第二十一話 ML パラメータの本当の意味こそが世界の救い

「俺は、あのとき、貧乳であるにも関わらずムネ先輩を『可愛い』と思ったんです」


 犬猫に対するようなものだと自分に言いわけをしていた気もするが、今なら解る。


 あれは、真実、女の子に向けた『可愛い』だった。

 深く考えなかったが、今思えば大袈裟でなく人類の未来に関わる『可愛い』だったのだ。


「その、可愛いと思ってくれていたのは、解った、のじゃ。余り言われると、照れる、の」


 俺の言葉に、もじもじする仕草が愛らしい。

 貧乳だから対象外。

 だけど。

 めがねっ娘だから素直に『愛らしい』と感じられているのだ。

 自覚してしまえば、その想いの尊さが身に染みる。


「しかし、それで、どうするのじゃ?」

「だから、めがねっ娘愛です!」

「いや、そうは言われても、シンデレラバストを愛する気持ちが最優先であろう?」


 ムネ先輩は飽くまでシンデレラバスト愛にこだわる。

 これは、無理のないことだ。


 長年の研究の前提は『貧乳をシンデレラバストとポジティブに捉えて愛してもらうこと』だったはずだ。そして、前提が全てになってしまっている。


 凝り固まった考えを変えるには何か新しい刺激が必要だが、研究の中心人物が不老で長命であり引き継ぎも行わないのだから、ブレイクスルーも起きづらい。


「そもそも、そこが間違いなんです。ないものを植え付けるだけでは足りないんです。あるものを伸ばす方向も加えるべきだったんです」

「あるものを伸ばす? それが、『めがねっ娘愛』だとでもいうのか?」

「はい、俺の場合は『めがねっ娘愛』になります。実際には、人それぞれ好みの属性はあるかと思いますが、シンデレラバスト愛に他の属性への愛をプラスすることで、間接的にシンデレラバストを愛せるようになると考えられます」

「そんな単純なものかの?」


 未だムネ先輩は半信半疑だ。

 無理もないだろう。

 だが、これは俺自身がエビデンスになるのだ。


「実際、俺にシンデレラバスト愛を足すだけで、ムネ先輩への想いは残りました。また、茅愛の巨乳をあれだけ渇望したのは、茅愛が巨乳めがねっ娘だったからです。その証拠に、俺が茅愛の眼鏡を踏み割ってしまってしばらくは、衝動は治まっていました。ですが、眼鏡が直った途端、またぶり返しました」

「ま、まさか……そんな、ことが……」

「ああ、なるほど。それで、わたしに眼鏡を外せと言ったんですね」


 驚愕するムネ先輩と、納得する茅愛。


「ですから、めがねっ娘愛を自覚した今、俺に単独のシンデレラバスト愛ではなく、複合した『シンデレラバストのめがねっ娘への愛』……は少々長ったらしいので略して『ペタめがねっ娘への愛』という感情を植え付ければ、めがねっ娘愛がプラスされて、本能の巨乳への渇望を打破できると思うんです」

「しかし、そんな簡単にいくとは……」


 未だ慎重なムネ先輩だったが、そこで何かに気づいたようにおとがいに手をやる。

 そんな仕草を愛らしく感じられるのは、彼女がめがねっ娘だからだ。


「ん? めがねっ娘への愛とな? それは Megannko-Love となるの……」

「え? あの ML ってパラメータは Munesenpai-Love だったんじゃないんですか?」

「いや、よく考えればあたしの名前は正確には『ゆめね』じゃった。なら、 Yumene-Love で YL じゃのぉ……」

「言われて見れば、そうですね」


 なんの話かはよく解らないが、漏れ聞こえるパラメータ名。

 なんだ、そのまんまなパラメータ名は?

