、蓮屋の借金額と当人以外からの利息回収の労力・リスクを秤にかけた場合、微妙な所である。


速水はやみてめー、先月の追い込み、優しくし過ぎたんじゃねーのか?」

「なにいってんすか社長、先月はびしっと期日に回収してきたじゃないっすか」

「まーな……それとも追い込みがきつ過ぎたのか、やれやれ軟弱なゆとり世代ってやつか」


 早乙女はそう言ってため息を吐く。

 法律が厳しくなり、あまり派手にやり過ぎると面倒になる。まぁそんな気を起こさないように硬軟使い分けて債務者たちにはお勉強してもらっているのだが。


 それにしても出世コースから外れに外れて、毎日毎日小銭の回収のためにあくせくと労働にいそしむ日々。表でも裏でも下っ端のやることは大して変わらない。


 まぁ、とは言っても暴力が体の中心にある人間だ、表の世界で働いていたら直ぐに社会からはじき出されて、自分が取り立てられる側になっていたかもしれない。そんな取り止めのない思考が早乙女の脳内では浮かんでは消えていた。


「まぁ、借り逃げだけは許すんじゃねーぞ、しっかり教育しとけ。反応が今一だったら、面倒くせぇから、保険屋送りにしてさよならだ」

「うっす! 任せてください社長!」


 早乙女は、速水の返事を聞きながら背伸びをしつつ事務仕事に戻る。速水はまだ若い、明日か明後日だかに、振るえる拳の感触を楽しむように指を鳴らしつつ自分の席に戻る。

 まだ二十歳を過ぎたばかりの速水と比較すると、自分はもう直ぐ四十、既に先の見えた人生だ。なにかここから、人生の転機を迎えるような出来事を期待するのは、碌でもない人生を送ってた自分には高望みし過ぎだろうか。早乙女はそう思いつつ、タバコの煙を揺らめかせた。


<早乙女>


「おい、速水、てめーまだあのガキみつけられねぇのか」

「すんません、あのガキあれから家にも帰ってねぇみたいで……」


 俺はイラつきを必死に抑え込みながら速水の頬にめり込んだ拳を拭う。

 3週間だ、あれから3週間、蓮屋は見つからなかった。奴が出回りそうなところは粗方回ったし、親類縁者にも軽くあたりを入れてみたが反応はない。はした金とは言え、借り逃げされるのはけじめがつかないし、何よりそんな些事にリソースを削られるという現状が精神衛生上とても良くない。

 うん、決めた。所詮小銭にたかるハエのような仕事だ、コストを考えるとまったく割に合わないが、戦力の逐次投入は悪いことだとどこかで聞いたことがある。一度事務所の全力で捜査しよう。その事で滞った業務は奴の体で返してもらうとしよう。速水に教育して、少し熱くなった拳を払いながら俺はそう決心した。


 だが、奴はあっさりと見つかった。事務所挙げての探索の3日後、毎週開催されているフリーマーケットでのんきに店を広げていた。それも有形文化財に登録されてそうなガマの油売りに似た何かだ。

 笑顔で接客を続ける蓮屋を見て、今にも奴をなぐり殺そうと意気込む速水をなだめる。

 細かな規定など知る訳も無いが、このフリーマーケットでは撲殺は許可されていなかったはずだ。

 そういったわけで意気揚々と店じまいをした蓮屋には、帰りの車を用意してやった。仕事を終えて愛しの自宅に戻る前に、馴染みの店に顔を出すのはよくあることだ。


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