第七話 揺るぎないシンデレラバスト愛

-2018/04/12-


「ここのところコメディだったので、ちょっと切ない系を目指してみようと思います!」


 今日の部活では、問われる前に僕の方からアイデアを表明する。


「ほう、今日は積極的じゃの。ここ数日の成果かの。先輩として嬉しい限りじゃ。して、どういう話じゃ?」

「それはですね……」


●揺れない哀しみ●


 学校の帰り道。

 霧子はクラスメートの十亜と別れたあと、その去り際の姿に心を痛めていた。

 通学路の河原で夕陽に映える水面を眺めていて、ふと哀しくなる。

 流れに川面は絶えず揺れている。

 風に河原の草花が揺れている。

 それを見つめる、霧子の心も揺れていた。

 そう。

 川面も揺れている。

 草花も揺れている。

 自分の心も揺れている。


 なのに。


 跳ねても。

 走っても。

 転がっても。

 クアドラプルアクセルをしても。

 微動だにしない、胸元。

 三次元起動する、十亜とは全く違う、二次元的な胸元。

 その事実に、切なさが去来する。

 一筋の涙が、頬を伝う。

 ううん。

 この悲しみはきっと、夕陽が見せた幻想。

 心を強く持たなくっちゃ。

 うん、明日から、頑張ろう。


 決意を秘めて涙を拭い、霧子は帰り道を歩んでいく……



「小さい方がいいんですが、それでも、ついつい大きいことに憧れてしまう女心、というテーマですね」

「叶わぬ夢を追う、切なさか……解るのぉ」


 ムネ先輩の言葉には、やたらと実感がこもっていた。


 シンデレラバストが至上であることは揺るぎない。

 だが、そのシンデレラバストの持ち主たる女性が巨乳に憧れてしまうのもまた、仕方のないことだと思う。


 勿論、大きくして欲しいなんて全くこれっぽっちも微塵も思わない。

 眼鏡フェチがいかなる状況においても『めがねっ娘の眼鏡を外す』というシチュエーションを世迷い言と切り捨てるように、シンデレラバストを愛する者にとって『シンデレラバストが巨乳になってしまう』というのはナンセンスの極みだ。