 いや、あの特殊文芸部の日々では『そのまんま』で考えるというのは一つのテーマだった。

 なら、この研究所におけるパラメータの命名としては相応しいといえるだろう。


「そういえば、蓮人が途中から、あたしの胸より顔ばかり見るようになってきておったのも、眼鏡をかけた顔を見ておった?」


 そういえば、確かにムネ先輩の顔ばかり見ていたような記憶がある。

 つまり、 ML パラメータの効果が示されていると言えよう。


 ならば、シンデレラバスト愛のパラメータとバランスよく配合すれば効果がありそうだな。

 そうなると、シンデレラバスト愛のパラメータも存在するはずだが。

 『そのまんま』で考えれば。


「もしかして、シンデレラバスト愛パラメータは、『メタテラ』の命名を考えるとシンデレラバスト=薄胸=ペタ愛として Peta-Love で PL ですか?」

「その通りじゃ。察しがいいの」


 やっぱりか。


「そうなると、先の『メタテラ』の結果の意味合いが大分変わってくるの。実は、 PL の数値を超えて ML ばかり上がるものじゃから、途中で PL を無理矢理増やしたのじゃ。それが、失敗の原因だったのかもしれんの」


 シンデレラバスト愛を無理に伸ばして、めがねっ娘愛の伸びとのバランスが崩れたということか。


 そこに、アクシデントとしての巨乳への直接接触が致命的となった……いや、なら、それだけじゃない。


 そうか。


 前提として、あの『メタテラ』には不味いことがあるじゃないか。


「あと一つ、大きな失敗要因として、茅愛が巨乳めがねっ娘だったことが挙げられます。さっきも言った通りで、茅愛が裸眼であれば、あのアクシデントで巨乳に触れたことの影響も抑えられて、後遺症も軽かった可能性があります」

「むぅ……結果的に茅愛がめがねっ娘ゆえに、巨乳愛の方も増幅された、ということか……」


 そうに違いない、と俺は確信する。

 めがねっ娘にはそれだけの力があるのだ。


「しかし、シンデレラバストに別の属性をプラスするなど、全くなかった発想じゃ」


 研究者として忸怩たるものを感じるムネ先輩の表情は、中々新鮮だった。悔しげに顰められたレンズ越しの三白眼も乙なものだ。


 貧乳だから、その先に思いが発展しないのがもどかしい。

 でも、それも、きっと打破できる。

 乙なものだとは、思えているのだから。


「ムネ先輩に限らず、女性がみんな貧乳を愛させようという妄執に憑かれて発想が凝り固まっていたから、思いつかなくても仕方ないでしょう。沢山の文芸作品を読んでいれば、胸以外を愛する人も沢山いたはずなのに気づけなかった。きっとそういうのは無意識に全スルーしてしまっていたんでしょうね」

「なるほど。ありうる話じゃ」

「でも、俺は新たな可能性に気づいて助言した。なら、変えていけばいいじゃないですか」

「む……そう、か」


 段々と、ムネ先輩の心が傾いてきている。


「俺は、偽りのシンデレラバスト愛を抱いた上にめがねっ娘への愛を被せることで、DNAが刻んだ貧乳を対象外とするフィルターをぶち破りたいんです。ですからそのために、『メタテラ』を使ってください」

「しかし、眼鏡の『M《メガ》』じゃと、シンデレラバストの『P《ペタ》』よりも三段階低くなるの。『P《ペタ》』もこれまで通り含めるにしても、少し『M』が浮いてしまうのぉ」


 どうでもよさそうなところだが、『メタテラ』のネーミングをあれだけドヤ顔で語っていたのだ。そこはこだわりどころなのだろう。


 でも、俺はその答えも既に思い付いていた。


「いいえ。三段階低いからこそ、上を目指すんですよ。MがTも越え、Pも越え、シンデレラバストも巨乳も関係なく愛せるようになる。それも『メタテラ』と呼べるでしょう?」

「まぁ、筋は通っておるの」


 短く言って、笑む。


 貧乳だから、DNAが阻んで思いを昂ぶらせられないのがもどかしい笑み。

 だが、めがねっ娘だから確かな愛らしさを感じられる笑みだ。


「整理すると、俺は、リアルでの貧乳と巨乳への愛を逆転させてシンデレラバストを愛で、巨乳をディスる人格にするのにプラスして、めがねっ娘愛を増幅する……いや、もしかしたら、自覚的にさせるだけでめがねっ娘愛は操作しなくてもいいかもしれませんが、とにかく、増加するなら増加するに任せてください。その上で、茅愛は裸眼で巨乳にしてください。そうすれば、ただ巨乳をディスるだけでなく裸眼の巨乳ということでより強くディスることになります。こうすれば、前回の『メタテラ』より大きな落差をもってシンデレラバストと巨乳に接することになるはずです」

