CASE Another: reboot
第二十二話 特殊文芸部の日々は続く
-2018/04/13-
なんだ、この弾力のある温かい感触は?
とても柔らかい。
どこまでも沈み込んでいくような懐の深さ。
この柔らかみをこの上なく心地よく感じ、惑わされてしまったことがあった気がする。
だけど。
それは大いなる過ちだ。糜爛した精神がもたらす唾棄すべき醜態だ。
これは冒涜的で忌むべき存在なのだ。
今は、健全な精神の元にあるゆえ、心の底から湧き上がってくるのは不快感ばかりだった。
「うぎゃぁ!」
俺は、その感触の主の姿を思い浮かべて、変な悲鳴とともに慌てて抜け出そうともがく。
巨乳めがねっ娘なら少々やばかったかもしれないが、彼女は裸眼。
『裸眼に巨乳』は、俺にとって最悪のコラボだ。惑わされるなど、最上級の恥。
「さっさとこの重い肉塊をどけてくれ!」
未だ動かない茅愛にしびれを切らし、キツく命じる。
「い、いいえ。ハァハァ……見苦しい、ハァハァ、ものに、触れさせてしまって、ハァハァ、こちらこそごめん、ハァハァ、なのですよ……ハァハァ」
巨乳をディスられてハァハァしながら謝罪されるのは複雑な気分だが、いつものことだ。
俺は駄肉から抜け出し、少し離れた場所で見守ってくれている愛すべきこの部室の主を見る。
肩までの短い左右二本の三つ編みが愛らしい。
理系な雰囲気を漂わせる、制服の上から白衣を羽織った姿。
小柄な背丈で顎を引いて背中を反らし、傲岸に見下ろし上げて蓮人を睥睨する少女。
通称、ムネ先輩。
その名が暗示する通りの、
『無い乳を有する』哲学的なめがねっ娘。
前に出ない胸と、レンズの奥に控えた瞳という、限りない慎ましさを表現する。
『ペタめがねっ娘』とは、慎みを胸とする、もとい、旨とする大和撫子の顕現とも言えるだろう。
俺の嗜好にして至高の存在といって過言ではない。
彼女こそが、俺の青春。
そばにあって胸が高鳴らずにはいられない素敵滅法ペタめがねっ娘なのである。
「さて、そろそろ部活の続きじゃが……蓮人よ、課題のノベルゲームのタイトルは考えておるかの?」
問われて、ふと思いつく。
そうだ、πの前にP《ペタ》を付けると急に小さく感じるというネタを披露したところだった。
だったら、
「『メタテラ』」
口を衝いて、そんなタイトルが浮かんだ。
なんだか、これしかない。
そう、思えた。
口に出してみれば、とても、しっくりくる。
「『
「はい! その上に、『
タイトルに秘められた意味は、どんどんと俺の中で膨らんでいく。
これは、ムネ先輩への想いを示すために綴るペタめがねっ娘を愛でる物語だ。
シンデレラバスト愛だけでは片手落ちというもの。めがねっ娘愛にもきちんと言及しておかねばなるまい。
「ふむふむ、ブレておらんようじゃの。とてもとても重畳じゃ」
なんだか妙な感心のされ方をする。
「しかし、こういう形で蓮人が語るのを聞かされると『
ブツブツと、なんだか不可解で奇妙なことを言うムネ先輩。
『
であれば、いつものムネ先輩らしい言動だ。気にしても仕方ないだろう。
などと思っていたら、唐突に、ムネ先輩が俺の目をその三白眼で見つめてきた。
相変わらず、絶妙な楕円のレンズとのコラボレーションが、俺の鼓動を速くする。
俺を試すような視線で、ムネ先輩は問うてきた。
「シンデレラバストは、好きかの?」
「勿論です!」
「巨乳は?」
「肉塊に過ぎません!」
「はぅ……ハァハァ」
あ、茅愛にヒットした。
まぁ、それはスルーして。
「それで、めがねっ娘は、どうなのじゃ?」
なぜか、そこだけは少し自信なさげな問いだったが、
「大好きです!」
間髪入れずに即答する。
当然のことだ。自然の摂理だ。
めがねっ娘でご飯三杯とかいう言説は素人。めがねっ娘はおかずではなく主食と言っても過言ではないのだ。それぐらいの、尊いものなのだ。
「ふむ……なるほど。そういうことになるのか」
俺の回答に、何かを納得するムネ先輩。
「どうあれ、ペタめがねっ娘であるあたしに大いなる魅力を感じてくれている、ということはよく解ったのじゃが……」
言いながら、おずおずと。
背の高い俺の横に並び、袖手になりそうな右手で胸ぐらを掴んでくる。
どうやら、屈めということらしい。
俺は為されるがまま、前屈みになって頭を低くすると、
「ゆめゆめ、その想いを忘れんよう、呪いをかけてやろう」
物騒なことを言いながら、首をホールドされる。
「え?」
驚いて体を起こしても、ムネ先輩は放さない。
首にぶら下がるような形で、起伏のないムネ先輩の体が密着してくる。
――ドキドキ。
月並みな擬音で表現される、心臓の鼓動が感じられる。
それは、密着したムネ先輩の体から。
そして、俺の体からも。
人を安心させる原初の響き。
余計な肉に邪魔されないことで、より近く、強く、深く、互いの体を伝わる音。
そうか、胸がないとこういうメリットもあるのか。
シンデレラバストの新たなよさを発見してしまった。
しばし、無言の時が流れる。
鼓動は、段々とアッチェランドしてテンポを上げていく。
どこまでテンポが上がるのか?
