第19話 再会

<工業団地跡地にて>


 かつては新日本三大夜景とも謳われた北九州市は、今では見る影もない。全てが燃え尽きた今の北九州の夜は、何処までも広がる闇が支配していた。


 天には分厚い雲が覆い、月明かりすら届かぬ夜。厳重に警戒網が張り巡らされた爆心地に、不釣り合いなスーツ姿の男があった。


 そしてそこにもう一人。




「久しぶりだな」

「くくく。ああそうだな」


 現れたのは響、待ち受けていたのは郷田だった。


 郷田はポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。すると、不思議な事にそこに独りでに火が灯った。

 響はその様子に目を顰める。


「くくく、安心しなよ兄弟。こんなことろに誰も来やしないぜ」

「…………」


 どうだいと、郷田は響にタバコを向ける。


「いや、僕は吸わない」


 そいつは残念、と、郷田は慣れた手つきでタバコをしまった。


「今まで何をしていたんだ」


 響が尋ねる、訥々と。


「まぁ色々だな、何でも屋だ」

「そうか、それは奇遇だな、僕も同じだ」


 2人の間には、深くて濃い闇が広がっている。


「異分子が排除されるのは、この世界でも同じだ」

「そうだな、俺たちの世界でもそうだった」


 響はそう言うと、足元の地面を蹴る。冷たくなった地面には植物の根が茂っていた。


「これは、この世界にあっちゃいけない物だ」


 響は悲しそうな目でそれを見つめながらそう呟く。


「どうかな? この世界では日常茶飯事だぜ、外来種が蔓延って、元の生態系を破壊するって奴は」


 郷田はニヤニヤと笑いながらそう返す。


「……君が手を引いていたんだな」

「おいおい、俺はほんの少し手助けをしただけだぜ」

「何をしらばっくれて! 君が―――の工場を作っていた事は知っているんだぞ!」

「―――なんていうなよ、こっちの世界じゃ薬草って言うんだぜ。

 それに、俺がやった事はほんの少し、ほんの少しの後押しだ。世界は重なり繋がっている。遅かれ早かれこうなる運命だったのさ」

「その結果がこの有様だと言うのか!」


 後押し、そう後押しだ。

 郷田は、糟谷が行った細工に気付いていた。糟谷が行った、そしてやりっぱなしにした切り札に。

 糟谷は、皿倉山のとある場所に薬草を株分けしていたのだ。自分だけが知る切り札として。

 現地調査に赴いた郷田は、それを発見した後で徹底的な隠ぺい工作を行った。

 徹底的にあらゆる手段で人の目から隠し……放置した。

 その結果が大雨での地崩れだ、その結果がこの有様だった。


 響は背後の暗闇に向け手を広げる。どこまでも広がる漆黒の世界、そこに人の営みは在りはしなかった。


「そうだ! その通りだ兄弟!」


 郷田は口角を上げてそう笑う。


「弱肉強食、適者生存。これが世界の転機って奴だ!

 いいか兄弟!

 これは、この薬草は! 俺たちの世界ではごくありふれた植物だ、何処にでも存在し、二束三文で売り買いされる商品だ! それがどうだ! ちょっと世界が変わりゃあとんでもないシナモンだ!

 こいつさえあれば世界が変わっちまうほどのシナモンだ!」

「だからこそ! これはこの世界にあっちゃいけない品物だ!

 見ろ!この犠牲を! 一体どれだけの犠牲が出たのか!答えろゴード!」

「くく、くくくく。ゴード、ゴードか。懐かしい名前だ、そしてもう捨て去った名前だ。もう置いて来た名前だ。

 いいかシージ。俺たちはもう勇者どれいじゃない。そんな過去の事に縛られなくてもいいんだ、好きに生きていいんだ。好きにすればいいんだ。

 お前もあの女の世話になったんだろ? あの女に送り届けてもらったんだろ?

 あの女……契約の魔女、生きる魔術装置、厄災の巫女、全ての元凶!

 ……そして、俺たちの生みの親に」

「違う! 彼女は!」

「違う? 何が違う! 奴だ! 奴こそは全ての元凶だ! 始まりにして終わりの女だ!」


 郷田は笑う高らかに、過去の自分をあざ笑うかのように。過去の自分との決別を祝福するかのように。


「お前も聞いただろう、奴は何と言った? 奴は、俺たちに呪いを刻み込んだ張本人は?

 奴は好きに生きろと言ったんだ、自由に生きろと言ったんだ!だからそうした、だからそうする! いいか、俺たちはもう勇者どれいじゃないんだ!

 あの世界は地獄だった、あの女は、あの世界は、俺たちの魂に呪いを刻み、奴隷として使い潰した! 体の良い使い捨ての掃除用具として死ぬまでこき使われた!

 あの世界は俺たちの敵だった!

 なぁいいじゃないかシージ。もう楽になっていいんだ。分かるだろうシージ」

「分からない、分からないよゴード。それほどあの世界を嫌う君が、何故この世界をあの世界と同じようにするんだ? 魔物が我が物顔で徘徊し、薬草なんてものが無ければ直ぐに死んでしまうようなあの世界に」

「それは、お前と俺の特性の違いだな、シージ。

 白兵戦特化のお前と違い、俺は魔法戦士だ。この薬草が生み出すマナが無ければ俺の力は発揮出来ねぇ」


 郷田はそう言うと懐から小瓶を取り出す。そこには蒼く輝く液体が煌めいていた」


「それは……」

「薬草から生成したマナポーションだ」


 そう言うと、郷田はその液体を飲み干した。


「まぁ所詮は薬草から生成出来る程度のシナモンだ、雀の涙程度の効果しかねぇが、それでも在ると無いとじゃ雲泥の差だ」

「そんな、そんなもの必要ないはずだ、この世界で普通の人間として生きていく為には!」

「あるんだよ。奴は自由に生きろと言っただろ? そのためには十全に能力を発揮しなきゃいけねぇだろうが」

「それはこの世界を地獄に代えてもか」

「この世界を地獄に代えてもだ」


 これは、交渉、というものでは無い。唯互いが互いの主張をぶつけ合うだけの品物だった。

 2人の価値観は真逆の物で、それは当然の様にぶつかり合い、反発し合った。


 かつて、別の世界で勇者だった2人。同じ道のりを歩み、同じ結果を辿り、別の結論にたどり着いた2人だった。

 

「僕は君を止めるよゴード」

「お前に止められるかよ、シージ」


 意味の無い戦いだとは分かっていた。

 既に世界の転機は終わっている。

 薬草が持つ副作用、薬草が発生するマナにより、この世界は転機を迎えてしまっていた。

 此処でどちらが倒れようと、歯車は元には戻らない。


 彼方の世界、シージたちが元居た世界では、薬草はごくありふれた品物だった。そして世界を支える植物だった。

 植物が二酸化炭素を吸って酸素を生み出すように、薬草は大気中にマナを放出した。彼方の世界では、マナはごく普通の存在だった。こちらの世界とは違って。


 そして、その違いがこの災害を生むことになった。マナにより汚染された生物が魔獣化したのである。

 糟谷を使った実験で、その事に初めて気が付いたゴードだったが、彼にとってそんな事はどうでもよかった。

 所詮は別世界の出来事であり、何より彼にとって魔獣退治などは日常茶飯事だったからだ。


 自由に生きろ。それは祝福の言葉であり、呪いの言葉であったのだ。


 いつしか雲は流れ、月明かりが2人を照らし出した。

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