 でも、『そうなりたい、でもなれない』という切なさもまた、シンデレラバストの一つの魅力だと僕は思うのですが、


「どうでしょう?」


 シンデレラバストが至上云々からここまで、モノローグのつもりが全部口に出していたので、そのままムネ先輩に振ってみる。


「あっぱれじゃ。素晴らしいぞ蓮人。シンデレラバストを、よくもそこまで理解したものじゃのぉ」


 ムネ先輩は嬉しそうに笑む。とても素敵な笑顔だ。

 こんな笑顔が見られるなんて、うっかり口に出してよかった。


「あたしも協力するでの、シンデレラバストの悲哀を存分に表現するがよいぞ」

「はい!」


 今回はスムーズに認められて、早速作業に取りかかろうとしたんだけれど、


「でもでも、今回は憧れられてるだけなんで、もっとディスって欲しいです……」

「うん、茅愛は黙ってようね? 無駄膨張胸はお断り!」

「はぅ! そうそう、そうです……ハァハァ……そういうのです! もっと、もっとぉ……」


 とりあえず、軽くハァハァさせておいて、僕は作業に取りかかる。

 しばし作業をしたところで、ふと気づく。


「そういえば、ノベルゲームの製作は茅愛と分担とは言え、ここのところなんか僕個人は普通に文芸部みたいになってるんですが……」

「そこは気にせんでいいと言ったはずじゃろう? 適材適所、ということじゃ」

「ええ、それはそうなんですが、なんだか『特殊文芸』であってこそムネ先輩との繋がりを感じられるというか、なんというか……」


 こうやって、シンデレラバストについての愛を語る文芸を紡ぐ部活は心地よい。


 だけれど、やっぱりただの『文芸部』ではなく、『特殊文芸部』であるからこそ、ムネ先輩と共にあるのだ。


 そこは、忘れてしまいたくない。


「…………仕方ないの、茅愛」


 溜息混じりに、でも、どこか嬉しそうに、ムネ先輩はそう呟いた。

 すると、


「はぃぃ! こんなこともあろうかと! 仕込んであります!」

「うむうむ、では、起動しよう」


 ムネ先輩が電子魔道書の表面に印を切ると、部室の中央に鎮座する大画面が点灯する。

 そこに映し出されるは、黒いウィンドウ。


「ほれ、起動したぞ」


 言われてみると、ウィンドウに文字列が現れる。

 それは、二日前に書いた、お姫様抱っこのお話だった。


「おお!」


 僕は、妙な感動を覚えてそんな芸のない声を上げてしまう。

 正直、テキストエディタで読むのと大差ないレベルではあった。

 でも、プログラムを介して出力されているというだけで、何か特別なことだと思える。


 これが、特殊文芸。


 プログラミングしてコンピュータに語りかけて紡がれる特殊文芸。

 その上に乗る、ノベル=文芸。


「テキストのみじゃと寂しいので、一応ノベルゲームとして最低限成立させる仕掛けもあるぞ? まぁ、これだと正確にはサウンドノベル、じゃろうがの」


 言ってムネ先輩が何やら操作すると、ディスプレイのスピーカーから音楽が流れ始める。


 BGMだ。


 エンターキーを押すと順々に文章が進んでいく仕組みになっていたけれど、その節目節目で曲も切り替わるようになっていた。


 ここまですれば、ノベルゲームと言ってよい気がする。


 ただ、流れ出すBGMは楽器によるものではなく、全て声だけで構成されていた。


 『スキャット』でいいのかな? 意味のない擬音みたいなやつ。

 ダバダバ~とか、ドゥワーとか、シュビドゥバーとか、そんな感じ。


 でも、よく聞くと全部言葉が『ぺた』とかそんな感じになっている。

 『ぺたぺた~』とか、『ぺったー』とか、『ぺったんたん』とか。

 薄きシンデレラバストリスペクト、ということだろう。


 これは、いいものだ。


「雰囲気は出ておろう? 楽器はよぉ解らんが声だけならどうにかなるかとの、歌声合成ソフトで作ったのじゃ」


 謙虚な言い分だが、その表情はいつものドヤ顔だった。

 でも、それに相応しい出来映えと思う。

 緩急が付いてたり、ハモリが凝っていたり。何より、シンデレラバストがテーマだけに、『ぺた』を軸に据えたスキャットがハマり捲ってる。


「何気にクオリティー高いですね」


 僕は素直な感想を口にする。


「ま、まぁ、歌声合成ソフトも、歌も文芸と捉えて特殊文芸の一環で押さえておったからの」


 何でもないように繕いつつ、でも、むずむずと嬉しそうなムネ先輩。

 本当、リアクションの可愛い人だと思う。


――シンデレラバストとか抜きにしても、僕はこの人を好きになったんじゃないかな。


 ふと、そんなことを思う。


 いや、駄目だ。

 それじゃ駄目なんだ。

 僕は、シンデレラバストを愛しているんだ。

 ムネ先輩は大好きだけど、そこは譲っちゃいけないんだ。


 ?


 なんだろう、何だか、気持ち悪い。

 ムネ先輩の顔を見ているだけで、暖かくなる胸。

 静かに高まる鼓動。


 うん、間違っていない。

 やっぱり、その表情が愛おしく感じる。

 シンデレラバストも、ムネ先輩の一部だから、愛おしい。


 いや、だから、そうじゃなくて……。


 僕はシンデレラバストを愛している。

 それはシンデレラバストのごとく揺らいではいけないもので……


 ?


 なんだろう? さっきから、思考が微妙にずれているような気持ち悪さがある。

 特殊文芸部の日々に少々はしゃぎすぎて、疲れが出てるのかな?


 結局今日は、元々考えていた揺れない哀しみに関してさらっとまとめ、早めに部活を終えることにした。



  ※ ??? ※


# error-check...................................ERROR 0/WARNING 21.


 今日も増えている警告ワーニングの数。

 それは、取りも直さず ML パラメータの増大を意味する。

 具体的な数値を確認すれば、想定以上の爆発的増加。

 女は、嬉しげに頬を緩ませながらも、すぐに表情を引き締めた。

 ここまで PL と差が付いてしまうのは、まずい。

 本来、 PL が最大でなければならないのだ。

 複雑な表情でまたカメラ映像の中のカプセルを眺める。

 継続の選択肢は一時保留し、タッチパネルで幾つかの操作を実行する。


# modify meta-tera ++PL


 不足した PL を外部から加算し、パラメータ値を強制的に変更した。

 できれば、こういう形で手は加えたくなかった。

 少し、後悔を滲ませる。


 だが、仕方ない。


 ML ばかり上がっても駄目なのだ。

 それでは、当初の目的が果たせない。

 『 YES 』か『 NO 』か。

 お決まりの選択肢で『 YES 』をタップし、女は継続の判断を下した。

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