「ほぉ……それは……いけるかも、しれんの」

「え? わたし、更にディスられるんですか? 胸はともかく、裸眼は……未知の快楽かもしれない、です、ね……ハァハァ」


 俺の説明に、それぞれ納得はしてくれたようだ。


 いや、茅愛のはどうなのか微妙というか、快楽を得るためじゃなく、性癖を直すためにも巨乳に対するより強い刺激を与える意味合いを込めたつもりなんだが。


 まぁ、本人が納得しているなら、いいか。


「うむ、ここまで方針が固まれば、もう進めるしかなかろうて。茅愛、始めようぞ」

「はい!」


 二人、早速準備に入ってくれた。


 ムネ先輩は作業机の上の透明のパネルに触れる。

 それは、タブレットのようなタッチパネル式の端末だった。

 滑らかな手付きで操作すると、画面に文字列が表示された。


# define parameter: Meganekko-Love alias ML

# define parameter: Peta-Love alias PL


「前回は不明なパラメータとして偶発的に発生しておったが、今回はしっかりモニタできるよう、明示的に定義しておこう」


 それを皮切りに、あの特殊文芸部で見た茅愛の高速での入力さえも凌駕する鮮やかな手際で、ムネ先輩は端末をタッチして操作する。


 楽器でも演奏するようなリズミカルで流麗な指先の動き。

 パネルからの照り返しで色づく楕円のレンズの奥の瞳は、愉快に細められている。


 様々なパラメータが設定され、プログラムが組まれ、実行され、準備が進んでいく。

 茅愛も、裸眼で少し見え辛そうにしながらも、補佐するように別の端末を操作していた。

 特殊文芸初心者の俺は、それを手伝うことはできない。


 でも、いずれは俺も手伝えればいいな、とふと思った。


 俺の生まれた時代。

 まだ、男女が破綻しきる前。

 集落では、種の保存に関わる研究に就かせるための英才教育が施されていた。

 その教育を受けた俺が、巡り巡って種の保存にいずれ関わるであろう研究に触れている。


 英才教育は生物学やらの方が主体で、情報科学は弱かったのだ。

 偶然だろうが、特殊文芸部での日々は、そこを補う意味でとても有意義だ。


 そんなことを考えながら、端末を操作する茅愛とムネ先輩を眺める。

 なんだか、特殊文芸部の活動がリアルにそこにあるようだった。


 休むことなくムネ先輩と茅愛は特殊文芸を紡いでいく。

 数時間は過ぎているが、飽きることなく眺め続けていられる光景。


 やがて。


「完成、じゃ!」


 会心のドヤ顔のムネ先輩の言葉が、準備完了を告げた。


「お疲れ様です」


 俺はムネ先輩へ労いの言葉をかけ。


「ああ、わたし、無視、され、てる……ハァハァ……」


 茅愛には労いの言葉をかけないことで感謝を示した。



 かくして、俺はカプセルのあった部屋に移動し、自分から装置を身に付けた。

 ヘルメットの狭い視界から、ムネ先輩と茅愛を見上げる形となった。

 それは、いつか夢のように幻視した光景に重なる。


「では、『メタテラ』再開じゃ。記憶を被せるので、『メタテラ』の中では基本的にリアルのことは思い出せん。また、蓮人の人格は、以前とは違い記憶を取り戻した今の蓮人をベースにすることにした。後は、まぁ、前と同じようなものじゃな。あたしと茅愛は別の部屋からモニタリングして合流するので、しばしのお別れじゃ」


 手短に説明を済ませると、ムネ先輩と茅愛は部屋を揃って出て行ってしまった。

 でも、寂しくはない。

 すぐに再会できるから。


――あの、特殊文芸部室で。

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