その限界に達しようかというところで、首元のムネ先輩の手に力がこもる。
間近に迫る、顔。
オーバルレンズの向こうの三白眼が閉じられ。
唇が尖らされ。
そのまま、俺のそれと重なり合う。
何が起こったか、理解できない。
静止した時間。
頬を微かにくすぐる、ムネ先輩の三つ編みの感触。
アレグロとかそう言うレベルではなくプレストも超えた冗談のようなテンポで伝わるムネ先輩の鼓動。
それが、俺に気づかせてくれる。
唇を重ねるだけの、キス。
表面だけの、キス。
だが、そこは薄さを誇る彼女と薄きめがねっ娘を愛する俺には、相応しい。
俺の鼓動も、一気にテンポアップする。
唐突にムネ先輩は手を離し、着地すると俺から距離を取る。
「これは、呪いじゃ! あ、あたしへの想いが揺らがぬように。そして、間違ってもこれから先、あの裸眼巨乳に惑わされるようなことがないように、呪いをかけただけじゃぞ? あ、あくまで『呪いの接吻』じゃからな? それ以上の意味はないからな? か、勘違いするでないぞ?」
真っ赤な顔で。
それでも見下しながら見上げる姿勢で先輩の威厳を保とうとしつつ、ムネ先輩が弁明する。
ただでさえ、唇の感触に頭に血が上っているところで、その仕草は、やばい。
可愛過ぎるだろう、これ?
それは、一瞬でも巨乳に揺らぎかけた俺に対する、とても甘美な戒めだ。
「はい。呪われました! ここまでされては、俺のペタめがねっ娘愛は揺るぎません! シンデレラバストのごとく!」
ムネ先輩の想いを言葉にして宣言する。
「なるほどのぉ、これだけのペタめがねっ娘愛を示すとは……成功、じゃの」
「はい!」
まだ頬を紅潮させたままのムネ先輩が感慨深そうに口にした言葉に、茅愛が元気に応じる。
「成功?」
なんのことだろう?
思わず、鸚鵡返しに言葉に出してしまったが。
「あぁ。まぁ、一種の魔法じゃのぅ……」
はぐらかすように、ない胸を張って。
楕円のレンズ越しの瞳に悪戯っぽい光を宿して。
ムネ先輩はそんなことを言う。
「今ここでは、あたし自身が『メタテラ』という『電子魔道書』なのじゃ。蓮人がペタめがねっ娘への愛を高め、まかり間違っても裸眼巨乳なぞ歯牙にもかけぬよう、君の心の上で動くプログラムとしての、な」
いつものドヤ顔で告げる。
ああ、確かにその通りだ。俺の心は、ムネ先輩に支配されている。
「ええ、未来永劫裸眼巨乳になど惑わされず、ペタめがねっ娘のムネ先輩を愛し続けてみせます!」
ムネ先輩は眼鏡の奥の瞳を優しく細め、じっと俺を見つめてくれていた。
俺の特殊文芸部での日々は、これからも続いていく。
ペタめがねっ娘のムネ先輩を愛おしみながら。
裸眼巨乳の茅愛をディスり、ハァハァさせながら。
俺は、ペタめがねっ娘への愛を貫いて見せると誓う。
この愛が、世界さえ救うような気もするから。
メタテラ ktr @ktr
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