第6章 薬草追加販売中 ~新しい世界~

第18話 街燃え尽きて山河在り

<速水>


「ったくこれが、北九州きたきゅーとはなぁ」


 俺は高塔山のてっぺんから対岸の街並みを見渡す。

 セルフ大空襲から一月、未だに避難命令の解除されない戸畑や八幡の街並みは、きれいさっぱり焦土と化していた。


 そこは墓標だ、骨の髄まで燃え尽きちまった都市の、そして化け物たちの墓標だった。


「地元の方ですか!」

「一言! 一言宜しいですか!」

「あ゛!?」


 くそ喧しいマスコミ連中を睨みひとつで黙らせと、俺と同じく、故郷の様子を見に来た奴らから羨望の声が上がる。

 ったく、ハエに集られるのがうっとおしいなら、こんな所に来なきゃいいのに。


 俺は社長の命令で、実況見分するために、一足先に地元に帰ってきていた。

 だが俺たちは知っている。こうして第一陣を焼き払った所で行ったん蔓延っちまえば、全ては後の祭りだ。

 あのくそッたれな植物の根は太く強い。こうして地上部分を焼き払った所で、直ぐに追加が伸びてきやがる。


「あの名探偵様とやらの言った事は正解だったって事か」


 タバコの煙に紛れるように、俺はそう呟いた。


 高塔山から下山する。下山と言っても此処はそう高い山じゃない。上から下までアスファルトで、キッチリ整備された道路を下ればものの五分で到着だ。


 だがそれは渋滞してない時の話。ここは対岸の被害を一望できる絶好のスポットって訳で、マスコミや避難命令解除を待つ連中が黒山の人だかりで押しかけてきている。


「っち、こんな事なら車で来るんじゃなかったぜ」


 俺はそうぼやきつつ、何時まで経っても進まない様を欠伸をしつつぼーっとしていた。


「!」


 その時だ、俺とは逆に下から上へと単車を転がす、1人の男が目に入った。


「あいつは……」


 噂をすれば何とやら、あの時俺らに忠告をくれやがった、件の名探偵様が、せまっ苦しい片側一車線を縫うように運転していた。


「……なんて目をしてやがる」


 奴は今にも泣きそうな、心底申し訳なさそうな目をしながら、単車を飛ばして登って行った。


「ったく、お前が凹んでどうするんだよ」


 全ては糟谷の、そして俺たちの責任だ。あの時奴があの工場を爆破しようと、あそこは所詮実験場。本筋の生産工場は別にあった。あそこまでたどり着けた奴の優秀さは認めるが、そこは郷田サンの方が、一枚上手だったと言う事だ。


<古賀>


 高塔山から、対岸の街並みを見渡す。克てはキラキラと銀色に輝いていた街並みは、今は全て黒と灰色にくすんでしまっている。


「会社、潰れちゃいましたね」


 私は廃墟となった街並みを見渡しながらそう呟く。いや正確には潰れたと言うか燃え尽きただ、爆散したと言ってもいい。

 かつての我が社轟製薬は工業団地の中にあった。それはつまり、そう言う事だ。


「まぁ、国からの補助は山ほど出るようだしいいんじゃないの」


 彩さんはそう気楽に言うが、凡人の私にとって、こう言う突然の出来事は勘弁してほしい。動き出すのに大きな決意と準備が必要なのだ。


「恵子ちゃんはこれからどうするの?」


 山風に髪をなびかせながら彩さんがそんな事を聞いて来る。


「何も決まってないです。実家は若松なんで直ぐにどうこうって話じゃないですけど、避難勧告は出ている事ですしね」


 高卒で会社に入って、今まで北九州から出たことの無い人間だ。市の大部分を犠牲としたこの作戦で事態が解決しなければ、これからいったい何処でどうすればいいんだろう。


「彩さんはどうするんですか?」


 元々あんな零細企業に勤めていたのが勿体無い程の傑物だ、彼女ならば何処にでも行けるだろう。


「ん~、私も決まってないわね~」


 彼女はいとも気軽そうに、そして何だかウキウキしながらそう言った。まったくその余裕が羨ましい事この上ない。


 パシャパシャとマスコミのカメラ音が激しくなった。マイク片手に誰彼かまわず突撃して来る。

 その勢いは凄いもの、さっきなんて、とびっきり背の高い、そしてとびっきり怖そうな金髪の人に声を掛けていた。私だったらとてもそんな勇気のあることは出来ない。

 幸い私は地味なんで、コメントを求められる事は……あれ?そう言えば彩さんには、なんでマスコミはこないんだろう。私が業界人ならばこんな絵になる人はほっとかないのに。


 私がそう思って彩さんの方に視線を向けると。彼女は茶目っ気たっぷりにほほ笑んだ。

 私は、その意味が分からずに、取りあえず愛想笑いでお返しする。その時だ、彩さんの後ろに、此方をじっと見ている人が目に入る。

 それは、とてもカッコいい男の人だった。


「彩さん、なんだかこっちを見ている人が」

「やーね。こんなとこでナンパかしら、全く空気が読めないわね」


 彼女は後ろを振り向く事無くそう微笑んだ。

 いやいや、アレはナンパと言う訳じゃないだろう。彼は、悲しんでいる様な、苦しんでいる様な、とても深い表情を浮かべていた。


 そんな彼もマスコミのマイク攻めにあって、人影に埋もれて行った。


「もう日が暮れるわ。それじゃ、行こっか、恵子ちゃん」


 空にうっすらと星々が輝きだす、私は最後にもう一度、廃墟と化した街並みを目に焼き付けてから、展望台を後にした。

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